いわさきちひろと石内都、二人の作家が見た「ひろしま」。安曇野ちひろ美術館で展覧会が開催中
絵本画家・いわさきちひろと、写真家・石内都の二人の作家の展覧会「ひろしま」が、2018年7月16日まで長野県・安曇野ちひろ美術館で開催中だ。本展は、いわさきの作品とさまざまな分野の作家がコラボレーションする展覧会、いわさきちひろ生誕100年「Life展」のひとつ。二人の「ひろしま」をテーマにした作品が共演する貴重な機会だ。
写真家・石内都は1947年桐生市生まれ、横須賀市育ち。2005年に母の遺品を撮影したシリーズ「Mother’s 2000-2005 未来の刻印」でヴェネチア・ビエンナーレ日本代表。08年に個展「ひろしま-Strings of Time」で原爆で亡くなった人の遺品を撮影したシリーズを発表する。14年には日本人としては3人目、日本人女性として初となるハッセルブラッド国際写真賞を受賞。17年から18年にかけて横浜美術館で開催した個展「肌理と写真」では、未発表作品や最新の「ひろしま」シリーズを展示した。
いっぽうの絵本画家・いわさきちひろは1918年に福井県武生(現・越前市)に生まれ、東京で育つ。藤原行成流の書を学び、絵を岡田三郎助、中谷泰、丸木俊に師事。50年に紙芝居「お母さんの話」を出版、文部大臣賞受賞。56年小学館児童文化賞、61年産経児童出版文化賞、73年『ことりのくるひ』(至光社)でボローニャ国際児童図書展グラフィック等を受賞。74年に亡くなるまで精力的に活動し、現存する作品は約9500点。今年、生誕100年を迎える。
この二人の「広島」をテーマにした作品に焦点を当てた「ひろしま」展が、長野県・安曇野ちひろ美術館で開催中だ。本展はいわさきの生誕100年を記念した展覧会シリーズ、いわさきちひろ生誕100年「Life展」のひとつとして開催されるもの。「Life展」は様々な分野の作家といわさきのコラボレーション展覧会シリーズで、東京と安曇野の二つのちひろ美術館で年間を通して開催されている。
石内の「ひろしま」シリーズは、広島の原爆で被爆した人の遺品のなかから、肌身に直接触れたものを中心に選び、ライフワークとして撮影を続けている作品。自然光に浮かびあがるブラウスやワンピースの写真に写るのは、石内が10年来通う広島の平和記念資料館に寄贈された遺品だ。「遺されたものたちを美しいと思うその向こうには、本当に美しかった原爆投下以前という事実がある」と石内は語る。
そしていわさきは60年代、被爆した子供たちの作文や詩を編んだ本『わたしがちいさかったときに』(童心社、1967)のために作品を制作。まっすぐ前を見つめる少女や焼跡を見つめる少年といった、被爆した子供たちの姿を鉛筆と墨で描き、「戦争の悲惨さというのは子供たちの手記を読めば十分すぎるほどわかります。私の役割は、どんなに可愛い子供たちがその場におかれていたかを伝えることです」と語ったという。
石内は本展に際し次のようにコメントを寄せている。「想いえがくイメージというものがある。その大半は与えられた情報にいくらでも左右され、一方的なイメージにかたまってしまう。それは違うかもしれないと気付くことが最近多い。そのひとつがいわさきちひろである。彼女の絵本はかわいらしく、やさしく、美しい線と色彩で描かれていて、私とは接点がないと思っていた。しかし現実はそうではなく、生誕100年記念の年に『ひろしま』が呼ばれたことで、いわさきちひろを何も知らなかったことがはっきりする。知らない世界を知る喜び、新しい発見の驚き、無知を知る楽しさ。ちひろ美術館での『ひろしま』の展示は今までのどこの美術館とも違う空気の中で、未来へ向けた希望の場として大きな広がりを予感する。そしていわさきちひろは母と2歳違いであることもわかる」。
大きな惨事の影に見失いがちな、ひとりずつの生に焦点を当てた写真と絵本による作品。これらは過去の歴史的事実にとどまらず、その作品を見る現代の鑑賞者にさまざまなことを問いかける。ふたりの芸術家がとらえた「ひろしま」を起点とした作品の共鳴を感じ、そして「ひろしま」を考えるきっかけとなる展覧会だ。