石内都が写し取る様々な「肌理」。横浜美術館で初の大規模個展が開幕
1977年に自身初となる個展「絶唱、横須賀ストーリー」(銀座ニコンサロン)を開催した写真家・石内都。それから40年の節目となる今年、横浜美術館で初の大規模個展「肌理と写真」を12月9日より開催する。
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日本を代表する写真家として、数々の作品を世に送り出してきた石内都。本展は、その40年にわたる活動を16シリーズで俯瞰し、最初期から未発表までを含む240点の作品を紹介するものだ。
本展タイトルの「肌理と写真」にある「肌理」は、石内が撮り続けてきた建物や身体、遺品などの表面の状態を示すとともに、フイルム写真の様子もあらわしている。
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デビューから40年の節目となる本展だが、石内本人はこれまでにそういったタームを意識したことはなかったと言う。「展示の準備を進めるなかで、これまでやってきたことを再確認しました」。
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展示は「横浜」「絹」「無垢」「遺されたもの」の4章構成。
写真家としてのキャリアを横浜でスタートさせ、いまなおこの地にアトリエを構える石内。展示のスタートを飾る「横浜」では、すべて横浜で撮影された作品が並ぶ。ここでは、石内の初期三部作として知られる「絶唱・横須賀ストーリー」「アパートメント」「連夜の街」から、「アパートメント」と「連夜の街」を展示。「アパートメント」シリーズを撮るきっかけとなった、かつての同潤会アパートを写した作品など、石内の原点とも言える作品群を見ることができる。
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また同じく「横浜」の章では、横浜の近代建築を写した「ベイサイドコート」「互楽荘」シリーズ、1979年に『アサヒカメラ』で発表されて以降、長らく発表されなかった「金沢八景」シリーズなども紹介。とくに「金沢八景」は半数以上が初公開で、黒々とした粒子(肌理)が現像によって表現されている。
これら初期の作品を改めて見て思うことを問われた石内は、「全部ほぼひとりでプリントしていて、よくやったなあという感じ。私は撮影は苦手で暗室でのプリントの作業が好き。(以前学んでいた)染め物にも似ていると思う。モノクロの世界は現実ではなく創作で、写真以外の何かに取り組んでいるという感覚があった」と語った。
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続く「絹」の章では4つのシリーズを展示。
石内は、広島の被爆者の遺品を撮影するなかで、絹でできた衣服がしっかりと残っていることに感銘を受け、絹の撮影を始めた。この章では、桐生に残されていた絹織物を撮影した「絹の夢」「幼き衣へ」に加え、アメリカのファッションデザイナー、リック・オウエンスの亡き父の着物と、徳島県に伝わる阿波人形浄瑠璃の衣装という、今年新たに出会った2つの「絹」を写した新シリーズを展示する。
展示作業にはすべて立ち会うという石内が、特に「思った以上にうまくいった」と語るのが、この「絹」の展示室。「天井高7メートルの空間の中で、身体で絹を感じてほしい」と語る。
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「無垢」の章では、90年頃から継続する体に傷跡を持つ人々を写したシリーズのなかから、女性の傷跡だけを集めた「Innocence」と、小説『苦海浄土』の著者として知られる熊本県出身の作家・石牟礼道子の手足を接写した「不知火(しらぬい)の指」の2つのシリーズを展示。「Innocence」では未発表3点を新たに展示し、「不知火の指」では14年と17年の2回にわたる撮影から厳選された5点が並ぶ。
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最後の「遺されたもの」では、母の死と向き合うために制作され、石内がその後も遺品を撮っていくきっかけとなった「Mother's」、画家フリーダ・カーロの遺品を写した「Frida by Ishiuchi」「Frida Love and Pian」、そしてライフワークとして現在も撮影を続ける「ひろしま」の3つのシリーズを展示。なかでも「ひろしま」は半数近くが未発表作品で、今年撮影したばかりの新作も展示されている。
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「私の写真はけっこうきついところがあるけれど、いろいろな人に写真の前に立ち止まって、何かを感じてほしい」と語る石内。一貫して被写体がもつ時間や歴史に向き合ってきた写真家の人生と、それらの「肌理」を見つめる機会となる。
なお、同時開催のコレクション展では、デビュー作「絶唱・横須賀ストーリー」シリーズが55点展示されているので、こちらもあわせて見てほしい。
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