繰り返すことで生まれる無限の気づき。豊田市美術館で久門剛史「らせんの練習」が開催中
音や光、立体などを用いたインスタレーションで、鑑賞者の身体感覚を揺さぶる作品を生み出してきた久門剛史。その個展「らせんの練習」が、豊田市美術館で開催されている。会期は9月22日まで。
音や光、立体などを用いたインスタレーションで、鑑賞者の身体感覚を揺さぶる作品を生み出してきた久門剛史。その初の大規模個展「らせんの練習」が、豊田市美術館で開催されている。会期は9月22日まで。
久門は同展を、「真上から見て円であると認識していたものが、視点を変えて彫刻的に見たときにはじめて螺旋だと気づく」ような体験が生まれるように設計した。豊田市美術館の特徴的な内装を活かしながら、視点を様々に変えることで生まれる気づきに満ちた展示となっている。
同展は「らせん」をテーマに、4つの展示室で構成される。最初の展示室に足を踏み入れると、観客が対峙することになるのが大規模なインスタレーション作品《Force》(2020)だ。
展示室の壁面にはアルミニウム板とアームを組み合わせた装置がいくつも設置されており、重ねられた紙をゆっくりと押し出している。ある程度まで押し出された紙はランダムに舞いながら落下し、自然現象のように床面に降り積もっていく。
また、傾いた円形のガラスと裸電球の束を組み合わせた立体も、《Force》を構成する要素のひとつだ。ガラステーブルから滑り落ちたような印象を与える電球は、ゆるやかな明滅を繰り返している。さらに、室内のスピーカーからは低周波の音が断続的に響き、紙の落下や電球の明滅と重なり合うことで、緊張感をつくりだす。
震災、集中豪雨、新型コロナウイルスなど、人間がコントロールできない自然の驚異に晒されてきたことを鑑みるとき、人工物でありながらも不規則な運動を続けるこれらの作品群が伝えるものは多いだろう。
同展では装置に使用されたコード類の処理も印象的だ。無造作に置かれているようでいて、ときに円形にまとめられたり、階段を伝って次の展示室につながっていたりと、訪れるものに気づきを与えてくれる。
配線を辿ってたどり着いた次の部屋には、《after that.》(2013/2020)が展示されている。天井から吊るされた回転するミラーボールを使用した作品だが、暗い室内を飛び回る光をよく見れば、それらすべてが針が回転している時計であることがわかる。ミラーボールは秒針の先に鏡をつけた時計でつくられており、そこに四方から光を当てることで無数の光の回転がつくりだされる仕組みだ。ミラーボールの回転と、時の流れを示す針の回転の組み合わせが、同展のタイトルにある「らせん」の多義性を改めて感じさせてくれる。
ミラーボールの部屋から廊下をたどっていくと、天井までの曇りガラスから自然光が潤沢に入る開放的な展示室に行き着く。ここでは、アクリルと木枠によってつくられた展示ケース状の作品「丁寧に生きる」シリーズ(2020)が6点展示されている。
「丁寧に生きる」とは、日々の経験や蓄積を汲み取りながら着実に時間を重ねていくという意味が込められている。これらガラスケースの作品群は、個と集団、家族や社会などによる様々な営みを浮かび上がらせる。
ケースのなかでシャープペンシルの芯が立体の上を何度も回転して円を描く《丁寧に生きる─らせんの練習─》や、アクリルから切り取られた円形がぶつかることなく回り続ける《丁寧に生きる─トンネル─》、電球がタイミングをずらしながら揺れ続ける《丁寧に生きる─完全な関係─》など、その場で長時間佇んで動きを見つめてしまうような作品が並ぶ。
次の展示室は一転して窓のないホワイトキューブとなる。3つの空間に分かれたこの展示室では、各部屋で白い天井や壁を活かした展示を見ることができる。しかし、白い床や巾木の着色、さらには室内すべてのコンセントを埋めるなどの徹底したつくり込みからは、久門の意図が強くうかがえる空間であることがわかる。
まず、1つめの展示室だが、こちらは照明もなく、天窓からの自然光のみの薄暗い部屋で、壁面に《crossfades #1》(2015/2020)が設置されているのみだ。これは、白いパネルの上で小さな時計の針が回っている作品だが、針の先にある拡大鏡を覗くと、同展を象徴する文字列が確認できる。
2つめの展示室には《Quantize #7》(2020)が展示されている。暗い部屋のなかで、扇風機の風に揺れるカーテンを照らす照明と、雫の音と連動して壁に灯りを照射するスポットライトを組み合わせ、音と光がつくりだす揺らぎを体感することができる。
3つめの小さな展示室で展示されるのは、新作のシルクスクリーン作品《crossfades-Torch》(2020)だ。壁面に飾られた1枚の白い紙が、スポットライトに照らされている。一見なにも描かれていない作品に見えるが、角度や距離を変えながらこの紙をつぶさに観察することで、鑑賞者はこの作品の意図するところを知ることになる。
最後に、展示室を出た階段下の吹き抜けに、29点組みの平面作品《crossfades #4》(2020)が並ぶ。これらは円周率の数列を紙にシルクスクリーン印刷し、そこに久門が手を加えたもの。用紙をカットしてずらす、インクを溶かす、組み替えるなどの処理を施すことで、通常では見えない秩序や情報を導き出す作品だ。
さらに、敷地内の髙橋節郎館のワークショップルームでは久門の作品資料を、茶室「童子庵」でも久門が手がけた展示を見ることができる。展示は同日の再入場が可能となっており、タイトルのように何度も周回し「らせん」を描くことで、多くの示唆を得ることができる展覧会だ。