2024.11.20

日本美術において儒教のかたちはどう表現されてきたのか。サントリー美術館でたどる「こころの鑑」

サントリー美術館で、「儒教のかたち こころの鑑 一日本美術に見る儒教一」展が開催される。儒教の教えが日本社会に根付き、各時代の美術作品に反映されてきた様子をたどるものだ。会期は11月27日〜2025年1月26日。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

重要文化財 名古屋城本丸御殿上洛殿襖絵 帝鑑図 露台惜費 狩野探幽 
四枚四面 寛永11年(1634) 名古屋城総合事務所 ※展示期間:12月25日~1月26日
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 日本美術のなかで儒教はどのように表現され、私たちにどんなメッセージを伝えてきたのか──。東京・六本木のサントリー美術館で11月27日より始まる「儒教のかたち こころの鑑 一日本美術に見る儒教一」展は、そんな問いに答える展覧会だ。

 本展は、難解に思われがちな「儒教」をテーマにしながらも、貴重な日本美術の作品を通して、古代から近世に至る日本人の価値観や美意識の変遷を紐解いていくもの。儒教は、紀元前6世紀に中国の思想家・孔子によって説かれた教えであり、仁・義・礼・智・信の五常という徳目を重んじ、人間関係を豊かにし、理想の社会を築くことを目指す思想だ。本展では、この古代から伝わる思想が日本美術にどのように影響を与え、日本人の生活や価値観のなかでどのように受け入れられてきたかを探る。

 展示では、同館のコレクションをはじめ、東京国立博物館や京都の仁和寺、南禅寺など国内各地から国宝や重要文化財を含む100点以上の作品が集結。サントリー美術館では初めてとなる、本格的に儒教をテーマにした展覧会だ。担当学芸員の大城杏奈は「美術手帖」の取材に対し、「教育の場で教えられている『論語』や、家族や身近な人々との関係を考えるときに、儒教の教えがいまも様々なかたちで影響を持っている」とし、「これまでにない視点とスケールで、改めて日本美術をご覧いただければ」とその意義を語っている。

御所ゆかりの至宝も

 4世紀頃、仏教よりも早く日本に伝来した儒教は、古代から近世に至るまで、時代ごとの日本社会において多様なかたちで受け入れられてきた。とくに古代では宮廷で為政者としての理想像を学ぶための学問として重視され、中世には朱子学が禅宗僧侶に学ばれたことで寺院文化にも深く影響を与えた。さらに近世の江戸時代には、文治政治を推奨する江戸幕府によって奨励され、儒教の教えは武士階級のみならず庶民や子供たちの教育にまで広く浸透していった。

古代宮廷での「為政者としての理想像」

 儒教が政治と深く結びついていた時代を象徴する作品には、京都・仁和寺所蔵の重要文化財《賢聖障子絵》(1614)がある。狩野孝信による現存最古の「賢聖障子絵」とされるこの作品は、天皇の高御座の背後を飾るために制作された大画面の絵画であり、32人の賢聖像が天皇の背後で見守る構図は、為政者にとって理想的な徳を体現する存在として儒教思想を視覚化している。

重要文化財 賢聖障子絵 狩野孝信 
二十面のうち 慶長19年(1614) 仁和寺 ※通期展示・面替えあり

 また、京都・南禅寺に伝わる《二十四孝図襖》(1586)は、狩野永徳とその一門の絵師たちによって描かれたと推測されるもので、儒教で重視される親孝行の模範である「二十四孝」における24の故事から画題が選ばれている。同作は通常非公開のため、今回の展覧会は実際に目にする貴重な機会だ。

重要文化財 二十四孝図襖 伝 狩野永徳 南禅寺
十四面のうち 天正14年(1586) 南禅寺 ※通期展示・面替えあり
重要文化財 二十四孝図襖(部分) 伝 狩野永徳 南禅寺

 さらに、本展のメインビジュアルにも使用されている狩野探幽の《名古屋城本丸御殿上洛殿襖絵 帝鑑図 露台惜費》(1634)は、3代将軍徳川家光が名古屋城を訪れた際に用意された上洛殿の「上段之間」に飾られていたものだ。「露台惜費」の画題は、漢の文帝が浪費を戒める逸話を描いたもので、理想的な為政者の教訓として、時代を超えた普遍的なメッセージを含んでいると言えるだろう。

中世における禅僧と儒教

 中世では、禅宗と儒教の結びつきが深まるなか、歴代の校長を禅僧が務めた足利学校で使用されていた教科書的な書物が注目される。栃木県の足利学校所蔵の国宝『尚書正義』(12世紀)は、中国南宋時代に書かれた『書経』の注釈書である。当時、学問の中心地であった足利学校では教科書として重宝され、『書経』の内容は昭和や平成の年号の典拠としても影響を与えるなど、現代にまでその重要性が続いている。

国宝『尚書正義』 二十巻八冊のうち 中国・南宋時代 12世紀 史跡足利学校事務所 ※通期展示・頁替えあり

江戸幕府が奨励した儒教思想

 江戸幕府が儒教思想を推進した象徴的な作品としては、狩野探幽の《桐鳳凰図屛風》(17世紀)が挙げられる。鳳凰は儒教において理想的な君主が出現する象徴とされ、狩野派によって繰り返し描かれた。この作品は、江戸幕府の為政者が徳を持つ支配者であるべきという理念を視覚化しており、平和で安定した政治を目指した幕府の姿勢を反映している。

桐鳳凰図屛風 狩野探幽 六曲一双のうち右隻 江戸時代 17世紀 サントリー美術館 ※展示期間:12月25日~1月26日

庶民や子供たちへの儒教の浸透

 江戸時代後期になると、儒教の教えが庶民の生活に浸透し、親しみやすいかたちで広まったことが浮世絵や錦絵に表れている。その代表例が「老莱子(ろうらいし)」のエピソードを描いた錦絵だ。老莱子が親の前で子供のように振る舞い親に年齢を自覚させないことで孝行を示した姿は、ユーモラスな表現として庶民に親しまれ、パロディとしても描かれた。

おさなあそび廿四孝 老莱子 北尾重政 中判錦絵 安永~天明年間(1772~89)頃 
公文教育研究会 ※展示期間:11月27日~12月23日

 さらに、儒教のエピソードは時代が下るにつれ象徴的な図様に変化し、染織品にも取り入れられた。同館所蔵の《雪中筍採模様筒描幕(丸に橘紋入)》や《雪中筍採模様筒描蒲団地(丸に橘紋入)》(ともに19〜20世紀)は、孟宗が母親のために雪中で筍を見つけるエピソードを描いたもので、後者では象徴的な要素(竹林や笠)のみが図案化されている。このように、物語性を持つ儒教の教えが日本文化に根付き、時代を超えて様々なかたちに表されてきた様子を感じ取ることができる。

雪中筍採模様筒描幕(丸に橘紋入) 一枚 明治~昭和時代(19~20世紀)
サントリー美術館 ※展示期間:11月27日~12月23日

いま改めて、儒教とは?

 親孝行や年長者への敬意、あるいは社会規範としての役割など、儒教には現代では少し距離を感じる一面があるかもしれない。しかしながら、大城は、本展の展示作品で示される儒教の本質的な教えは時代や文化を超えてなお普遍的な価値を持つと考えている。

 儒教の思想が最終的に目指す理想は、ただ特定の道徳を守ることではなく、平和で豊かな社会を築くことにあるとされる。今回展示される作品群は、儒教が持つ「心の鑑」としての役割を視覚的に伝え、現代の私たちが抱える迷いや葛藤に対するヒントを提供するものでもあるだろう。また、江戸時代を通じて庶民の生活や教育のなかに広く浸透し、美術作品としても数多くのかたちで表現されてきた儒教の要素は、現代においても普遍的な意義を持つものと言える。

 本展は、儒教と日本美術の関係を通して、思想や文化が美術というかたちでどのように表現され、受け継がれてきたかを振り返る貴重な機会となるだろう。サントリー美術館で開催される本展を通して、儒教が示す理想や先人の貴んだ「鑑」を再発見してみてはいかがだろうか。