20年ぶりにフルスケールで展示。原美術館の「ソフィ カル ─ 限局性激痛」をチェック
これまで原美術館で2度個展を開催してきたフランスを代表するアーティスト、ソフィ・カル。1999年に同館で開催された「限局性激痛」が、20年の時を経てフルスケールで展示されている。ソフィ・カルの代表作でもある本展は、原美術館のために構成されたものとなっている。
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自伝的作品や他者へのインタビューをもとにした作品で知られるソフィ・カル。その代表作とも言える《限局性激痛》が原美術館で1999年以来、じつに20年ぶりにフルスケールで展示されている。
「限局性激痛」とは、医学用語で身体部位を襲う限局性(狭い範囲)の鋭い痛みや苦しみを意味する言葉。本作は、カル自身の失恋体験による痛みとその治癒を、写真と文章で作品化したもので、自伝的作品としては最大規模となる。
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本作は、人生最悪の日までの出来事を最愛の人への手紙と写真とで綴った第1部と、その不幸話を他人に語り、代わりに相手の最も辛い経験を聞くことで、自身の心の傷を少しずつ癒していく第2部で構成。99年に、原美術館での展覧会のためにまず日本語版として制作され、その後フランス語や英語版も世界各国で発表された。
1984年、日本に3ヶ月滞在できる奨学金を得たカル。展示室1階の第1部では、日本への出発する日から92日間にわたる日々を、写真や手紙、カルによるテキストなどで追うものだ。
額装された写真や手紙などには、「〇〇 DAYS TO UNHAPPINESS」というハンコが押してあり、鑑賞者はこの「不幸へのカウントダウン」をなぞるように、展示をたどっていく。1階展示室の最後、このカウントダウンは「1 DAYS TO UNHAPPINESS」で止まっており、最終的に何が起こったのかをここで推測することは難しい。
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そして展示は2階に続き、鑑賞者はここで初めてその身に起こった不幸ーー愛していた男性によって「捨てられた」事実を知ることになる。
この別離は日本での滞在が原因だと考えたカルは、この出来事を1日につきひとりの相手に語り、その話し相手にも自らの苦しみを語ってもらうという行為を開始した。展示室2階に並ぶのは、精緻に刺繍されたテキストの数々だ。カルが「不幸の日」を振り返るテキストと、話し相手によるテキストが、交互に壁に掛かる。
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© Sophie Calle / ADAGP, Paris 2018 and JASPAR, Tokyo, 2018
カルによるテキストはどれも「捨てられた悲しみ」を綴ったものだが、日を重ねるにつれ、その心情に明らかな変化が起こっているのが感じ取れる。刺繍の色も、最初は白くはっきりしていたものから、だんだんと暗くなり、最終的には布と同化するような濃い灰色へと変化していく。ソフィの「痛み」が徐々に朧げになっていく様子が伺えるのだ。
この作品を最初に発表する場として、その独自の場所性から原美術館を選んだカル。同館で開催されることを念頭に、各作品のサイズやフォーマットが選ばれているのは本作の大きな特徴だ。原美術館はこの全作品をコレクションとして収蔵(なお、本作のフランス語版はポンピドゥー・センターが所蔵している)。これまでも部分的に展示されることはあったが、フルスケールでの再展示は念願だったという。
2020年末での閉館が決まっている原美術館。今回のようなかたちでの展示は、おそらく今後実現不可能だろう。この貴重な機会を見逃さずチェックしてほしい。
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