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2019.1.19

会場は能楽堂全体。山口晃が個展「昼ぬ修羅」で見せる修羅と夢幻の世界

伝統的な日本画の様式と現代的なモチーフを巧みに融合させ、ユーモアあふれる作品で高い人気を誇る画家・山口晃。その最新個展「昼ぬ修羅」が、横浜能楽堂で開幕した。能楽堂全体を使った本展とはどういうものなのか。レポートでお届けする。

山口晃
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 関東では最古の能舞台を有する横浜能楽堂。この空間全体を使った山口晃の個展「昼ぬ修羅」が開幕した。

 能では、源平の武将らを主人公にした「修羅能(二番目物)」と呼ばれる曲が数々存在しており、いっぽうの山口は馬型のオートバイを描いた作品や、合戦図など、中世武士が時空を超越した作品を発表してきた。本展ではそんな両者の共有点として、「修羅」をテーマに展示が構成されている。

能楽堂ホール

 まず1階の能舞台があるホールに入ると、その意外性に驚かされるだろう。目に飛び込んでくるのは、見所(客席)に置かれた弓の数々だ。これらの弓が意味するのは「青海波(せいがいは)」。青海波とは、能などの衣装に使われる波を模した文様であるとともに、源氏物語の中で光源氏が舞った雅楽の演目名でもある。

弓が置かれた見所(客席)

 今回、山口は「能がかつて野外で行われていた時の雰囲気を出せないかと考えた」と話しており、ホールにはこの弓のほかにも「野外」を感じさせる仕掛けが施されている。

能楽堂ホール

 いっぽう2階の展示回廊では、一見作品だとは気づかないインスタレーションが存在する。元々レストランだったという場所に復元されたテーブルセッティング。しかし、その手前の扉は閉ざされ、椅子などのバリケードで中に入ることはできない。山口はこれを《芳一の景》とし、『耳なし芳一』の世界を出現させた。

《芳一の景》の展示風景

 『耳なし芳一』は、言わずと知れた盲目の琵琶師・芳一を主人公にした物語。芳一は宴席で琵琶の演奏を頼まれるも、じつはそこは平家の怨霊が跋扈する墓場だった。この物語をヒントに山口は、無人のテーブルセッティングを墓場での宴席になぞらえるような構図を生み出した。バリケードのこちら側とあちら側。現在と過去、あるいは現世とあの世のような二項対立がそこにはある。

《芳一の景》の展示風景

 今回の個展にはこうしたインスタレーションのみならず、山口の絵画も複数点展示されている。しかしその展示方法はただ絵画を並べただけのものではない。絵画は山口が能楽堂の収蔵室を探検して見つけてきたという様々な物(それは舞台で使われる小道具であったり、館内案内板だったりする)とともに展示されており、どこまでが山口の「作品」なのかが判然としない構造になっている。

展示風景より。中央は《洞穴の頼朝》

 能にはその一種として「夢幻能(むげんのう)」というものがある。夢幻能の主人公は、神や精霊といったこの世ならぬ存在。旅人がそれと出会うことで、演目全体がまるで旅人が見た夢として構成される。本展は、この夢幻能の世界を体現させた展覧会と言ってもいいだろう。

 旅人である鑑賞者はここには存在しない源平の武将らを感じながら、作品の境界がはっきりとしない、まるで夢幻のような世界を体験することになる。能楽堂という舞台を巧みに生かした山口ならではの展示だ。

 なお、展示されている新作絵画は1月18日時点で一部が未完成であり、会期中に描き進められるという。この制作過程を見られるのも、山口晃の個展の醍醐味と言えるだろう。

展示風景より、左は制作途中の新作《入水清経》