ミュージアムは「文化のハブ」になれるのか? ICOMが問い直す「博物館」の定義
国立京都国際会館で開催中の第25回ICOM(国際博物館会議)京都大会。その2日目に行われたプレナリー・セッション「ICOM博物館定義の再考」では、ミュージアムの理想的な姿が語られた。
ミュージアムの理想的な姿を強く訴えかける──そんなセッションが、ICOM(国際博物館会議)京都大会で行われた。
「ICOM博物館定義の再考」と題された本セッションは、今回の大会で大きな焦点となっている「Museum(ミュージアム)」の定義の見直しに関するもの。博物館の定義・展望・可能性委員会(MDPP)の委員長を務めるジェッテ・サンダールがモデレーターとなり、6人のスピーカーが登壇した。
ICOMは今大会で、ICOM規約にある「博物館」の定義を45年ぶりに大幅改正することを目指しており、その案は以下の通りとなっている。
博物館は、過去と未来についての批判的な対話のための、民主化を促し、包摂的で、様々な声に耳を傾ける空間である。博物館は、現在の紛争や課題を認識しそれらを対処しつつ、社会に託された人類がつくった物や標本を保管し、未来の世代のために多様な記憶を保護するとともに、すべての人々に遺産に対する平等な利用を保証する。 博物館は、営利を目的としない。博物館は、開かれた公明正大な存在であり、人間の尊厳と社会正義、世界全体の平等と地球全体の幸福に寄与することを目的として、多様な共同体と手を携えて収集、保管、研究、解説、展示の活動ならびに世界についての理解を高めるための活動を行う。
セッションの冒頭、ICOM会長のスアイ・アクソイが登壇。ミュージアムの役割について、「従来の、展示や保管、収集、研究といった仕事だけでなく、よりコミュニティに仕えるため、コミュニティに近づいている」としながら、ミュージアムが「文化のハブ」としての役割を増やしていくうえで、「新しい方法でコレクションを収集し、歴史を振り返り、レガシーを考え、次の世代に新しい意味を見出そうとしている」とコメント。
1日目に行われた持続可能な開発目標(SDGs)に関するセッションとも関連付け、「不平等の増大が、私たちのセクターのもっとも大きな問題。グローバルなミュージアムの組織として、こういった問題に積極的に関わりたい」とし、そうした現実的な課題解決のために「博物館」の定義改正があることを訴えた。
いっぽうモデレーターのサンダールは、ミュージアムはこの数十年間で目的を再考し続けてきたとしたうえで、「ICOMの現在のミュージアムの定義が、現代にそぐわないものになってきた」と語り、「博物館」定義の改正は、社会におけるミュージアムのあり方自体と、ミュージアムの倫理観を再考するものであることした。
ケニア国立博物館元館長で、ICOM副会長などを歴任してきたジョージ・アブンゴはこの「倫理観」とミュージアムの関係について、「残念ながらミュージアムは植民地主義、奴隷制度から利益を受け取ってきた」と指摘する。
現在、ヨーロッパ、とくにフランスを中心に、植民地時代に収蔵された文化財を返還する気運が高まりつつあるなか、アブンゴはこう主張した。「もしミュージアムが、不正な取引から利益を得ているのであれば、それは紛争をもたらし、移民を生み出す。こうした人々を受け入れることができる定義を、21世紀に向けて考えていかなくてはならない。『アマゾンが燃えている』と声を上げるだけではダメで、行動を起こさなければならない」。
このアブンゴの言葉は、新たな定義に含まれている「博物館は、現在の紛争や課題を認識しそれらを対処しつつ、社会に託された人類がつくった物や標本を保管し、未来の世代のために多様な記憶を保護するとともに、すべての人々に遺産に対する平等な利用を保証する」という一文を反映したものだと言えるだろう。
いっぽうこの定義改正を「すべてのミュージアムにとってのロードマップだ」としたのは、コスタリカ大学教授でICOMコスタリカ委員長のローラン・ボニラ=メルシャフだ。
改正案では、定義のなかに「常設機関」という言葉が使われていない。メルシャフはこれについて、「変化が激しい現代において常設であることはキーターム(重要条件)ではない」と断言する。またミュージアムの機能を拡張し、「移民や暴力、レイシズム、気候変動などを話し合う場でなくてはならない」としており、「理解を深め、コミュニティとともに歩む場」でなくてはならないと主張。「人間の尊厳や、社会正義、平等、ウェルビーイングに取り組んでいきたい」と語った。
21世紀におけるミュージアムとはどうあるべきなのか。ここで語られた「博物館」の定義改正は、京都大会の最終日である9月7日に臨時総会で採決にかけられる。