「買上作品」が示す芸術教育と価値観の変遷。藝大126年の歴史を通覧せよ
東京藝術大学が卒業・修了制作のなかからとくに優秀な作品を選定し、買い上げてきた作品を展示する「『買上展』藝大コレクション展2023」が東京藝術大学大学美術館でスタートした。
東京藝術大学が卒業・修了制作のなかから各学科ごとにとくに優秀な作品を選定し、買い上げてきた作品を厳選して展示する「『買上展』藝大コレクション展2023」が東京・上野にある東京藝術大学大学美術館でスタートした。会期は5月7日まで。
同大学の前身である東京美術学校でも卒業制作を買い上げて収蔵する制度があり、現在所蔵されている「学生制作品」は1万件を超える。本展ではそのなかから約100件を厳選。東京美術学校時代から今日にいたる日本の美術教育の歩みを振り返るとともに、同大学における買上制度の意義を見直し、今後を見据えることが目的だ。
全2部で構成される本展の第1部「巨匠たちの学生制作」では、明治から昭和前期に東京美術学校を卒業し、各分野で主導的な役割を果たしてきた作家を厳選。その「卒業制作作品」や同時に提出する「自画像」が紹介されている。見どころは、同校第1期生である横山大観(秀麿)の《村童観猿翁》(1893)だ。卒業後は近代日本画壇を牽引してきた横山の画業において、デビュー作とも言える貴重な作品だ。
彫刻家のオーギュスト・ロダンに影響を受け、詩人としても活躍した高村光太郎の卒業制作《獅子吼》(1902)も展示されている。屹然としたすがたが印象的な僧侶像は、作品集の英題で「Nichiren.」と記されているという。実弟である高村豊周の作品も買上作品であり、同会場に並ぶ。
藝大の卒業制作展では伝統となっているのが、卒業生による「自画像」だ。これは1896年に開設された西洋画科において、黒田清輝による指導で慣習化されたもの。卒業制作は買上とならなかった青木繁や萬鉄五郎、藤田嗣治らはこの自画像のみが学校に納められている。
また珍しいのが、東京美術学校第1期生(1893)の卒業証書だ。これは卒業後に評論家・美術史研究家としても活躍した大村西崖のもので、初代校長である岡倉天心(本名は岡倉覚三)から授与されている。展示に足を運ぶ際はこちらもチェックしてみてほしい。
第2部「各科が選ぶ買上作品」では、東京藝術大学での買上制度開始から70年を契機に、各学科の歩みや優秀作品の傾向などを俯瞰し読み解くことを目的のひとつとしている。本展では、これらを各科ごとにエリアを設け、選定した作品を数点ずつ展示していく構成となっている。
「油画科」「彫刻科」「日本画科」が展示される同エリアの作品は、形式があるがゆえに各作家ごとのまったく異なるアプローチが際立っているように感じた。油画科では1896年の設立当初の西洋絵画の伝統と技術を堅持しつつも、その表現や社会でのありようを拡張するような教育方法が取られてきた。
彫刻科がピックアップしたのはすべて女性作家による作品だ。1887年に開設された同学科(当時は木彫りのみ)が女生徒の受け入れを始めたのは1946年のこと。彫刻科最初の女性作家による買上作品は山口信子による《習作》(1952)。日本画科は、歴代の買上作品のなかからその時代の空気感や特徴をとくに表すものを選定。展示作品でもっとも新しいものは村岡貴美男による独自の世界観を描いた《夢遊病》(1997)だ。
「工芸科」がピックアップした6点の作品のうち5点は平成の買上作品だ。高度な手仕事のなかに個性がしっかりと表現されているのが藝大工芸科の見ごたえのある部分であると感じる。
1961年に工芸科から改組され、1975年に新たに誕生した「デザイン科」は時代に呼応するようにそのアプローチ方法を柔軟に変えてきた。そのため、同学科から選出された5つは非常に多様性に富んでおり、その時代を映すような作品でもあるのだ。なかでも学生作品とは思えないほど高いクオリティと個性を発揮している岩瀬夏緒里によるアニメーション《婆ちゃの金魚》(2011〜12)は必見だ。
「建築科」が買上げてきた作品は、社会問題をテーマとしたものから私的関心から生み出されたものまで幅広い。今回選定されたのは、テーマや表現媒体(図案、模型、映像、CGなど)の変遷を追うことができる5作品だ。今日までの都市や建築の変化も想像しながら鑑賞したい。
近年の藝大の動向でも見どころとなっているのは「先端芸術表現」「映像研究」「グローバルアートプラクティス」「文化財保存学」などの研究領域の多様化ではないだろうか。特定のメディアにとらわれず芸術の可能性を拡張してきた先端芸術表現科からは、インスタレーションと映像作品の4点が選出。作家独自の視点が鑑賞者の新たな芸術体験を誘発することだろう。
3つの専攻で構成される「映像研究科」ではメディア映像専攻のみが買上げを実施している。今回選出された第1期生・越田乃梨子による《壁・部屋・箱──破れのなかのできごと》(2008)は、今年2月に開催された「恵比寿映像祭2023」にも出展された作品だ。シンプルな作品ではあるが、実際には見ることができない複数の視点を同じ画面に映し出すことで、映像がとらえる身体性を見事に表現している。
2016年に新設された「グローバルアートプラクティス」(以下、GAP)や、目にする機会の少ない「文化財保存学」専攻の買上作品を見られるのも嬉しい。GAPに所属する学生は現在6割が留学生で、異なる文化や言語、ジェンダーを背景に持つ作家による様々なアプローチ方法が作品を通じてうかがえる。
文化財保存学専攻による買上作品は、文化財の記録保存が考慮されていることも重要なポイントである。選出された卒業生は現在も教育機関や復元研究事業などに精力的に携わっている。藝大は「芸術を守る」人財も多く生み出しているのだ。
藝大音楽学部の「作曲科」でも買上制度が実施されている。本展では2014〜2022年までの若い世代によるオーケストラ作品が紹介されており、会場では楽譜や映像、音源でその優れた芸術音楽を鑑賞することが可能だ。
本展は、東京美術学校の誕生から現在の東京藝術大学に至るまでの126年間の買上作品を見ることができるまたとない機会だ。買上作品にはその作家の優秀さを示すことのみならず、国や社会の状況とともにそのあり方を模索してきた、藝大による教育の歴史が大河のごとく通底していると言えるだろう。日本で唯一の国立総合芸術大学としての変遷をぜひ目の当たりにしてほしい。