奈良祐希の個展「samādhi」に見る、作品と建築の共鳴
アーティストであり建築家としても活動する奈良祐希。淡路島にある空中禅道場「禅坊靖寧」で始まった個展「samādhi」は、作品と空間が見事に共鳴するものとなっている。
神戸からほど近い淡路島。その内陸部に昨年誕生した空中禅道場「禅坊 靖寧」は、「プリツカー賞」受賞建築家である坂茂が手がけた建築として密かに話題を集めている。
全⻑100メートルのウッドデッキが特徴的なこの建築は、360度全⽅位に広がる淡路島の自然を間近に感じられるよう稜線を超えない⾼さに計算されており、中に入ると吹き抜ける⾵と淡路島の風景を存分に感じられる。ここを舞台に開催されているのが、奈良祐希の個展「samādhi」だ。
奈良は1989年⽯川県⾦沢市⽣まれ。2013年東京藝術⼤学美術学部建築科卒業、16年多治⾒市陶磁器意匠研究所⾸席修了。17年東京藝術⼤学⼤学院美術研究科建築専攻⾸席卒業。21年より建築デザイン事務所EARTHENを主宰しており、アーティストと建築家という2つの顔を持つ稀な存在だ。
実績も着実に重ねており、陶芸分野ではこれまで第3回⾦沢世界⼯芸トリエンナーレ審査員特別賞、Penクリエイターアワード2021、第79回⾦沢市⼯芸展世界⼯芸都市宣⾔記念賞などを受賞。建築と陶芸の融合を⽬指した《Bone Flower》は⾦沢21世紀美術館に史上最年少で永久収蔵されている。いっぽう建築分野では、「五⾏茶室」(2018年、⾦沢21世紀美術館、台南市美術館)、「Node」(2023年、企業新社屋)、「Cave」(2023年、リノベーション)などを担当。21年には若⼿建築家の登⻯⾨「Under 35 Architects exhibition 2021」のファイナリスト7組に選出された。
「共創」を展⽰コンセプトとして、様々な異なる事象を調和させ領域を超えたものづくりを得意とする奈良は、ホワイトキューブのみならず、建築の環境と作品がいかに対話をできるのかを試みる展示に取り組んでる。
今回の展覧会名の「samādhi」は、禅の語源にもなったサンクリット語で「⼼が対象の中に没⼊して⾃我が消えた状態」を示すもの。作品は会場の中央に置かれるのではなく、両サイドのガラス壁面と同じ高さにつくられた特注のガラスケースに展示されている。奈良の作品と坂茂の建築、その向こう側にある淡路島の自然、そして鑑賞者自身が一体となっていくような感覚を抱くだろう。
奈良は、「静止しているものと、木や光という自然の揺らぎが対比されるとき、作品が環境に溶け込むような感覚となる」と話す。作品が、森の稜線に同化するこの建築が従来持っている自然に没入させる力を、さらに強調するようなものとなっている。こうした空間構成は、自身も建築を手がける奈良だからこそできるものだ。
本展示で並ぶのは、「場所の空気と調和させるために必要だった」(奈良)という19点。軽やかで透明な陶芸を目指してつくられている代表作「Bone Flower」だけでなく、その発展形も見ることができる。
新作「Bone Flower_Nest」は、奈良が淡路島を初めて訪れた際に見た、野鳥が巣をつくっている光景が着想源だ。「Bone Flower」を鳥の巣のように重層構造にすることで、「理性と本能が同居するような有機体」への進化を目指して制作された。入れ子のような状態にすることで作品自体にある種の「揺らぎ」が生じており、大自然と融和を見せている。
本展の中心的な作品と言えるのが、同じく新作の「Bone Flower_Sky」だ。淡路島の空の色を思わせる淡い青色をまとったこの作品は、土に釉薬を混ぜることで生まれたもの。刻々と変わる光によって、その表情を様々に変えていく。
新たな展開も見られる。新作「Synapse」シリーズは、奈良の「小ささの豊かさを表現したい」という想いから生まれた作品。原子同士が接合部(シナプス)を介してつながっていく瞬間を切り取ったものであり、本展では4点からそのつながりの連続性を見てとることができる。
空間を尊重しながらも、「自らの作品よって建築が異なる見え方をするような展示をしてみたかった」と話す奈良。陶芸と建築という2つのフィールドで活躍を見せる奈良でしかできない本展に、その場の風の匂いや太陽の光、木々のざわめきとともに向き合うことをお勧めしたい。