安藤忠雄設計の和美術館で、ロニ・ホーン作品の流動性と不確実性に向き合う
中国広東省仏山市にある、安藤忠雄が設計した「和美術館」(HE Art Museum)でアメリカの現代美術家ロニ・ホーンのアジア最大規模の個展「A dream dreamt, in a dreaming world is not really a dream... but a dream not dreamt is.」が開催されている。会期は10月7日まで。
中国南部最大の都市・広州に隣接する仏山市、一見特徴のない地味なビジネス街の真ん中に、プリツカー賞の受賞建築家・安藤忠雄が設計した「和美術館」(HE Art Museum)が存在している。ここで、アメリカの現代美術を代表するアーティスト、ロニ・ホーンのアジア最大規模の個展「A dream dreamt, in a dreaming world is not really a dream... but a dream not dreamt is.」が10月7日まで開催中だ。
和美術館に近づくとまず目に入るのが、下から上に向かって徐々に広がる円形の建物だ。建物は池に囲まれており、池の中央には美術館の入り口へと続く小道がある。
館内は地上4階と地下1階の構造であり、各階には展示室がある。地上1階の展示室は、円形の館とつながった四角い建物のなかに位置し、そのデザインは「天円地方(てんえんちほう)」という中国の伝統的な宇宙観を反映しているという。
美術館の建築設計は、館名の「和」が示すように「調和」をテーマにしている。本館の「円」は中心から水の波紋のように四方に広がり、美術館で行われる文化芸術が街の中に拡散することをも示唆している。「円」の中心には、二重の螺旋階段を有する5層吹き抜けのアトリウムがあり、同じく安藤設計のベネッセハウス ミュージアムに似たような円錐形のガラス天窓から、季節や時間帯に応じて自然光が館内の各所に差し込む。
今回のロニ・ホーン展は、美術館の1階から3階までの展示室を占めている。天井が高く、屋外の池と庭が見える1階の正方形の展示室では、ホーンのこれまでで最大のコラージュドローイングと近年の代表作であるガラス彫刻「Water Double」シリーズ(2017-19)が展示されている。ガラスで鋳造されたこれらの彫刻は、それぞれ高さ約1.3メートル、重さ5トンにおよぶ。滑らかで張力のかかった水面のような光沢のある表面は、周囲の情景を映し出しながら、見る者の目をその明るく透明な内部へと引きつける。
2021年、ホーンによる日本初の美術館個展が箱根のポーラ美術館で開催されたことがまだ記憶に新しい。ホーンと和美術館の共同キュレーションによる今回の展覧会では、展示室のレイアウトから鑑賞動線までホーン自身がデザインに携わり、最終版が決まるまでに合計38のバージョンがつくられたという。
展覧会の開幕に先立ち、美術館はホーンに専用の作業スペースを用意。17日間にわたり、ホーンは展示室で各作品の位置を自ら調整したという。本展では、ホーンの代表的な写真シリーズ《あなたは天気 パート2》(2010-11)や《円周率》(1997/2004)、アメリカの詩人エミリ・ディキンスンが書いた手紙の言葉のなかから選んだテキストを作品化した《エミリのブーケ》(2006-2007)、ルイジアナ近代美術館で行われたパフォーマンスを収録した映像作品《水と言う》(2021)など、ポーラ美術館でも紹介された作品のほか、長方形のガラス彫刻やホーン自身のポートレイト写真など様々な作品が新たに展示されている。
例えば、ポーラ美術館でも展示された《Gold Field》(1980/1994)は、地面にシンプルに敷き詰められた一枚の金箔による作品であり、ホーンの初期の代表作のひとつでもある。本展に出現した《Gold Mats, Paired—for Ross and Felix (v.2)》(1994-2021)は同作の延長線上につくられたもの。故アーティスト、フェリックス・ゴンザレス=トレスとエイズで亡くなったその恋人のロスを称え、2枚の金箔を重ねたこの作品では、その隙間が光を反射し、フェリックスが初めて《Gold Field》を見たときに感じた「光が街を黄金色に輝かせ、魔法を与える」瞬間と呼応している。
1997年から2000年までの3年間、ホーンは姪のジョージアのポートレイトシリーズ「This is Me, This is You」を撮影。本展では、ジョージアの写真48枚が壁一面に並べられ、感情豊かな少女の表情や性格が時間とともに変化していく様子が表現されている。いっぽうの反対側の壁には、数秒間隔で撮影されたジョージアの別の写真48枚が展示されており、それぞれの写真は興味深い鏡像となっている。
これらの作品からもわかるように、本展ではペアで登場する作品が多い。1980年代から、ホーンは「ペア・オブジェ」と呼ばれる彫刻シリーズを制作している。金属でつくられたふたつの同じ彫刻を異なる空間に置くことで、作品の内的なつながりと同時に距離を生み出し、鑑賞者に「二重性」(doubling)について考えさせる。ホーンにとって、あらゆるものが二重性を持つという。こうした二重性への探求はホーンのほかのシリーズに反映され、アイデンティティの流動性についての議論にも及んでいる。
アイデンティティへの関心は、写真シリーズ「a.k.a.」(2008-09)にも見られる。ホーンの本来の名前はローズ(Rose)だったが、特定の性別にとらわれないため、その名前をよりジェンダーレスなロニ(Roni)に変えた。家族の写真アーカイヴから厳選した30枚のホーンのポートレイト写真を2枚1組で並べる「a.k.a.」では、それぞれのペアがホーンの若かりし頃と大人になってからの姿を微妙に織り交ぜ、様々な時期に変化し続けるホーンの心象風景を表しながら、アイデンティティの多様性や流動性を体現している。
本展のプロジェクト・ディレクターであるヴィセント・チャンは「美術手帖」の取材に対し、流動性や不確実性はホーンの作品における重要なテーマであると強調する。本来の展示室を様々なかたちのスペースに分け、そのなかで異なる媒体やテーマの作品を配置することで、鑑賞者にホーンの創作をより深く理解してもらうことを狙っているという。「この展覧会では、人々が作品と建築そのものと触れ合うことができるような空間に対する感覚をもっとも重要視している。ホーンも流動的な展示構成とそのなかの微妙な変化を通じ、鑑賞者の心に響くことを望んでいる」。