• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 東京都渋谷公園通りギャラリーで体感する共生の先の「共棲」。…
2024.2.10

東京都渋谷公園通りギャラリーで体感する共生の先の「共棲」。「共棲の間合い -『確かさ』と共に生きるには-」を見る

東京都渋谷公園通りギャラリーで、折元立身、酒井美穂子、スウィング、村上慧の4組が参加する展覧会「共棲の間合い -『確かさ』と共に生きるには-」が開幕。会期は5月12日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、酒井美穂子《無題》(2015-23)
前へ
次へ

 東京・渋谷の東京都渋谷公園通りギャラリーで、「共棲の間合い -『確かさ』と共に生きるには-」が開幕した。会期は5月12日まで。担当学芸員は河原功也。参加しているのは折元立身、酒井美穂子、スウィング、村上慧の4組。

展示風景より、スウィング「ゴミコロリ」の展示

 本展のコンセプトについて河原は次のように語った。「『共棲』は『共生』から発想したタイトルだ。共生は人間が生きていくうえで不可欠なことだが、その言葉には調和や一体感を他者に求める息苦しさがあるのも事実。そうではなく、隣人とともに住むときの距離感や関係性に焦点を当てるための『共棲』を本展を通じて考えたい』。

 この「共棲」を象徴するような作品が、公園通りに面したガラス張りの「交流スペース」にある。ここでは村上慧が《熱の部屋》を展開している。

展示風景より、村上慧《熱の部屋》(2024)

 展示室内には落ち葉が敷き詰められており、中央には落ち葉を貯めた「足湯」と「サウナ」がある。この部屋の落ち葉は近隣の代々木公園から集められたもので、「足湯」と「サウナ」によって落ち葉が発酵するときのエネルギーを体感できる。微生物が葉を発酵させる際に発生する熱によって、落ち葉のなかは最大で60度ほどになっている。足を落ち葉でできた「足湯」に沈めれば、たしかなぬくもりが感じられ、サウナも同様の仕組みで楽しむことができる。

展示風景より、村上慧《熱の部屋》(2024)

 1988年生まれの村上は、これまで自作の家を持ち運び、国内外で移動生活をするプロジェクト「移住を生活する」を行ってきた。また、近年は千葉県で電気を使わない冷暖房空間を「村上勉強堂」として制作し、実験を繰り返している。こうした活動を経た村上にとって、自然現象との「共生」はあたり前のことであり、公園の葉を使って街なかに快適な住空間をつくり出した本作はまさに「共棲」の体現といえるだろう。この部屋は路上からも見ることができ、コンクリートに落ちるとゴミになる街路樹の葉も、自然現象の連環のなかに位置づければ、人間と新たな関係を築くことができる。

展示風景より、村上慧《熱の部屋》(2024)

 折元立身は1946 年川崎市生まれ。顔中をフランスパンで埋め尽くした「パン⼈間」や、認知症を患った⺟の世話をしながら作品にした「アート・ママ」シリーズ等で注⽬され、国際展や世界各地の美術館で個展やパフォーマンスを⾏ってきた。展示室へと向かう廊下と天井には、この折元の《パン人間》のパフォーマンスの写真が展示されている。

展示風景より、折元立身《パン人間》のパフォーマンス写真群

 続く展示室1では「アート・ママ」の代表的な作品を展示。介護中の日常を切り取って再構成することで、アートのなかに引き込むという、折元が生活のなかで続けた実験の記録にもなっている。

展示風景より、折元立身《アートイベント:アートママ+息子 2008年9月24日》(2008)

 さらに本展ではニューヨーク時代に制作した《時計人間》(1991)などとともに、最新作も展示されている。とくにコロナ禍より制作をおこなってきたという《行進》(2023)には注目だ。タオルとマッチ棒でつくられた人形のオブジェは、過剰にくたびれていたり、ひもで縛られたりしている。マスク着用や外出自粛が求められたコロナ禍の生活の息苦しさが痛々しいまでに表現された作品といえるだろう。

展示風景より、折元立身《行進》(2023)ほか

 このように折元は、ユーモアや温かみだけでなく、苦痛や暴力といったことも表現してきた作家であり、その二面性も本展では確認できるはずだ。作家としてひたむきでいることの難しさや、実母の介護という精神的な負担、そういった「共生」しなけばならない現実を、アートを通じてより良い「共棲」にしていく。ひとりの個性的な作家の営みは、我々が日々を生きるためのヒントにあふれている。

展示風景より、左から折元立身《アートママ オブジェ:ビッグシューズ》(1997)、《アートママ(小さな母と大きな靴)》(1997)

 折元の展示の隣には、壁面いっぱいに約1500個にのぼる即席麺の「サッポロ一番」が貼りつけられている。これは滋賀県のアートセンター/福祉施設「やまなみ工房」の酒井美穂子がつくり出したものだ。

展示風景より、酒井美穂子《無題》(2015-23)

 酒井の日課は、この即席麺のパッケージを握りしめること。毎日、親から手渡されるという即席麺にはやまなみ工房のスタッフによって日付を記した付箋が貼りつけられており、今日も新たな作品が生み出されている。しわだらけになった即席麺はすべて同じに見えるが、実際はその日の気分によって握りしめた具合が異なるという。酒井の日々を記録する、日記としての側面もある作品だ。

展示風景より、酒井美穂子の展示

 また、会場には来場者が自由に触ることができる「サッポロ一番」も置いてある。酒井のように集中して握りしめることは難しくとも、渋谷の喧騒を眺めながら無心にパッケージを握ってみてはいかがだろうか。酒井の「共棲」のあり方が教えてくれるものは多い。

展示風景より、来場者が触ることができる「サッポロ一番」

 展示室2を全面に使った展示を行うのが、2006年より京都で活動を開始した、約30名が働く福祉施設・スウィングだ。本展ではその活動の一部が紹介されている。

展示風景より、スウィングの展示

 スウィングが行っている「ゴミコロリ」は地域の清掃活動であるが、特徴となるのは戦隊ヒーローの格好をした「ゴミブルー」が活動に参加することだ。このヒーローの存在が、地域の清掃活動を街の中のバグとして異化させ、日常のなかに非日常を与えていく。

展示風景より、ゴミブルー

 また「オレたちひょうげん族」は、スウィングのディレクションのもと、協働して絵画や詩のコラージュを作成する活動。同じ方向を見て協働することで、働く人々それぞれの個性があらためて確認できるという。

展示風景より、スウィングの向井久夫による詩の作品

 スウィングは、仕事という生活のための行動を、表現として街にも人にも影響を与えている。ここにも「共棲」のあり方を見ることができるだろう。

 ともに生きるだけでなく、適切な距離をつくりながら互いの個性を尊重する「共棲」。理想的であるが、実現は簡単なことではない。しかし、その理想に少しでも近づくヒントとして、アートがあることを教えてくれる展覧会だ。

展示風景より、左から折元立身《パフォーマンス:時計人間》(1991)、《オブジェ:時計人間》(2023)

 なお、本展会期中の2月10日には折元立身の「パン人間」のパフォーマンスが、4月6日にはスウィングメンバーによる似顔絵ワークショップが開催されるほか、様々なトークや鑑賞会が行われるので、合わせてチェックしてみてほしい。