2024.5.31

「Gallery Weekend Beijing 2024」レポート。不穏な時代に感じる、北京アートコミュニティの手応え

今年第8回を迎えた「Gallery Weekend Beijing」が、6月2日まで北京の798芸術区を中心に開催されている。その様子を現地からレポートする。

文=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

クリスティーン・ソン・キムとトーマス・マダーの2人展「Lighter Than Air」の展示風景より
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 かつて中国現代美術の中心地だった北京は近年、上海にその輝きを奪われているようだ。6月2日まで北京の798芸術区を中心に開催されている第8回目の「Gallery Weekend Beijing」(以下、GWBJ)は、北京のアートコミュニティがかつての栄光を取り戻そうとする有力な試みと言える。

 今年のGWBJは、5月の北京のアートカレンダーにおける2つの重要なアートフェア、北京当代芸術博覧会と上海のART021主催のJINGARTと初めて会期をあわせて開催。GWBJ2024の学術委員会のひとりで「Beijing Commune」ギャラリーの創設者である冷林(レン・リン)は開幕前のプレスカンファレンスで、「以前はみなが個々に戦っていたが、いまは(北京のアートコミュニティの)エネルギーが集中している。GWBJはその集結点だ」と話した。

Gallery Weekend Beijing 2024の様子

 新たなプログラム・ディレクターにアリア・ヤンを迎えた今回のGWBJは、「漂流(Drift to Return)」をテーマに、約40のギャラリーとインスティテューションが参加。メインセクターのほか、AIKE(上海)、BANK/MABSOCIETY(上海、ニューヨーク)、Each Modern(台北)、アルミン・レッシュ(パリ、ブリュッセルほか)などの北京にスペースを持たないギャラリーが集まるビジティング・セクター、若手アーティストを紹介するアップ&カミング・セクター、アーティスト・邱志傑(チウ・ジージエ)のキュレーションによるパブリック・セクターの「詩のマラソン」プログラムなどが展開されている。

 昨年のGWBJも11月の上海アートウィークも、中国の過酷な「ゼロコロナ」政策が解除されたにもかかわらず、3年にわたるパンデミックに応えるような展覧会はほとんどなかった。今年はその状況が一変。コロナ禍の経験を振り返り、現在の中国のアートシーンと世界的な文脈との関係を考察するような展示が大幅に増えたように感じられた。

 Inner flow Galleryでは、9人のアーティストによるグループ展「as mountain as feather」が開催中。印象的に残ったのは、1993年新疆生まれのアーティスト・胡佳芸(フー・ジャーイ)の映像作品《Counter-clockwise》だ。同作は、防疫対策解除後、アーティストがマカオのレジデンス滞在中に制作されたもので、階段の吹き抜けでフーが身体を反時計回りに回転させるパフォーマンスを記録している。映像のサウンドは、マカオの通りを横断中の信号機の音が使われており、音の慌ただしさが緊迫感を与えている。

「as mountain as feather」展の展示風景より、上の映像はフー・ジャーイ《Counter-clockwise》

 CLCギャラリーでの楊光南(ヤン・グァンナン)の個展「Borderlands」では、巨大なスロープのインスタレーションや窓または蜂の巣を思わせる平面作品が展示され、制限や苦境のなかで私たちを取り巻く状況をなげかけ、問い直すことを試みた。SPURSギャラリーでの周岩(ゾウ・イェン)の個展「Cloud 9」は、コロナ禍中の生活や現在の社会的出来事を断片的にとらえた作品によって構成されている。

 マッカリン・アート・センターで開催中の「An Atlas of the Difficult World」展は、激動の予測不可能な今日の世界情勢に呼応しようとするもの。私たちが生きる時代の根深い葛藤と不安を描き出しながら、個人の行動と創造性によって湧き上がる希望を呼び起こしている。Galerie Urs Meileでのツァオ・ユーの個展「化粪池(屎尿浄化槽)」は、今日の社会問題に対する痛烈な風刺。人間のもっとも汚れた、物議を醸す様々なトピックを視覚的に表現している。アーティストにとって、世界は巨大な浄化槽であり、悪臭を放つ「糞」は農作物や野菜の成長のための重要な栄養素でもあるという。

「An Atlas of the Difficult World」展の展示風景より

 今年、キュレーター/作家の袁佳維(ユァン・ジャーウェイ)がキュレーションを手がけたアップ&カミング・セクターでは、「The Inner Side of the Wind」をテーマにしたグループ展を開催。数々の作品は一時停止ボタンが押されたコロナ禍の世界を思わせる。チェン・ウェイの《Light me #210902》は、空っぽの部屋でひとりの男性がパソコンの画面を見つめる様子をとらえた写真。通りの信号機を撮影した胡為一(フー・ウェイイ)の映像作品《The Rule of the Wind》では、信号が赤になると周囲の木々や川が止まり、青になるとまた動き出すというシーンが交互に切り替わる。鏡張りの布地などを素材に使った郭城(グオ・チェン)のインスタレーション《Becoming Ripples》も、ある種不安定な状態を示している。

「The Inner Side of the Wind」展の展示風景より、フー・ウェイイ《The Rule of the Wind》(部分)

 キュレーターのユァンによれば、昨年の封鎖解除後、中国のアート業界の人々は再び世界中を飛び回るようになった。しかし、コロナ禍や中国と近隣諸国や欧米との地政学的緊張を経て、中国のアート業界も再び自らの置かれた状況を省みるようになった。これも、今年のGWBJでこのような作品や展覧会が増えた理由のひとつだという。

 またユァンは、「風の内側」という展覧会のタイトルは、国内のアートシーンだけに焦点を当て、外の世界で起こっていることを無視するという意味ではないと強調した。むしろ、内面的な自省を通して、「中国のアーティストの創作と外のアートワールドとの関係は何か」を探求するものなのだという。

 Beijing Communeのレン・リンは、「北京は歴史的に中国現代美術の中心地であり、中国におけるもっとも重要な現代美術のムーブメントはほとんど北京で起こっている」と話した。上海に比べれば、マーケットやビジネス環境、地理的な立地条件などにおいて北京はやや劣勢だ。しかしリンは、「もっとも優秀な現代美術家、キュレーター、研究者、批評家などは北京に集まっている。上海にはないことだ」と強調する。

 レンは、北京のアートコミュニティにはある種の「手応えが感じられる」と言う。今年のGWBJで「最優秀展覧会賞」を受賞したBeijing Communeのゾウ・イールンの個展「SANLIANZMK」は、一見カオスな小屋や彫刻の数々が集まる展示だが、中国の都市化の発展とそれに伴う精神的な変遷についての考察が込められている。INKstudioの「Observing My Distant Self」展では、新疆生まれで幼少期から中国の伝統的な「工筆画」を学ぶカン・チュンホイが、自身のアイデンティティを探求するために新疆に戻って制作した一連の絵画や映像が展示されている。

「SANLIANZMK」展の展示風景より

 ガレリア・コンティニュアでは、チウ・ジージエによるバイオアートの最新シリーズを展示。広々としたギャラリーでは、様々な菌類や鉱物、昆虫を使った実験的な作品がリアルタイムで変化していく。北京・順義区にあるWHITE SPACEで行われているアメリカのアーティスト、クリスティーン・ソン・キムとそのパートナーのトーマス・マダーの2人展「Lighter Than Air」も印象的だった。インスタレーション、映像、絵画などの新作を通じ、社会的な固定観念や偏見をユーモラスに翻弄し、疑問を投げかけている。

チウ・ジージエ「Eco-Lab」展の展示風景より
「Lighter Than Air」展の展示風景より

 そのほか、798 CUBEでは前回のヴェネチア・ビエンナーレ韓国館の代表作家キム・ユンチョルの中国初で、これまで最大規模の個展「ELLIPTICAL DIPOLE」を開催。A26とHUA Internationalは、それぞれジンバブエ出身のブレット・チャールズ・ザイラーとロンドン拠点のジェンキン・ヴァン・ジルという2人のクィア・アーティストの個展を行っている。

「ELLIPTICAL DIPOLE」展の展示風景より
ブレット・チャールズ・ザイラーの個展の様子
ジェンキン・ヴァン・ジルの個展の様子

 北京の芸術創作の環境といえば、数年前に草場地(ツァオチャンディー)にあったアイ・ウェイウェイのスタジオが取り壊された事件が思い出される(同地区は、GWBJの参加ギャラリーINKstudioとShanghART Galleryの所在地でもある。後者の隣には中国のスターアーティスト、ゾン・ファンジが4億円以上を投じて改修したと言われるスタジオ兼ビューイングルームもある)。中国の政治的中心地である北京は、芸術表現と創作に関して、今後もより厳しい規制を受けるに違いない。また、家賃の高騰や上海と比べてより分散している都市構造も、北京のアート業界の人々を街の中心部から遠ざけている。

 上述のレンに、「北京に芸術創作に適した環境は整っているのか?」と尋ねると、彼は笑顔を浮かべ、こう言った。「環境が快適すぎると、力強いアートは生まれないだろう」。

チウ・ジージエ「Eco-Lab」展の展示風景より