「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ2024」(越後妻有地域)開幕レポート
第9回目の開催となる「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」が今年もスタートした。会期は11月10日までの87日間。また、同トリエンナーレは今年で25周年を迎える。
新潟県の越後妻有(えちごつまり)地域を舞台とした「大地の芸術祭 越後妻有アートトリエンナーレ」(以下、大地の芸術祭)が今年もスタートした。
このトリエンナーレは、十日町、川西、中里、松代、松之山、津南といった6つのエリアをまたぎ開催されるもので、各エリアで17の国と地域から72組のアーティストやプロジェクトが参加している。この記事では、主に今年設置された新作を各エリアごとに紹介する。
十日町エリア
十日町市の顔とも言える越後妻有里山現代美術館 MonETでは、屋外の回廊などをメインに原倫太郎+原游キュレーションによる企画展「モネ船長と87日間の四角い冒険」が展開されている。ここでは、11組のアーティストらによる参加型・大型の作品がメインに設置され、全身でアートを体験できる楽しい空間となっている。
中央の池のなかに描かれたレアンドロ・エルリッヒによるトリックアートを生かした原倫太郎+原游による《阿弥陀渡り》はとくに注目だ。参加者は池の上に架けられた橋を渡ることができるが、一見橋なのか絵なのかがわからない。トリックアートにトリックアートが重ねられたこの作品は参加者の判断力も試されている。
また、館内でもいくつかの新作が展示されているほか、特別イベントとして「UKRAINE WEEK(ウクライナウィーク)」も7月21日まで開催中。ドニプロ(旧ソ連、現ウクライナ)出身で越後妻有と深く関わったイリヤ・カバコフ(1933〜2023)のドローイング展や、ウクライナ現代美術界を代表するニキータ・カダンの個展、「ウクライナ・アート・フィルム」の日本初上映などが実施予定となっている。ロシアによるウクライナ侵攻が始まってから約2年半が経過しようとする現在、改めてウクライナやその現状について知る機会となるだろう。
スギ、ブナ、ヒノキなどの樹木が生い茂る高靇神社では、景山健とアントニー・ゴームリーによる作品が展示。景山による《ここにおいて 依り代》は、直径5メートルにもおよぶ杉玉が存在感を放っている。杉玉の下にはスギの幼木が植えられており、あたかも森の守り神でもあるかのようにその成長を静かに見守っている。
空間と人の身体の関係性を問う彫刻作品を手がけるゴームリーは、現地の石工と協業し、信濃川の石を用いた作品を制作。石本来の造形を生かしながら、それを抱きしめるような人の身体がそこには刻まれている。
築100年を迎える茅葺屋根の古民家「うぶすなの家」の2階では、牛島智子による和紙を用いたドローイング作品《つキかガみ巡ル月》が展開されている。1階のレストランでは、イタリアンシェフと地元のお母さんたちによるランチメニューも楽しんでほしい。
松代エリア
民家のなかに突如現れる球体は、華園(中国ハウス)で展示されているマ・ヤンソン/MADアーキテクツの《野辺の泡》だ。空き家であったこの民家に眠る長い歴史からエネルギーが放出されるようなイメージとして制作されたこの作品は、夜には温かいオレンジ色の光が灯るという。建物内の壁面にドローイングされたウー・ケンアンによる《五百筆》(2018)にも圧倒されるだろう。
華園(中国ハウス)からほど近い奴奈川キャンパスでは、「子ども五感体験美術館」をコンセプトとして様々な作品が各教室に展開されている。松本秋則+松本倫子の《惑星トラリス in 奴奈川キャンパス》は、鮮やかな色彩と繊細な音に囲まれ、まるでとある惑星に降り立ったような想像を掻き立てられる。
ほかにも、木の肌触りを体感できる鞍掛純一+日本大学藝術学部彫刻コース有志の《木湯》や、特別なミラーを用いて光の原理から様々な色を生み出すことができる瀬山葉子の《Saiyah #2.10》、新聞紙とガムテープで生み出された関口光太郎による巨大オブジェ《除雪式奴奈川姫》といった新作にもぜひ注目してほしい。
津南エリア
津南エリアにある東京電力信濃川発電所連絡水槽では、ウクライナ出身でキーウを拠点に活動するニキータ・カダンによる《別の場所から来た物》が不思議な存在感を放つ。旧ソ連につくられた公園の遊具から着想を得たこの2つのオブジェの造形は、宇宙開発を進めていた旧ソ連のポストコロニアル社会の思想が反映されている。決して入ることができない場所に設置された遊具は、手に入れられない理想を示すようでもある。
カダンは「宇宙を植民地化しようとしたロシアによるこの思想は、現在のウクライナ侵攻の裏に根付く思想と同じものだ」とも語っている。
新潟県の津南町と長野県の栄村の境に位置する秋山郷は、標高700メートルで通信や交通が困難かつ豪雪地帯であったことから、独自の文化発展を遂げてきた地域だ。約200年前には秋田よりマタギが移住してきたこともあり、狩猟文化も根付いているという。そのような場所に残る津南町立津南小学校大赤沢分校(2021年廃校)を舞台に展開されるのは、深澤孝史(監修)、佐藤研吾、井上唯、内田聖良、永沢碧衣、山本浩二らが参加する「アケヤマ ─秋山郷立大赤沢小学校─」だ。
各教室や体育館には、アーティストによる作品や秋山郷の人々の歴史に触れることができるスペースが設けられている。ここで紹介されているアーカイブやリサーチは膨大かつ非常に見応えのあるものであるため、ぜひ時間をたっぷりとって鑑賞することをおすすめしたい。
ほかにも大地の芸術祭では、いままでに制作された作品も各エリアに展開されている。宿泊をしてゆったりと巡るのも良し。日帰りの場合はルートをしっかりと決めて挑むのが良いだろう。