2024.8.24

「神戸六甲ミーツ・アート2024 beyond」開幕レポート。過去最多61組が六甲山で作品披露

神戸・六甲山上を舞台にした現代アートの芸術祭「神戸六甲ミーツ・アート2024 beyond」が8月24日に開幕した。その見どころをお届けする。

 風の教会での宮永愛子の展示
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 関西を代表する芸術祭が今年も幕を開けた。2010年から毎年開催されている「六甲ミーツ・アート芸術散歩」はこれまでに延べ520組以上のアーティストが参加。15回目を迎える今回は、名称を「神戸六甲ミーツ・アート 2024 beyond」に改め、内容をさらに拡充。神戸を象徴する山として六甲山の自然とアートをより一層楽しめる芸術祭を目指す。総合ディレクターはこれまで同様、高見澤清隆が務める。

 同芸術祭では昨年から新たに回ごとのテーマが設定されており、今年は「新しい視界 Find new perspectives.」がテーマ。参加作家は招待・公募を合わせた以下の61組で、過去最多だ。

Artist in Residence KOBE(AiRK)、URBAN KNIT(兼平翔太)、青木陵子+伊藤存青野文昭、あつめやさん、雨宮庸介、アルネ・ヘンドリックス、いくらまりえ、ウ・ヒョンミン、nl/rokko project、大石章生、大野智史、岡田健太郎、小畑亮平、開発好明、金氏徹平、蒲原凪 × 田羅義史 × 村田優大、川俣正、北川太郎、城戸みゆき、クゥワイ・サムナン、倉富二達広、小出ナオキ、近藤尚、佐藤圭一、さとうりさ、さわひらき、周逸喬、鈴木将弘、田岡和也×Omult.Venzer、高田治、高橋匡太、高橋瑠璃、竹中美幸、田中優菜、土田翔、生田目礼一、楢木野淑子、西田秀己、西野達、野村由香、のん、HAFEN 本田耕、原田明夫、春田美咲、福島周平、布施琳太郎、船井美佐、堀田ゆうか、マキコムズ、松田修、水田雅也、三梨伸、三原聡一郎、宮永愛子、村上郁、葭村太一、ロプ・ファン・ミエルロ、渡辺篤(アイムヒアプロジェクト)、WA!moto.“Motoka Watanabe”、Waft Lab

 会場となるのは、神戸・六甲山上の9会場(ROKKO森の音ミュージアム、六甲高山植物園、六甲ガーデンテラスエリア、六甲ケーブル[六甲ケーブル下駅・山上駅・天覧台]、トレイルエリア、風の教会エリア、六甲有馬ロープウェー 六甲山頂駅、兵庫県立六甲山ビジターセンター[記念碑台]、六甲山サイレンスリゾート[旧六甲山ホテル])。そのハイライトを見ていこう。

六甲ケーブルエリア

展示風景より、周逸喬《赤と緑の行き違い》

 六甲山へ登るためにはまず六甲山ケーブル下駅へ。ここに設置された周逸喬の《赤と緑の行き違い》をくぐり、ケーブルカーで山頂へ向かう。山頂駅の待合室では、ありふれたモチーフを超絶技巧や独自の話法によって、異なる位相へと変換する雨宮庸介による新作《待合室(わたしたち)》も見ることができる。

展示風景より、雨宮庸介《待合室(わたしたち)》(部分)

兵庫県立六甲山ビジターセンター

 神戸の市街地や神戸空港などが一望できる兵庫県立六甲山ビジターセンターでは、2作家が作品を展示する。

 かつて兵庫県全域で見ることのできたコウノトリは兵庫県の県鳥。しかし、昭和40年代後半に日本の野生のコウノトリは絶滅した。URBAN KNIT(兼平翔太)の《STORKS》は、そのコウノトリ(Storks)の存在を、風とともに舞い降りる様を表現したもの。かつての兵庫に広がっていた景色と、絶滅してしまった存在に想いを寄せ、これからの人間社会の発展において何を大切にするべきか再考するための作品だ。

展示風景より、URBAN KNIT(兼平翔太)《STORKS》

 いっぽう倉富二達広の《六甲の年輪を泳ぐ虎》は、六甲山系を一本の大木の年輪に見立て、その中を虎が横切っている。倉富二が住むシンガポールの歴史と、作家個人の阪神タイガース愛が結合した作品。

展示風景より、倉富二達広《六甲の年輪を泳ぐ虎》

六甲有馬ロープウェー 六甲山頂駅

 いまはもう稼働していないゴンドラが残る六甲有馬ロープウェーの六甲山頂駅。彫刻家・葭村太一は、ゴンドラの側部に描かれた花のイラストをモチーフに、《四基の花》を生み出した。20年間吊り下げられたままの4基のゴンドラをドライフラワーに見立て、木彫によって強い存在感を与えた。

展示風景より、葭村太一《四基の花》

六甲ガーデンテラスエリア&トレイルエリア

 六甲山頂駅から徒歩圏内の空き地に出現したのが、金氏徹平の《tower (ROKKO)》だ。この作品は、立体に穴が開き、様々なものが出入りする「tower」シリーズの新バージョン。今回は「穴」そのものの写真でできた彫刻となっており、風景に異なる位相を与えている。

展示風景より、金氏徹平《tower (ROKKO)》

 神戸の街が一望できる六甲ガーデンテラス。ここで布施琳太郎は、彫刻《ニューノーモン:新たな大地のための日時計》を見せる。古くからある日時計に、古事記に出てくるオノマトペを抽出・再構築した文字を刻んだ意欲作だ。

展示風景より、布施琳太郎《ニューノーモン:新たな大地のための日時計》

 六甲ガーデンテラスからほど近いトレイルエリアに出現する、イノシシに関する注意書きの看板。これは水田雅也による《イノシシ村のお願い》だ。かつて六甲山には「イノシシ村」と呼ばれる地域があったほど、イノシシと人間の距離は近かった。しかしいまやイノシシは害獣として見なされるようになっている。本作は、時代によるイノシシと人間の関係の変化、そしてその関わり合いの難しさを、ユーモアをもって伝えるものだ。

展示風景より、水田雅也《イノシシ村のお願い》

 関西で著名な「六甲おろし」は、六甲山系から海側へと吹きおろす山おろしを指す。尼崎出身の松田修による《六甲おろさない》は、巨大な送風機によって風を海側から山側へと送り、六甲おろしを「おろさない」ようにするという作品。一見ギャグのようにも見えるが、「海のほう」「山のほう」という阪神地域にある住所による格差に抗う態度を示したものでもあるという。なおこの《六甲おろさない》は、会場のあちこちで出会うことができる。

展示風景より、松田修《六甲おろさない》

 道路脇に突如現れる白い建物。ペンキで塗られた家屋のように見えるが、じつは発泡スチロールでできたものだ。これは、西野達による新作《自分の顔も思い出せやしない》。廃屋になった売店「竹中茶屋」を、発泡スチロールによって覆ったもので、かつてここにあった人々の痕跡をいまに伝える。

 なおこの作品から奥に入った森林の中には、堀田ゆうかと近藤尚のインスタレーションも展示されているので見落とさないようにしてほしい。

展示風景より、西野達《自分の顔も思い出せやしない》
展示風景より、堀田ゆうか《Trace(Barely)》
展示風景より、近藤尚《わたしのお墓》

 森林の中に置かれたテーブルには、布や土が収められている。nl/rokko projectの《SYMBIOSIS: 生命体の相互依存・共生戦略》は、オランダで生まれた「Zoöp」を作品化したもの。「Zoöp」とは、デザインや議論の意思決定プロセスの際、人間が人間以外の生命体の意見を代弁し、取り入れるというものだ。

展示風景より、nl/rokko project《SYMBIOSIS:生命体の相互依存・共生戦略》

 福島周平の《wraps》は、路上で見かけるビニールシートに包まれた物体から着想されたもの。何かが包まれているように見えるが、じつはシートそのものが樹脂で固められ、内部は空洞になっている。「中に何かがあるはず」という先入観を裏切るものだ。

展示風景より、福島周平《wraps》

 昨年、中﨑透が大規模なインスタレーションを発表したバンノ山荘。今回は青木陵子+伊藤存がこの別荘全体を使い、《歌う家》を展開する。いまは使われていない別荘の記憶を呼び起こし、家が鑑賞者に語りかけるかのような作品となった。

展示風景より、青木陵子+伊藤存《歌う家》

 K-POPスターとして知られるウ・ヒョンミン。現在、アーティストとして活動するヒョンミンは今回、六甲で滞在制作を行い、船をテーマとした作家初の野外インスタレーション《山の音》を発表した。一艘の船が古着で覆われており、内側にはハングルや絵が描かれている。漁に出て帰らぬ人となったヒョンミンの祖父に関する記憶を起点に制作された作品だ。

展示風景より、ウ・ヒョンミン《山の音》

 昨年設置された川俣正の《六甲の浮き橋とテラス》。人工の池に浮かぶ島に舞台を組み、そこへと続く浮き橋によって構成されているこのテラスが今年は拡張。水面から10センチ沈んだ沈下橋も増築された。会期中にはこの沈下橋を渡るイベントも予定されているという。

川俣正《六甲の浮き橋とテラス》

六甲高山植物園

 植物学者・牧野富太郎ゆかりの植物園である六甲高山植物園。広大な敷地内を散策しながらアート鑑賞ができるこの場所では、インドネシア拠点のコレクティブ「Waft Lab(ワフラボ)」に注目だ。アートやサイエンス、テクノロジーなど領域横断的に活動するWaft Lab。今回、六甲山付近の廃棄物やリサイクル状況などを調査し、廃材によって巨大な野外インスタレーション《ペルサミ:一緒に遊ぼう》をつくりあげた。「ペルサミ」とは、インドネシアのボーイスカウト活動を意味するもので、本作はアクティビティをテーマに、遊び場としても機能する。

展示風景より、Waft Lab《ペルサミ:一緒に遊ぼう》

 野村由香による《足もとの惑星》は、六甲山を生み出したプレートの動き、断層などの地球の大きなエネルギーから着想したもの。木材や布などで構成した構造体に六甲山の土と粘土を被せ、重力によって自然に開いた状態で展示されている。

展示風景より、野村由香《足もとの惑星》

 膨大な柳製のカゴによって構成されたHAFEN 本田耕の《Wind of Plants Hill》は休憩所として機能する作品。籐など植物を編み込む家具の技術は、もともと神戸や横浜から全国に広まったという。本作はその歴史的な文脈を取り入れたものだ。

展示風景より、HAFEN 本田耕《Wind of Plants Hill》

 この植物園では、このほかにクゥワイ・サムナン、生田目礼一、田中優菜が作品を展開する。

展示風景より、生田目礼一《『ヒカリ島』〜夜光植物“UkarukuPa”燐光実験区〜》

ROKKO森の音ミュージアム&SKIガーデン

 前回から六甲ミーツ・アートの拠点となっているROKKO 森の音ミュージアムでは、俳優でアーティストとしての活動も活発に行うのんが初めて出展。兵庫生まれののんは、4年つくり続けている大量のリボンを使ったリボンアートの新作《のんRibbon Art 昔といまを結ぶちょうちょ》のほか、東北の伝統工芸である「こけし灯籠」「赤ベコ」にリボンを纏わせた作品も見せる。

展示風景より、のん《のんRibbon Art 昔といまを結ぶちょうちょ》

 今回で六甲ミーツ・アートに3度目の参加となるさわひらき。屋外展示となる《shadow step》は、カメラ・オブスクラの構造を利用し、外部の景色を構造物の中に投射する大作だ。

展示風景より、さわひらき《shadow step》

 西田秀己の《fragile distance A-A’, B-B’,C-C’》は、この場所を含めて全会場に3ヶ所展開されているインスタレーション。六甲山の隆起するランドスケープの中にある、人間が生み出した直線をモチーフにしたものだ。

展示風景より、西田秀己《fragile distance A-A’, B-B’,C-C’》

風の教会エリア

 安藤忠雄建築として知られる「風の教会」があるこのエリア。必見は宮永愛子の新作《辻の音》だろう。

 日用品をナフタリンでかたどったオブジェで広く知られる宮永。《辻の音》は、風の教会内部ににささやかな作品を散りばめたインスタレーションとなっている。宮永は制作にあたり、六甲山上から見渡せる神戸の景色の中で暮らす人々や場所、ことをリサーチ。《辻の音》は「祈り」「宝物」「記憶」の3要素から構成されており、震災瓦礫の灰の埋め立て土から生まれたガラスの船や、有馬温泉源泉の石、様々な出来事を伝えるために使用された切手など、この地の記憶や歴史が、教会内で交差する。

展示風景より、宮永愛子《辻の音》
展示風景より、宮永愛子《辻の音》(部分)
展示風景より、宮永愛子《辻の音》(部分)

 この作品からほど近い、六甲山芸術センターでは、「なおすー再生と循環」をテーマに一貫した作品制作を行ってきた青野文昭の新作を見ることができる。《机上の庭園ーわれらの住まうところ2024》は、六甲山の山道や空き地に取り残されていた「もの」たちを再構築したもの。破壊と再生、循環する人間の営み、六甲山の過去と未来を映し出すかのような作品だ。なお、青野は今回が関西エリア初の作品展示となる。

展示風景より、青野文昭《机上の庭園ーわれらの住まうところ2024》

 また同センターには、自身のひきこもり経験を基点に、生きづらさを抱える当事者と協働するプロジェクトを行う渡辺篤(アイムヒアプロジェクト)の《「同じ月を見た日の、あなたの傷を教えて下さい。」》など、多数の作品が展開されている。

展示風景より、渡辺篤(アイムヒアプロジェクト)《「同じ月を見た日の、あなたの傷を教えて下さい。」》