「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ2024」開幕レポート。蔵王の歴史とともに歩む
蔵王温泉と東北芸術工科大学を舞台に、第6回目の開催となる「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ 2024」が開幕した。会期は9月1日〜16日。会場の様子をレポートする。
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第6回目の開催となる「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ 2024」が、山形の蔵王温泉と東北芸術工科大学を舞台にスタートした。総合キュレーターは小金沢智(東北芸術工科大学専任講師)、芸術監督は稲葉俊郎(医師)。会期は9月1日〜16日。
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本芸術祭は「ひとひのうた」「山と土と茶と」「現代山形考〜山はうたう〜」「夏芸大」の4つのプロジェクトで構成。作品を展開するだけでなく、様々なパフォーマンスも含めたものとなっている。
東北芸術工科大学
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東北芸術工科大学の1階エントランスでは、「ひとひのうた」の入口ともなる展示《未明-あちらとこちらのあわい》が行われている。これは本展でも大きく取り上げられている山形・上山出身の歌人・斎藤茂吉による短歌21首を背景に、画家・春原直人による蔵王連峰をモチーフとする絵画を展示。さらに、時人・管啓次郎による16行詩と、美術家・山本桂輔による丸太を素材とする彫刻も並ぶ。これらは蔵王温泉での「ひとひのうた」へと、来場者をいざなう越境の魅力を伝えるものだ。
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7階の展示室では「現代山形考〜山はうたう〜」が展開されいる。「現代山形考〜山はうたう〜」は2018年の山形ビエンナーレ以来、民俗・博物資料と現代美術作品によって、様々な角度から「山形らしさ」を探り続けてきたプロジェクトだ。今年のテーマは「山はうたう」として、修験の地、戦争の記憶、リゾート化による変貌、温暖化による樹氷の危機など、変遷する蔵王のすがたをたどる。
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プロローグとして会場入口では、蔦谷榮三による《育藤茂吉像》(1996)が蔵王に咲く野草・オオシラビソと対峙。その横には蔦谷による蔵王連峰を描いた風景画も並ぶ。茂吉の言葉と蔵王の表象によって、本展の位置づけを示す。
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蔵王連峰は古くより修験道の地であり、また江戸時代には蔵王温泉が全国的に知られる温泉地となる。明治時代になると熊野岳南東に硫黄の露頭が発見され鉱山としての歴史も持つ。こうした蔵王の歴史を会場では資料とともに知ることができる。
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歌人の岡崎裕美子は蔵王の歴史を下敷きにした歌を展示、覚張日梨は鉱山の記憶を掘り起こしかたちにすることを試み、鈴木藤成は鉱山労働者たちが信仰した蔵王鑛山神社の社を保護するためのブルーシートの代用となる素材を考案。そして永岡大輔と濱定史は白鷹町歴史民俗資料館の民具を展示している。
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蔵王には第二次世界大戦の記憶も残る。本展で展示されている山形県出身の彫刻家に長井市出身の長沼孝三(1908〜1993)による彫刻《東亜進軍》(1942)は、茨城・ひたちなか市の旅館で近年発見されたもので、東北芸術工科大学の文化財保存修復センターで補修作業が行われている。芸術家の戦争協力の歴史を知るうえでも、重要な資料といえる。
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戦後になると、蔵王はスキーの聖地として全国にその名を知られるようになる。とくに70年代から80年代にかけてのスキーブームは、蔵王の観光地化を推し進める契機になった。
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中﨑透は、スキーや雪上の道具にまつわる文化や歴史をリサーチをもとにする展覧会「シュプールを追いかけて」をこれまで青森や札幌で展開してきた。茨城・水戸で生まれ育った中﨑にとって蔵王は、子供の頃から足を運んできた愛着のあるスキー場だという。本展に際して中﨑は、岡本太郎との深い親交で知られる「ル・ベール蔵王」の川﨑禮子、蔵王の自然の風景を撮り続ける「伊藤屋」の伊藤仁、日本を代表するスキーヤーでもある伊東秀人への取材をもとに展覧会を構築。スキー板の変遷や、リゾート文化の発展、ペナントやキーホルダーといった土産物などを、アクリルのライトボックスなどとともに展示構成し、蔵王におけるスキー文化を多面的にとらえた。
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未来の蔵王についての問いかけもある。近年、冬の蔵王を象徴する樹氷が、針葉樹の立ち枯れによって危機に瀕しているという。修復コレクティヴ「現代風神雷神考」のメンバーである彫刻家の井戸博章は、学術と創作のふたつのアプローチからこの問題に挑んだ。
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ほかにも1階では東北芸術工科大学の学生たちの作品を展開する「夏芸大」も実施している。こちらも見逃さないようにしたい。
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蔵王温泉
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蔵王温泉では町内の様々な施設で作品が展示されている。山形市立蔵王体育館では、浅野友理子、管啓次郎、春原直人、大和由佳による《「ひとひのうた」展示昼──流れゆく時間》を展開。
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浅野は細長い染色と絵画を通して蔵王の人々の生活を写し取り、春原は「肌」をテーマに土地の重層を写し取る絵画を制作。そこに管の16行詩や、大和による蔵王の植物に着目した映像インスタレーションが合わさり、多彩な感情を喚起する空間が生まれている。
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商店建築の「丸伝」では「ひとひのうた」のプログラムとして「朝──生まれ、目覚める」が行われている。池上恵一は写真家・土門拳が斎藤茂吉を撮った肖像をベースに、リサーチを重ねて斎藤茂吉の「手」をモチーフにした陶作品を制作。触ることができる作品とすることで茂吉との接近を試みる。
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2階では原田綾乃と山本柱輔の展示が行われている。木版画表現を主体とする原田は、和室になじませるように作品を展開。山本は、「流れ」「変化」「重なり」をキーワードに、東北芸術工科大学から蔵王温泉までの約15キロを歩きながら描いたドローイングのほか、彫刻など、部屋の窓から見える蔵王の風景とも呼応させるようにして展示した。
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温泉街を見下ろす駐車場には、無音で冷水が循環するラジエーターが備えつけられた渡邉吉太による3つの部屋《ねむりの空間|間の庵/あわいのいおり》が建築された。内部に入り、ステンレス製のイスに座って眠りと覚醒のあいだにあるような空間を体感できる。
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蔵王温泉の南に位置する鴫の谷地沼(しぎのやちぬま)周辺も本芸術祭の会場だ。一周40分程度のこの人工沼を望む周遊路には、シンガーソングライターの前野健太の歌が吹き込まれたテープレコーダーが配置され、楽曲を聴きながら湖を眺めることができる。なお、前野と歌人・伊藤紺による短歌や詩は「蔵王うたのみち」として蔵王温泉の各所にも展示されている。
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池のほとりにある廃テニスコートでは蔵王をフィールドワークし、自然物を採集して香をつくるワークショップが9月1日、14日、15日に実施。また、9月7日、8日は食や陶器のマーケットが開催される。さらに15日は川村亘平斎のトンチ影絵の上演も行われる予定だ。
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ほかにも、酢川温泉神社では金子富之の作品が、ZAO stand MYや蔵王四季のホテルでは渋谷七奈の作品が展示されている。また、蔵王温泉周辺では様々なトークやライブ、ワークショップを開催。詳細はウェブサイトを確認してほしい。
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