2024.10.11

世界初公開。若冲の新発見絵巻《果蔬図巻》とは何か?

京都・嵐山の福田美術館で開館5周年記念 「京都の嵐山に舞い降りた奇跡!! 伊藤若冲の激レアな巻物が世界初公開されるってマジ?!」が開幕。今年新発見された《果蔬図巻》が公開された。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、伊藤若冲《果蔬図巻(かそずかん)》(1790年以前)
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新発見絵巻、ついに公開

 今年3月に京都・嵐山の福田美術館が発表した、伊藤若冲(1716~1800)の新発見絵巻《果蔬図巻(かそずかん)》。同作が、開館5周年記念 「京都の嵐山に舞い降りた奇跡!! 伊藤若冲の激レアな巻物が世界初公開されるってマジ?!」(10月12日~2025年1月19日)にて公開された。

 若冲は言わずと知れた江戸時代の絵師。京都の青物問屋「枡屋」の長男として生まれ、裕福な環境のもと、独学で作品を制作した。その作風は細部まで描き込まれたものが多く、極彩色で彩られた絹本着色の作品や、即興的な筆遣いとユーモラスな表現が特徴の水彩画は、日本美術史上でも異彩を放つ。

 新発見絵巻《果蔬図巻》は1790年以前、つまり若冲が75歳以前に描いたとみられる作品。若冲は晩年、実年齢に1歳以上足した年齢を署名していたことがわかっている。本作も「米斗翁行年七十六歳画」という署名があるが、75歳以前に制作されたと考えられるという。

 作品の全長は277センチ(跋文を加えると332センチ)におよぶ。若冲としては珍しい絹本着色で、若冲ならではの美しい色彩を用いて様々な種類の野菜と果物が描かれている。ではこの作品はいかに発見されたのか?

展示風景より、伊藤若冲《果蔬図巻》(1790年以前)

日本へ里帰りした経緯と真贋

 福田美術館によると、本作はもともとヨーロッパの個人が所蔵していたものだという。ヨーロッパに流出した経緯はわかっておらず、これまでのオークションカタログなどにも一才の記載がないという。2023年2月に大阪の美術商から福田美術館に画像確認の依頼があり、同年7月に真贋鑑定を行ったうえで、翌8月にオークション会社経由で所有者から同館が購入。その後、4ヶ月をかけて剥落などの応急処置が施された。

 真贋については、巻末の署名や印が他の作品と一致すること、本作の翌年に描かれた《菜蟲譜》と表現技法が酷似していること、そして若冲と親しくしていた相国寺の僧・梅荘顕常の跋文(ばつぶん)があることなどが真筆の根拠となった。

《果蔬図巻》の跋文

 作品はキクダイダイから始まり、柑橘類やモモ、リンゴ、パッションフルーツ、ナス、ミョウガ、ブドウ、ビワ、ザクロ、ライチ、レンコン、スモモ、クリ、トウモロコシ、カキ、ニホンカボチャ、トウガンなど、当時としては珍しい果物・野菜を含む52種類が次々と描かれている。

展示風景より、伊藤若冲《果蔬図巻》(1790年以前)
展示風景より、伊藤若冲《果蔬図巻》(1790年以前)の部分

 その配置に四季などは関係なく、若冲の好きなように配置されている点が特徴的だ。また、描かれた野菜や果物の大部分や淡い彩色法は《菜蟲譜》と共通するという。

 巻物の最後には上述の梅荘顕常が直筆で書いた跋文があり、そこで本作を讃えるとともに、顕常と若冲の旧知である大阪の森玄郷という人物からの依頼で描かれたこと、森の没後に息子の嘉続から跋文の依頼を受けたことなどが記されており、貴重な資料ともなっている。

ほかにも若冲の名作ズラリ

 なお本展では《果蔬図巻》以外にも見どころは多い。その筆頭が、《果蔬図巻》と並んで展示される版画の巻物《乗興舟》(1767頃)だろう。

 本作は、今年5月に福田コレクションに加わったばかりのもの。若冲が下絵を、梅荘顕常(大典)がこれに短い文をつけたもので、ともに舟で京から大阪へ下る間に見た風景を版画で表現したものだ。白黒の作品ながら、大典の短辞をたどることで、頭の中に音や色が再現されるようにつくられたもので、かつてふたりがたどった船路を追体験してほしい。

展示風景より、伊藤若冲・梅荘顕常(大典)《乗興舟》(1767頃)
展示風景より、伊藤若冲・梅荘顕常(大典)《乗興舟》(1767頃)
展示風景より、伊藤若冲・梅荘顕常(大典)《乗興舟》(1767頃)

 あわせて注目したいのは、2019年春に発見された作品《蕪に双鶏図》(18世紀)だ。若冲が30代前半、青物問屋の主人をしていた頃の作品で、蕪畑のなかにつがいの鶏が描かれている。これまで知られているなかでは最初期の作品であり、代表作《動植綵絵》にもつながる要素が見受けられる。

展示風景より、伊藤若冲《蕪に双鶏図》(18世紀)

 このほか、若冲にとっては珍しい人物画である《呂洞賓図》(18世紀)、中国製の紙の特色を生かした「筋目描き」で細部が表現された《鯉魚図》《鳳凰図》《霊亀図》(いずれも18世紀)、近年新たに確認された《鶏図押絵貼屏風》(1979)など、本展には約30点もの若冲作品が並ぶ。

展示風景より、右が伊藤若冲《呂洞賓図》(18世紀)
展示風景より、伊藤若冲《鯉魚図》(18世紀)
展示風景より、伊藤若冲《霊亀図》と《仔犬図》(ともに18世紀)
展示風景より、伊藤若冲《鶏図押絵貼屏風》(1797)
展示風景より、これらはすべて伊藤若冲の作品

 加えて、若冲が影響を受けた中国人画家・沈南蘋(しんなんぴん)やその弟子の熊斐(ゆうひ)、同時期に京都・大阪で活躍した画家・円山応挙(1733~1795)や曽我蕭白(1730~1781)などの作品も同時に紹介されるこの展覧会。《果蔬図巻》を中心に、若冲にどっぷりと浸ってみてはいかがだろうか。なお、《果蔬図巻》は本展終了後、さらに約1年をかけて調査・修復が行われる予定だ。

展示風景より、沈南蘋《花鳥図》(1731)
展示風景より、熊斐《松竹梅鶴亀図》(18世紀)
展示風景より、左から円山応挙《虎図》(1786)、曾我蕭白の《虎図》(18世紀)