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2024.11.10

北川フラムがディレクションする新アートプロジェクト。「南飛騨 Art Discovery」とは何か?

日本三名泉の一つである下呂温泉が湧く岐阜県下呂市、萩原町の「南飛騨健康増進センター」一帯で、アートディレクターの北川フラムがディレクターを務めるアートプロジェクト、「清流の国 文化探訪『南飛騨 Art Discovery』」が始まった。会期は11月24日まで。

文=小林沙友里

展示風景より、中﨑透《Red Line/鯉と鶯の場合》 撮影=筆者
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「日本最深部」で現代アートを展開

  「『清流の国ぎふ』文化祭2024」の一環で行われ、岐阜県・下呂市などによる実行委員会が主催する「南飛騨 Art Discovery」。総合ディレクターは「大地の芸術祭」や「瀬戸内国際芸術祭」も手がけるアートディレクターの北川フラムだ。

 飛騨と美濃の結節点にある南飛騨は、壬申の乱、承久の乱、関ヶ原の戦いといった時代を画す戦の地となった交通の要所であり、日本列島のへそ(人口重心)ともいわれる地域。ここを「日本最深部」と呼ぶ北川は岐阜県知事・古田肇の声掛けにより岐阜県のほぼ全域を巡り、岐阜の森の豊かさ、それを活かした伝統産業の技に感じ入った末に、この地を舞台に選んだという。

飛騨川沿いにある下呂温泉噴泉池へは下呂駅から徒歩5分 提供=下呂市観光商工部観光課

 クワクボリョウタ、中﨑透、遠藤利克、弓指寛治ら17組のアーティストがこの地域の営みや文化から着想を得た作品のほか、地域の工芸や食文化に触れられる体験型マルシェ「楽市楽座」が繰り広げられ、contact Gonzoらによるパフォーマンスイベント、皆川明らによるセミナーも行われるこのプロジェクト。ここではアート作品の一部を抜粋して紹介する。

拠点の健康学習センター

 南飛騨健康増進センターの一帯には様々な施設があり、そのうち総合案内所がある「健康学習センター」内には複数のアーティストの作品が展示されている。

 岐阜県大垣市の情報科学芸術大学院大学(IAMAS)出身で、現在は同大学で教鞭をとるメディア・アーティストのクワクボリョウタの作品は、光と音によるインスタレーション。骨伝導スピーカーをつけて部屋に入り、光る玉の間をぬって歩くと、温泉街で収集された様々な音や声が次々と聞こえてくる。岩井俊雄による光を音に変換する作品《SOUND-LENS》(2001)を参考にしたという本作は、温泉入浴時の特異で心地よい距離感を再認識させる。

クワクボリョウタ《仮想温泉》 撮影=中村脩

 精神科病院で看護師として働きつつ、衣服制作を通して当事者研究を行ってきた津野青嵐は、3Dペンで食卓の形をしたヘッドピースを制作。ネガティブな思考を擬人化したものを“お客さん”としてあえてもてなすことで新しい関係を築く、というコンセプトだ。“お客さん”は精神障害の当事者コミュニティで使われていた言葉だというが、それに対してポジティブにアプローチするという発想は多くの人にとって有効だろう。

津野青嵐《おきゃくさま おごっつおう 食べてくりょ》 撮影=筆者

 フランス在住の釘町彰は、下呂にある巌立峡の5万4000年前の御嶽山の噴火によってできた風景に感銘を受け、日本画の技法で描いたモノリスと彫刻、映像によるインスタレーションを制作。長大な時間を意識させる本作は、人間のDNAに刻まれた膨大な死と再生の記憶を呼び覚ます。

釘町彰《来たるべきもの》 撮影=中村脩

旧民家を使った施設での展示

 健康学習センター付近には旧民家を利用した施設が点在しており、そこにも作品が展示されている。

 「香りの館」の2階では、コミュニケーションの危うさに関心を持つ中﨑透が、下呂の久津八幡宮にある彫刻《水呼ぶ鯉》《鳴いたウグイス》と、それらにまつわる二つの伝説をモチーフにしたインスタレーションを制作。芸術作品が現実に作用するという興味深い逸話を、ライトボックスやその場にあった日用品などを使って表した。空間を大胆に区切るオブジェをくぐったり見上げたりしながら、現実と虚構、過去と現在などの境界を行き来するような楽しい作品だ。

中﨑透《Red Line/鯉と鶯の場合》 撮影=筆者

 「いろいろ体験ハウス」の2階では、自然と向き合い身近な素材を制作に用いる鈴木初音の作品に圧倒される。この地域の風景を形作る雄大な山々や下呂温泉は火山から生まれたものだが、鈴木はその火山が姿を変えた川砂を使って漆喰の壁をつくり、壁画を制作。随所に使用されているのは、会場の傍らの畑でかつて栽培されいまも繁茂している菊芋を原料に、種を漉きこんだ和紙だ。会期終了後は作品の一部を土に還し、自然の循環を現前させる。

鈴木初音《川と山のあいだ 種まきに歩く人》 撮影=筆者

 東北の中山間地域に住みながら採集の歴史と技術を研究してきた田中望は、「交流サロン」で薬草店を模したインスタレーションを制作した。会場付近の旧薬草園でかつて400種類の薬草が植えられたが多くが根付かなかったということから、植物の瓶づめをはじめ、会場である民家の元住民へのインタビューをもとにした「人間の根っこの瓶づめ」、ドローイングやアニメーション映像を陳列。植物や人が根付くこと、人間にとっての根とは何かを考えさせる。

田中望《あなたの根を知る》 撮影=筆者

屋外でのインスタレーション

 健康学習センターのすぐそばには飛騨川の支流である小川が流れ、その清流に沿って北東に歩いていくと、巨大な円筒が現れる。これは、岐阜県高山市出身で、人間の根源を追求したダイナミックなインスタレーションで知られる遠藤利克の作品。大地に直径10メートル、深さ4.5メートルの穴を掘って壁を設け、「管理されない自然」として放置するというものだ。遠藤はこの制作にあたり、昭和時代に地方でよく見られた、円筒の内面をオートバイが走り回る見世物を思い出したという。安全な場所からおずおずと底を覗き込む姿勢に、現代社会の問題に積極的に取り組もうとしない人々の退嬰が重ねられているかのようでドキリとさせられる。

遠藤利克《空洞の庭》 撮影=中村脩

 「自死」や「慰霊」をテーマに制作を続け、2021年から「満州国」を軸に過去の戦争について考えるプロジェクトを行ってきた弓指寛治は、約100枚の絵と言葉を描いた看板をエリア内の随所に展示。それらのもとになっているのは、下呂に残る民話と、戦時中に下呂にいた従軍看護婦の体験記、下呂から満洲へ渡った「鳳凰開拓団」の生存者の手記。里山に掘り起こされたさまざまな物語は、弓指が描く鳥と共に時空を超えて交差する。

弓指寛治《民話、バイザウェイ》 撮影=中村脩

  なお、弓指は今回アドバイザーとして、津野青嵐、鈴木初音、KOURYOU(EBUNE×あぐりとして参加)、坂田桃歌ら8名の若手作家の推薦やマルシェの企画にも携わっている功労者だ。

マルシェ「楽市楽座」より 撮影=中村脩

 下呂駅から南飛騨健康増進センター一帯までは無料シャトルバスで約30分。3時間あれば徒歩で大体全てのアート作品を鑑賞できるが、マルシェではワークショップも行われており、周辺には温泉のほか「小坂の滝」などの名所もあるので、できれば1泊してゆっくり巡ることをおすすめしたい。

 開幕式では古田知事が次回開催への意欲を見せており、今後の展開が楽しみなアートプロジェクトだ。