2024.11.21

特別展「志村ふくみ 100 歳記念 ―《秋霞》から《野の果て》まで―」(大倉集古館)開幕レポート。自然、物語、感情、すべてが染織になる

人間国宝の染織家・志村ふくみの足跡をたどる特別展「志村ふくみ 100 歳記念 ―《秋霞》から《野の果て》まで―」が、東京・虎ノ門の大倉集古館で開幕した。会期は2025年1月19日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、右から志村ふくみ《舞姫》(2013)、《諸国遊行》(2014)、《流砂》(2008)
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 東京・虎ノ門の大倉集古館で、人間国宝の染織家・志村ふくみの足跡をたどる特別展「志村ふくみ 100 歳記念 ―《秋霞》から《野の果て》まで―」が開幕した。会期は2025年1月19日まで。

 志村ふくみは1924年滋賀県生まれ。染織家・随筆家。今年100歳を迎えたいまも、自然にある無数の色を抽出して糸を染め織るという、人と自然が共生する営みに捧げる仕事を続ける人間国宝だ。

展示風景より、志村ふくみ《光の道》(1987)

 本展は志村の生い立ちや影響関係を紹介しつつ、初期の代表作《秋霞》から最新作《野の果て》までを6章に分けながら展示する、志村の仕事を総覧できる展覧会となっている。なお、会期途中に大幅な展示替えがあることを留意してほしい。

展示風景より、志村ふくみが使用した色糸

 滋賀・近江八幡の医師の家・小野家に生まれた志村は、幼くして東京に住む叔父の志村家の幼女となった。17歳のときにこの出生の秘密を知った志村は、このときより実母である小野豊から強い影響を受けるようになる。豊は若い頃に柳宗悦や、柳と志をともにした上賀茂民芸集団で染織と織物の手ほどきを受けていた。志村は一度は結婚し子供を設けるものの32歳のときに離婚。近江八幡に帰り、母・豊の手ほどき、そして豊の紹介による黒田辰秋、富本憲吉らの指導を受けるようになる。こうした染織家・志村ふくみをかたちづくった時代の象徴的な作品として、会場の「源流」の章では、志村が初めて織り日本伝統工芸展で初受賞した《秋霜》(1958)と、母・豊による《吉隠》(1960頃)が展示されている。

展示風景より、左から志村ふくみ《近江の帯1》(1960頃)、《秋霜》(1958)、小野豊《茶地格子》(1960頃)

  琵琶湖は志村が染織の道を歩み始めた地であり、創造の源泉でありつづけた場所だ。「琵琶湖」の章では四季によって様々な表情を見せ、また志村にとっての魂のふるさとだった琵琶湖に着想した作品を展示している。例えば、《月の繭》(1985)は湖上の沖ノ島の上に月が昇る様に感動して考案した作品、《雪の湖》(2007)は厳冬の湖北の黒く静まる湖に心を動かされて考案した作品。自然由来のイメージがどのように染織というかたちで表現されているのかを堪能できる。

展示風景より、左から志村ふくみ《水の想い出》(2003)、《月の繭》(1985)、《雪の湖》(2007)

 「源氏物語と和歌」では、志村が70代半ばから取り組みはじめた『源氏物語』を題材とした連作を紹介。作品のタイトルは物語の各帖からとられ、《澪標》では明石の君の物語の舞台となる海が、《夕霧》では源氏の長男である夕霧の仄暗い恋慕の情が、《初音》では歌に読まれた年初のウグイスのかわいらしい鳴き声などを表現している。

展示風景より、左から志村ふくみ《澪標》(2004)、《夕霧》(2001)、《初音》(2010)

  「旅と文学」はドストエフスキーやリルケといった文学ゆかりの地をはじめ、世界中を旅することでイメージを膨らませてつくりあげた作品を紹介。小説家・石牟礼道子の新作能と呼応するかたちでできた鮮やかな紅染の《舞姫》、宮沢賢治『雁の童子』の冒頭の流砂を表現した《流砂》など、その発想の豊かを感じてもらいたい。

展示風景より、右から志村ふくみ《舞姫》(2013)、《諸国遊行》(2014)、《流砂》(2008)

 「沖宮──妣なる国」は、志村と小説家・石牟礼道子が現代日本への危機感から、次世代に残すメッセージとしてつくった新作能「沖宮」の衣装を紹介。石牟礼の故郷である天草を舞台とした人々の死と再生の物語を彩った舞台衣装を堪能できる。

展示風景より、左から志村ふくみ監修、都機工房制作 長絹《紅扇》(2018)、水衣《水瑠璃》(2017)、狩衣《竜神》(2018)

 最後に「エントランス」の展示を紹介したい。エントランスで来場者を迎える《母衣曼荼羅Ⅱ》(2017)は、志村が自らの集大成として制作した作品だ。原点である自身最初の染織作品《初霜》に立ち返り、つなぎ糸をふんだんに用いながら、まるで十字に光が当たっているかのように見える、神々しい織物をつくりあげた。これまでの志村の仕事の重厚さを物語る作品だといえよう。

展示風景より、志村ふくみ《母衣曼荼羅Ⅱ》(2017)

 染と織りの繰り返しによって生み出された、詩的で物語性のある作品の数々。志村ふくみという染織家の生き方と発想をいちから知ることができる機会となっている。