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2024.12.21

「坂本龍一|音を視る 時を聴く」(東京都現代美術館)開幕レポート。大型インスタレーション一堂に

東京都現代美術館で、音楽家・アーティスト、坂本龍一(1952〜2023)の大型インスタレーション作品を包括的に紹介する日本初の最大規模の個展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」が開幕した。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》(2007)
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 50年以上に渡り、多彩な表現活動を通して、時代の先端を常に切りひらいてきた坂本龍一(1952〜2023)。その大型インスタレーション作品を包括的に紹介する日本初かつ最大規模の個展「坂本龍一|音を視る 時を聴く」が東京都現代美術館で開幕した。ゲストキュレーターは難波祐子、担当学芸員は森山朋絵(東京都現代美術館学芸員)、学芸スタッフは原田美緒(東京都現代美術館学芸員)。

 坂本は90年代からマルチメディアを駆使したライブパフォーマンスを展開し、2000年代以降は様々なアーティストと協働。音を展示空間に立体的に設置する試みを積極的に思考、実践してきた。本展は、生前坂本が東京都現代美術館のために遺した展覧会構想を軸に、坂本の創作活動における長年の関心事であった音と時間をテーマに、未発表の新作を含む没入型・体感型サウンド・インスタレーション10点(+スペシャルコラボレーション、アーカイヴ特別展示)を美術館屋内外で展開するものだ。

坂本龍一+高谷史郎のコラボレーション

 まず注目すべきは、本展の中核をなすとも言える坂本と高谷史郎によるコラボレーション作品だろう。坂本と高谷は1999年の『LIFE a ryuichi sakamoto opera 1999』以来、長きに渡りともに仕事をしてきた盟友だ。

 坂本と高谷のインスタレーションにとって重要な要素である水や霧。これを使った作品の代表格として《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》(2007)がある。本作は、上述の『LIFE』をベースとするサウンドに包まれた空間を舞台に、9つの水が張られたアクリルボックスが中空に浮かべたもの。水槽は明滅を繰り返し、地面に様々な景色を映し出す。そこをゆっくりと歩むことで、独自の時空間の拡がりと流れを体感できる。

展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》(2007)
展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》(2007)
展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《LIFE–fluid, invisible, inaudible…》(2007)

 《water state 1》(2013)も水を使ったインスタレーション。一見すると鏡だと思われるような黒い水面に水滴が落ち、波紋を起こす。水滴は地球上の降水データをもとにしており、落ちる雨とともに音も変化を見せる。

展示風景より、坂本龍一+高谷史郎 《water state 1》(2013)

 《IS YOUR TIME》(2017/2024)は、坂本が2011年の東日本大震災の津波で被災した宮城県農業高等学校のピアノに出会ったことをきっかけに生まれた作品。被災したピアノを「自然によって調律されたピアノ」ととらえ、大自然の営みによって「ひとつのモノ」に還ったピアノを、世界各地の地震データを使い、地球を鳴動する装置として生まれ変わらせた。

展示風景より、坂本龍一 with 高谷史郎《IS YOUR TIME》(2017/2024)

 最新作も発表された。《async–immersion tokyo》(2024) は、坂本が2017年に発表した名盤『async』(「async」とは「非同期」を意味する)を高谷とともに深化させたもの。「AMBIENT KYOTO 2023」で《async–immersion 2023》として発表され大きな話題を集めた作品が、東京都現代美術館の展示空間にあわせて再構成された。

 本作では、『async』の収録楽曲とともに、巨大スクリーンに様々な自然の様子や坂本のスタジオなどが映像として流れる。無数の細い横線からなる映像はつねに変化を続けるが、音楽と映像はシンクロしていないため、鑑賞のタイミングによって同じ映像を見ていても聞こえる音楽は異なる。音と映像で紡がれ続ける世界は、心地よく私たちの感覚を惹きつける。

展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《async–immersion tokyo》(2024)

 またこちらも新作となる《TIME TIME》(2024)は、2021年に初演された舞台作品《TIME》をもとに本展のために制作された作品。『async』で見られた非同期性をさらに発展させ、時間とは何かを「夢幻能」のフォーマットで表現したもので、ここでも水が舞台として大きな役割を果たす。撮り下ろしによる宮田まゆみの笙の音色と田中泯の映像が組み合わされ、幻想的な世界が展開される。

展示風景より、坂本龍一+高谷史郎《TIME TIME》(2024)

Zakkubalan、アピチャッポン・ウィーラセタクン、真鍋大度とのコラボレーション

 坂本はアルバム『async』をきっかけに、同アルバムを「立体的に聴かせる」ことを意図し、Zakkubalan、アピチャッポン・ウィーラセタクンらともインスタレーションを制作してきた。

 Zakkubalanとのコラボレーション作品《async–volume》(2017) は、『async』制作のために坂本が多くの時間を過ごしたニューヨークのスタジオやリビング、庭などの断片的な映像が、それぞれの場所の環境音とアルバム楽曲の音素材をミックスしたサウンドとともに1つのインスタレーションとして構成された作品だ。24台のiPhoneとiPadが壁に配され、鑑賞者は世界に開かれた多くの「小さな光る窓」を通して、坂本の内面を覗き込むことができる。

展示風景より、坂本龍一+Zakkubalan《async–volume》(2017)

 アピチャッポン・ウィーラセタクンとのコラボレーションである《async–first light》(2017)は「デジタルハリネズミ」と呼ばれる小型カメラを親しい人たちに渡して撮影してもらった映像で構成されたもの。坂本はこの作品のために「Disintegration」「 Life, Life」の2曲をアレンジした。解像度が低く粗い画面に独特の温かみのある色味で、それぞれの私的な日常が切り取られている。 

展示風景より、坂本龍一+アピチャッポン・ウィーラセタクン《async–first light》(2017)

 真鍋大度とのコラボレーション作品として外せないのが2014年の札幌国際芸術祭で初めて発表された《センシング・ストリームズ》だ。本作は、携帯電話やWiFi、ラジオなどで使用されている電磁波という人間が知覚できない「流れ(ストリーム)」を一種の生態系ととらえ、可聴化・可視化させた作品。本展のために新バージョン《センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)》(2024)としてアップデートされており、屋外に設置された16メートルの帯状のLEDディスプレイに、東京という大都市の目に見えないインフラの姿が映像と音で繊細に描き出される。

展示風景より、坂本龍一+真鍋大度《センシング・ストリームズ 2024–不可視、不可聴 (MOT version)》(2024)

 なお、「アルヴァ・ノト」名義で2002年以降坂本ともアルバムを手がけてきたカールステン・ニコライは、ジュール・ヴェルヌの『海底二万里』から着想した初の長篇映画『20000』のために書いた脚本全24章から、2つを映像化して初展示している。

中谷芙二子とのスペシャル・コラボレーションも

 1970年に大阪万博のペプシ館を水を使った人工の霧で覆った「霧の彫刻」で知られ、世界各地で霧のプロジェクトを実施している中谷芙二子。その中谷とのスペシャル・コラボレーションも本展のハイライトだ。坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662(2024) は、東京都現代美術館屋外のサンクンガーデンを使って展示されるもの。霧と光と音が一体となり、唯一無二の世界を構成し、文字通り鑑賞者を包み込む。

展示風景より、坂本龍一+中谷芙二子+高谷史郎《LIFE–WELL TOKYO》霧の彫刻 #47662(2024)

 特別展示としては、坂本龍一と岩井俊雄による音楽と映像のコラボレーション《Music Plays Image × Images Play Music》(1996-97/2024)も見逃せない。

 本作は1996年に水戸芸術館で初演されたもので、坂本が奏でるMIDIピアノの音が岩井のプログラムによって瞬時に映像化され、スクリーンに投影され、音が可視化された。本展では、岩井のアーカイヴから発掘された97年のアルスエレクトロニカで演奏されたデータをもとに、坂本の演奏がインスタレーションとして会場に再現。あたかも坂本がそこにいるかのような感覚を抱く本作は、会場を締めくくるのにこれ以上ないほど相応しいものとなっている。

展示風景より、坂本龍一×岩井俊雄《Music Plays Image × Images Play Music》(1996-97/2024)

 様々なアーティストたちとの協働によって生み出されたインスタレーションを体験すると、いかに坂本が先駆的であり、実験的な創作活動に注力していたのかがあらためて認識できる。「音を視る、時を聴く」というタイトルのとおり、本展に並ぶインスタレーションの数々やは鑑賞者がその目と耳を開き、坂本が追求し続けた「音を空間に設置する」という芸術的な挑戦に対峙する体験をもたらすだろう。

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