書評:エコロジーからエコゾフィック・アートへ。四方幸子『エコゾフィック・アート 自然・精神・社会をつなぐアート論』
雑誌『美術手帖』の「BOOK」コーナーでは、新着のアート本を紹介。2023年10月号では、四方幸子『エコゾフィック・アート 自然・精神・社会をつなぐアート論』を取り上げる。フェリックス・ガタリの「エコゾフィー」という言葉に着想を得ながら展開される四方による「エコゾフィック・アート」の実践、そしてそれらを論考としてまとめた本書を、キュレーター・黒沢聖覇が書評する。
エコロジーからエコゾフィック・アートへ
近年、現代美術の展覧会やそれにまつわる言説で、エコロジーや「人新世」という用語を見ない日はない。これをたんなるアート界のトレンドと理解し、すでにクリシェであると断ずる向きもある。そんななか、「エコロジー」と「フィロソフィー」を組み合わせたフェリックス・ガタリの「エコゾフィー」という言葉に着想を得て、近代以降の制度化された「美術(アート)」よりも広範囲かつ多様な創発関係を持ち、自然・社会・精神のエコロジー(ガタリの言う「3つのエコロジー」)を包摂する領域を「エコゾフィック・アート」と著者は呼ぶ。本書は、流動し変容し続けるこの「エコゾフィック・アート」的領域を、キュレーター/批評家としての自らの実践を通して観察・考察し、フィールドノート的に記述した様々な論考をまとめた論集である。
各章では、森、生、渦、水、地、力、電子といった普遍的なキーワードを設定しつつ、近年活躍するアーティストたちの作品・作家論、地域の信仰にまつわる表象についての文化人類学的・民俗学的分析、生命と非生命のあいだを横断するメディア・アートや複雑系科学の考察、能を参照する展覧会や世界各地の風景論、そしてコモンズからNFTへの移行、想像力という「資本」の創発といった論点に至るまで、ミクロ・マクロを問わず縦横無尽に「エコゾフィック・アート」を駆け巡る。著者が述べるように、本書は著者自身がキュラトリアル実践の過程で出会い対話してきた人々、思想、アート、自然にインスピレーションを受け、散歩するように執筆された「批評─エッセイ」の集積であり、そのアッサンブラージュである。
各エッセイはかなり広範かつバラバラのテーマのように思える。が、それぞれの要素は分断されているのではなく、著者の言う「情報のフロー(流れ)」として、直線的というよりも螺旋状に、あるいはドゥルーズ=ガタリの言う「リゾーム」状に結びついていると理解するべきである。そのため本書を概観するのは容易ではないが、著者が明言しているように、その多くはヨーゼフ・ボイスの「流動性」や「社会彫刻」といった概念に由来しており、パンデミックを経た2020年代においてボイス的思考・実践を拡張していく試みであるととらえることができる。今日、パンデミックを契機として、ガタリが予言した自然・社会・精神の3つのエコロジーの危機は、明らかに目に見えるかたちで差し迫っている。本書は、「エコゾフィーと平和」という著者の生涯テーマに挑戦するため、伝統的美術批評にとどまることなく、これからの未来に向けた新しいアート論を志向する一冊である。
(『美術手帖』2023年10月号、「BOOK」より)