アートの仕事図鑑:展覧会をつくる照明家・高橋典子(灯工舎)
展覧会の運営、アートマーケットの運用、コレクターのサポートなど、アートに携わる様々な仕事を紹介する「アートの仕事図鑑」。展覧会のライティングなどを手がける「灯工舎」で展覧会の照明を担当する高橋典子に、仕事の内容ややりがいを聞いた。
展示照明の仕事とは
──「灯工舎」という会社のお仕事の内容について教えていただければと思います
灯工舎は美術館、博物館はじめ、建築から景観まであらゆる施設の光設計をしている会社です。研究、調査、コンサルティング、設計、ライティング、施工まで光に関する様々な業務があります。そのなかのひとつが展覧会のライティングとなります。
──展覧会のライティングについて、大まかなお仕事の流れをおおまかに教えていただければと思います。
まずは、依頼された展覧会の趣旨や展示する場所、作品の特徴や魅せ方に合わせて、照明のコンサルティングをします。担当者から展覧会全体への想いを聞いて光のイメージを共有し、会場や展示ケースの仕様、照明器具の内容や照明の位置関係などを確認し、プランを作成して現場に臨みます。初めての会場であれば、事前に現場調査に行き、備えつけられている照明機材の種類や設置可能な場所を確認し、場合によっては現場で照明の実験を行ったり、会場の照明に手をくわえることも行います。
展覧会照明作業は、作業内容によって最小1人、規模の大きいもので5〜6人のチームを組み、器具準備、設置、角度・照度調整を行っていきます。作品を設置してからではライティングが難しい場合、例えば大型の床置の立体作品などは、作品の搬入前に照明器具の設置と調整を行いますが、本格的なライティングは作品が展示されてから行います。
その後、作品にあわせ、光の大きさを偏光するレンズや、作品の色を決定づけるフィルターを組み合わせて、作品一つひとつの照明をつくりあげていきます。
大まかに照度を合わせてだいたいの設置が終わったら、作品1点1点の光の精度を上げたのち、お客さんの目線で展覧会を2周、3周して照明の流れをつくり整えていきます。最後に、展覧会の担当学芸員やアーティストと一緒に照明を確認し、微調整があれば手を加えて完成します。
──設計だけでなく現場での照明の設置も、スタッフがそれぞれ手作業でやっていくんですね。
多くの場合、まずは会場の器具もそのまま使うのでなく、コンディションにあわせて分類をします。そのうえで光の色味や広がりを調整するフィルターやレンズを機材に取りつけ、場合によっては自作もして再び設置する流れになります。
また取り外しも設置も、脚立や高所作業車を使う場合がほとんどなので、スタッフはみな高所作業者の資格も持っていて、ヘルメットや安全帯を身に着け、安全に留意しながら作業を進めます。照明の設計だけでなく、実際に自分たちで手を動かす技術が求められるのもこの仕事の特徴ですね。
──実際の作業はどのくらいの日数を要するのでしょうか?
小規模な展覧会であれば1日で調整まで終わらせることもありますし、大型の展覧会であれば数日を要することもあり、例えば現代美術などは光をつくりあげるのに半年から1年かかることもあります。
また、展覧会によっては特殊機材の準備に数日を要することもありますし、ライティングレールの仮設をすることなどもあるので、1週間以上になることもあります。
人の目でしかわからないこと
──最終的な照明調整を行う際には、人の目で見ることが重要になるのでしょうか?
展示照明においては照度や色温度はもちろん、演色性と言われる色の再現性の数値も重要になってきます。ビビッドな色だけでなく中間色も含めて、作品の微妙な色合いを表現できることも大切なんですね。こうした照度や演色性などの数値は必ず測ります。例えば油彩画は150ルクスまで照度を上げられますが、作品によっては必要とする光を目で見て、100ルクス以下にする場合もあります。
制限照度は数値で確認しますが、最終的には見る人がどう感じるかということは大切ですので、最後は自分の目で判断します。目は鍛えられるので、経験を重ねることで、1〜2ルクスの微妙な違いや光のムラ、色味の違いも、見るだけで大体わかるようになってきます。
最終的な調整では、例えば作品によって少し強調したい部分にスポット的に光を当てたり、気づかれないような微細な彫り物がある側面に光を入れたりといった、細かい作業を丁寧に行います。そのため、会場のお客さんが作品を見る様子を観察することも大事にしています。「こんなふうに見ているんだ」と会場のお客さ反応から気がつくことも多いですからね。