アートと気候危機のいま vol.7「気候危機とアートのシンポジウム アートセクターはどのようにアクションを起こせるか」レポート(後編)

NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ [AIT/エイト]設立メンバーのひとりであり、TOTAL ARTS STUDIES(TAS) プログラム・ディレクター、ロジャー・マクドナルドによる、気候危機とアートについての連載記事シリーズ。ニュースやインタビューで海外や国内の動向の「いま」をわかりやすく紹介する連載の第7回は、7月に東京で開催された気候危機とアートのシンポジウムの様子を紹介する。美術館やギャラリーほか日本のアートセクターに携わるゲストの具体例を、編集者の武田俊氏によるサマライズレポートで掲載。

文=武田俊 写真=越間有紀子

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「気候危機とアートのシンポジウム アートセクターはどのようにアクションを起こせるか」レポート

世界の美術館の動向と「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」での試み

 休憩を挟んで後半は、パネルディスカッション。

 壇上には片岡真実(森美術館館長/国立アートリサーチセンター長)、鷲田めるろ(十和田市現代美術館館長)、菊竹寛(Yutaka Kikutake Gallery代表)、相澤邦彦(ヤマト運輸株式会社<美術>コンサヴァター)が並ぶ。

 最初のパネラーは、森美術館館長の片岡真実。取り上げたのは、世界各国の美術館の気候危機に関する動向と、森美術館での取り組みについて。2022年8月にICOM(国際博物館会議)のプラハ大会では、新しい「ミュージアムの定義」として「一般に公開され、誰もが利用でき、包摂的であって、多様性と持続可能性を育む」というフレーズが盛り込まれた。「これは美術館が芸術的な機能だけでなく、社会的な役割を果たす場所だと定義されたということ。環境への影響を意識し、どのように美術館運営をしていくのかが世界的に求められている」と片岡は語る。

 また、世界の主要大型美術館の館長による非公開グループ・BIZOTでは、2014年の「BIZOT G reen Protocol」を、さらに2023年に更新版を発表。ここで美術館が環境問題に対し、長期的に持続可能な方法でどう取り組むか、という基本概念を改めて制定。そのなかで「美術館はコレクションの長期保全と、エネルギー使用量および二酸化炭素排出量の削減の必要性を両立させる手段を模索するべき」(片岡)と示されている。

 作品管理の温度と湿度については「40から60パーセントの範囲で安定した相対湿度、16から25°Cの安定した温度の範囲内で、24時間あたり±10パーセントRH以下の変動が望ましい」と設定。「世界の大きな動向に合わせて日本の美術館も気候危機へ対応していかないと、海外の美術館から作品を借 りることができなくなる可能性もある」(片岡)と警鐘を鳴らす。

 続いて、森美術館で2023年10月から2024年3月にかけて開催された企画展「私たちのエコロジー:地球という惑星を生きるために」の事例へ。「サステナビリティについて、できる限りのことをすべてしてほしい」(片岡)と会場デザイン担当者へ依頼し、これまでリサイクルの難しかった石膏ボードを100パーセントリサイクル可能なものへと変えたり、あえて未塗装の壁を立てることで、来場者への意識喚起を行ったとのこと。

 「エコロジー展」後、GCCの発表している二酸化炭素の計算表を使って、実際に企画展での二酸化炭素排出量を計算したところ、電気などのエネルギー消費による二酸化炭素排出量が割合として多いことが判明。森美術館の入っている六本木ヒルズは、100パーセント再生可能エネルギーを利用しているため、エネルギー消費の部分には対応できているようだ。

 では、残る部分で何ができるか。じつは二酸化炭素排出量のうち、99パーセント以上が来場者に関連するもので、つまり人の移動に関わる二酸化炭素排出がほとんど。これは次の大きな課題として、まず現実的にできることから対処すべきとし、廃棄物をほぼ出さずに実施できた「エコロジー 展」以降も、「毎回作家に従ってもらうことは難しいかもしれないが、美術館としてポリシーを示すことは重要だ」と片岡は述べ、模索を続けたいと語った。

毛利悠子と松﨑友哉。ふたりのアーティストの事例から

 次に、Yutaka Kikutake Gallery代表の菊竹寛。まず、第60回「ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展」にて、日本館の代表として参加しているアーティスト・毛利悠子の作品を取り上げる。会場では「モレモレ」と「Decomposit ion」というシリーズを組み合わせ、《COMPOSE》というタイトルのもと壮大なインスタレーションを展開。前者は地下鉄駅構内の水漏れ対策から着想を得たインスタレーション作品で、水が装置全体を循環し、設置された場所の環境に反応しながら様々な表情を見せてくれる作品。後者は、果物に電極を刺してその抵抗値を測り、音や光に変換するものだ。

 特筆すべきは、いずれも基本的なシステムに関わるコンピューターやオーディオ機器を除いて、ほぼすべて現地で材料を調達したこと。これにより輸送に関わる様々な負担が低減したと言える。

 また、日本館の天井と床面には外部環境に接続する開口部がもとから設けられている。ある4月の日には夕立が降り、流れ込む自然の風雨と会場内の作品たちが奏でる音が共鳴するという、美しい瞬間に立ち会ったという。

 そんな果物たちは、現地の果物卸業者とかけあって、商品にならないものを譲り受けたもの。腐敗が進むとブランデーのようないいかおりが立ち込めることもあり、それらが朽ちたのちには、コンポストとして土に還すという試みも。

 次いで紹介されたのは、ロンドンに20年以上暮らすアーティスト・松﨑友哉。自身の生活環境に目を向け、採取した野草から色素を抽出しドローイング作品を制作したり、野草を調理して振る舞うワークショップなども手がけている。

 ユニークなのは、松﨑も関わるボランティア団体「Bethnal Green Nature Reserve」。ロンドン市内で育てた野草から薬をつくり、ホームレスに提供する団体で、アーティストだけで なく、科学者や学生なども活動に参加しているとのこと。

 「東京にあるギャラリーとして、一体何ができるのかずっと悩んでいたが、これらの試みに勇気づけられた」と語る菊竹。2024年11月には新しく京橋にスペースを設けるとのことで、ふたつの拠点から気候危機についての活動や情報発信を広げていきたいと締めくくった。

対外連携と組織づくりのためのステートメントのあり方

 続いては、十和田市現代美術館館長の鷲田めるろ。十和田市現代美術館ではサステナビリティについてのステートメントをすでに発表しており、その意図としてまず挙げられたのが、ほかの地域団体と足並みを揃え連携するというもの。

 同地でサステナビリティについて先駆けて取り組んでいたのが、十和田奥入瀬観光機構。奥入瀬渓流では紅葉シーズンのオーバーツーリズムが課題で、サステナブルツーリズムの推進を進めていた。そこに十和田市現代美術館も加わり、地域一体となった取り組みがスタート。対外的に立場を表明するためにも、ステートメントとして宣言することの重要性を説かれた。

 また美術館内での組織づくりの面でも、ステートメントは重要な役割を果たす。同館では『ゼミナール 経営学入門 第3版』(日本経済新聞出版社)に掲載されている企業を取りまくステークホルダーのモデル図を参考に、美術館におけるステークホルダーを再定義している。

 それによれば、美術館を中心に置いたとき、周囲を取り巻く4つのステークホルダーとして、「アーティスト」「スタッフ」「来館者」「行政・協賛者」が挙げられる。これらの利害は対立するケースもあり、あらゆる局面でその時何を優先するか判断する必要がある。近年、ここに「サステナビリティ」を加えた5項目での運用をしているとのこと。

 「例えば、サステナビリティを重視した際に、来館者の快適度が下がるというケースもあり得る。そこでどう判断をすべきか。トップダウンでアクションを決めるのではなく、美術館の全スタッフが各自で判断できる基準を設け、すべての運営や事業の判断基準にサステナビリティ を加えるということをしている」(鷲田)。

 対外的な連携の取り組みにも、組織のなかの意志決定のシステム構築のためにも、ステートメントを宣言することが有効なのだと述べられた。

作品の一回性と公共性を配慮しつつ輸送/保存行為に向き合う

 最後のパネラーは、ヤマト運輸株式会社(美術)コンサヴァターの相澤邦彦。以前は美術館や作品の修復工房に勤め、現在は同社で輸送や保存全般に携わる。美術作品において重要なのは、代替不可能な鑑賞体験を、どれだけひらかれた場で行えるか。その一回性と公共性をどう維持できるかだと考え仕事をしてきたという。

 「公共財としての文化財や美術作品を過去から現在、将来に引き継いでいくことは、地球環境 自体への配慮と近しい部分もあると思う」(相澤)。

 話題は、作品輸送へ。輸送箱はその頑丈さ、大きさ、作品の安定性、汎用性、携帯性などの要素がトレードオフになりがちであることを指摘。また作品サイズも様々なため、どうしても使い捨てにならざるをえないという課題があるそうだ。

 それらを解決するためにアーティゾン美術館と同社で、汎用輸送箱を共同開発。これは金属製で、なかのフレームが可動することで様々な作品サイズに対応可能なもの。また国立西洋美術館とは、木製の汎用輸送箱を開発。それぞれ素材のメリット/デメリットがあり、状況に応じて使い分けることができるという。

 いっぽう、ヨーロッパでは、以前から汎用輸送箱が使われてきた。代表的なものがオランダの「TURTLE」。1994年から空輸で使われ、最近のarca社(ドイツ)の汎用輸送箱ではリアルタイムで内部の温度・湿度が計測され参照可能。これは主に桐でできており、制作段階から二酸化炭素排出削減が意識されているそう。

 しかし、汎用輸出箱にも弱点があり、それが繰り返し使えるがゆえの保管場所問題。大きさがあるため空間を占めてしまい、結果として保存や管理のコストがかかる。当然二酸化炭素排出量への影響も。環境負荷を懸念して、今のところスウェーデンやフランスではあまり活用されていないという。

 また輸送手段の面では、小型EVのトラックはすでに市場投入されているものの、大型のものはまだ技術開発段階。経済活動の面と社会的活動の面、そこに環境負荷軽減を加えどう両立させるかというところが肝だと相澤は話す。同社はそのあわいで、取り組みを続けている。

アートセクター当事者の対話から浮かび上がる課題たち

 ディスカッションは、AITの堀内奈穂子による各パネラーへのリサイクル/リユースに関する 取り組みへの質問からスタート。

 大小サイズの異なる企画展示室を3つ持つ十和田市現代美術館では、鷲田館長の就任以降、仮設壁を立てたことがないといい、会場からは驚きの声が上がりる。

 菊竹は、平面作品の梱包について解説。古来日本では防虫のためにウコンで染めた黄袋を利用しており、なぜか現代でもそのかたちだけが引き継がれ黄色いコットンの袋が使われること多数。効果はないため、Yutaka Kikutake Galleryではビニールシートを使い、汎用性の高い箱を用いているとのこと。

 次第に議論は徐々にパネラー同士の対話へ。ともに美術館館長という立場から、鷲田と片岡のあいだでは、悩ましい来場者の二酸化炭素排出量が話題に。

 「県外から来られる方も多いが、町で食事や宿泊をすることで、地域への経済効果もある。それは住み続けられるまちづくりにもつながる。どこに重きを置くべきかが重要だろう」(鷲田)。

 「来場者に来てもらうことも、人を通じて国際的に文化交流を行うことも大切。社会的な営み、人間的な営みをどうしたら良いかたちで持続することが可能なのか。そのモデルを探りたい」(片岡)。

 また相澤には、輸送手段についての質問が集まった。

 「使い捨て前提の木箱をどうにかシェアしてリユースできないか」と言う菊竹と「額縁や展示台の廃棄問題も大きい。リユースする手段はないか」と言う片岡の質問に対しては 「どちらも保管場所の問題がつきまとう。虫カビの害や箱の急速な劣化などのリスクを考えると半屋外のような倉庫に置くわけにもいかず、ジレンマを感じている。なかなか『これだ』という方法が見つけにくいのが現状」と相澤は答え、現実的な課題が浮上した。

 ここで、これまで議論を傾聴していた茅野が発言。

 社会の変化をパッシブに受け取るだけでなく、アクティブに感じ取っているのがアートの特徴だと述べ、とくに菊竹の紹介したアーティスト両名の試みから、社会の変化を先取りするような刺激を受けたとのこと。

 「社会のなかのアートから、社会と対話するアート、そして社会と協働するアートへ。それを今後も期待したい」と言う茅野。いまはまだ取り組むことが難しい課題について、アートセクターから「こういった課題に取り組みたい」という意志をステートメントとして発表することが、科学者や研究者がイノベーションを起こすべき方向性を定める指針づくりにつながると提言した。

 気候危機については、ここからの10年が正念場。この10年で取り組みが停滞すれば「ゼロカーボン達成は無理だった」というムードが政治的にも経済的にも蔓延し、モラルハザードが起こりかねない。「それだけは個人的に避けたいんです」と茅野は声を強める。

 「いまはどちらに転んでもおかしくない、地球の節目。『明日から頑張ろう』ではなく、『誰しもががんばれる』仕組みが必要なんだ。我慢するのではなく、ポジティブな変化と仕組みを生み出すこと。アートはそのアイディアをくれるはず」(茅野)。

 そんな力強い発言に呼応するように、ロジャーが「アートは一方的で支配的に進む経済成長とは違うモデルで動いている。アートとは何かを再確認することで、未来へ向かうヒントが得られる気がします」と語り、ディスカッションが終了した。

原子力とマーシャル諸島。市民の力で社会は変わる

 最後に壇上に現れたのは、作家/アーティストの小林エリカ。照明が落とされた厳かな雰囲気の会場で、映像作品の投影とともにクロージング・パフォーマンスの朗読がスタートした。

 最初に朗読されたのは、2017年に刊行された自身の著作『彼女は鏡の中を覗きこむ』より「日出ずる」。原子力の歴史とひとりの女性の人生が交差し、次第に重なり合っていく物語が静かに会場に広がってゆく。

 続く朗読作品は、「日出ずる」に登場する水爆実験が行われたビキニ環礁があるマーシャル諸島共和国出身の詩人キャシー・ジェトニル=キジナーの『開かれたかご──マーシャル諸島の浜辺から』(一谷智子訳、みすず書房、2023)所収の「伝えて」。マーシャル諸島の平均海抜は約2メートル。この地は気候変動の影響をもっとも受けている国でもあるのだ。

 小林が語る、キジナーの記したマーシャル諸島での暮らしと、失われつつある風景のリフレイン。ここまでのシンポジウムでの議論を振り返りながらその声に身を浸すと、悲しくも美しく、痛切に胸に迫ってくるようだった。

 朗読終了後、小林は著作である『女の子たち風船爆弾をつくる』にまつわるエピソードを紹介。本書は、旧日本軍が学徒動員により女学生を集めてつくらせていた秘密兵器・風船爆弾について、綿密な取材と調査をもとに小林が記した物語だ。その取材と執筆のなかで、風船爆弾の製造と研究を行っていた登戸研究所について知ることになった。

 秘密兵器の製造を行っていたことから箝口令が敷かれ、資料や機密文書も「処理」されていた同研究所。その実体が明るみになったのは、1980年代に地元高校教師が自主的に行っていた現地の見学会が発端だったそう。当時の高校生たちによるリサーチが始まり、この活動をきっかけに、当時タイピストとして同所で働いていた女性から資料を持っているとの連絡が届く。さらに当時を知る複数の人物が集まり、史実が明らかになっていったというのだ。

 「一人ひとりの活動により、これまでずっとなかったことにされていた歴史が書き記された。歴史も、社会も、私たち一人ひとりがつくるものなのだ」と静かに思いを込めて語る小林。その言葉に、シンポジウムで繰り返されてきた「いまやるべきことは明確」というフレーズが重なっていくようだった。