金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:宝石のような安藤忠雄建築を中国南部に訪ねる──和美術館
経済発展を背景に、中国では毎年新しい美術館・博物館が続々と開館し、ある種珍異な光景を見せている。本連載では、そんな中国の美術館生態系の実態をインディペンデントキュレーター・金澤韻が案内。第11回は、2020年に開館した和美術館(HE Art Museum)をお届けする。
広州、深セン、東莞、香港、マカオを結ぶ珠江デルタ地域は、20世紀終盤から中国の発展を支え続け、いまや世界有数の産業集積地となっている。この地域にもいくつか現代美術を展示する美術館がある。和美術館、英語表記でHE Art Museum(略称:HEM)は、広州市から車で40分ほど南下した仏山市順徳にある、2020年開館の新しい美術館だ。Heとアルファベットで書くと「ヒー」と読みそうだが、「フー」と「ヘー」の間のような発音になる。ファウンダーは中国大手家電メーカーの「Midea(美的)」である。
Mideaは、1968年の創業時にはプラスチック蓋を製造する小さな会社だったそうだが、エアコンを主軸に成長し、昨年1年間の売り上げは日本円にして5兆円超、フォーブスによる企業番付トップ500の中に入る世界的企業となった。この創業者ファミリーは20年前から近現代美術のコレクションを始めており、それを発展させたかたちで美術館構想がスタートした。2015年に日本の建築家・安藤忠雄に建築のデザインを依頼し、建設を進めるのと並行して美術館自体のコンセプトを設計していっている。
訪れてみると、Midea本社のビル群を背に、ニューヨークのグッゲンハイム美術館を思わせる竜巻のようなかたちが見えてきた。門をくぐると美しい水盤が広がり、静けさが降りてくる。建物の入り口へと続く橋が水盤の上をまっすぐに伸びている。都市の喧騒を離れて美の領界へと誘われる印象的なアプローチだ。箱型の展示室と、円形の展示室が組み合わさった構造で、円形部分は、先に触れたように上へ行くほど広くなる螺旋型建築になっている。円形の中央部には世界で初めて二重螺旋状に階段が取り付けられた。中央の天窓から入ってくる自然光が、時間帯によって表情を変えながら、この階段室をライトアップする。
美術館の床や壁を構成する部材の端が、ぴったりと合わせられている。「安藤はこのような細部にこだわりました。螺旋状の建物ではすべての部材でかたちが異なってくるわけですから、私たちは部材の一つひとつに個別の番号をふって施工したのです。柱のエッジもすごく立っているでしょう」と、キュレーターのヴィンセント・チャンが話す(*1)。柱の角に触れると確かに鋭い。この精度が視覚的には線として感じられ、凛とした空間の美学を際立たせている。「こういった精密さを実現するのは、中国ではとくに難しいことなんです」と彼は笑いながら言うが、いや、世界のどこであっても難しいミッションではないかと思う。建築家にとことん付き合って時間をかけ、資金を投入し、アイデアを現実のものにしたその姿勢が、すでにこの美術館のアイデンティティを説明しているように感じた。