プロがオススメするミュージアムショップ:「Gallery 5」
南青山のIDÉE SHOPのバイヤーを経て、2007年にmethod(メソッド)を立ち上げて以降、国立新美術館ミュージアムショップ「スーベニアフロムトーキョー」や21_21 DESIGN SIGHT SHOP「21_21 SHOP」などを手がけてきた山田遊。現在は株式会社メソッド代表取締役を務める山田が、バイヤーの目線からいま注目すべきミュージアムショップを紹介する。第2回は東京オペラシティに誕生した「Gallery 5」。
手前味噌な話で恐縮だが、東京・初台にある「東京オペラシティ アートギャラリー」は、僕の自宅から最寄りの、徒歩圏内にある美術館だ。今年の4月、これまで都内を中心に各所でミュージアムショップを運営する、NADiffによるショップ「Gallery 5」がクローズとなった。そして、出版社を切り口に洋書のアートブックを専門に取り扱う恵比寿の書店「POST」などを運営する、中島佑介主宰の「limArt」が新たなショップを、しかもなぜか同名の「Gallery 5」をオープンさせたことはSNSやインターネットを通じて知ってはいた。そこで、9月19日まで開催中の展覧会「ライアン・ガンダー われらの時代のサイン」を見に行った後、新しいショップにもじっくりと立ち寄ることにした。もちろん今回も、自宅から徒歩で散歩がてら向かったことは言うまでもない。
まず、新しいショップを見て感じたことは、さも当然のことではあるのだが、書籍の展開が多いということ。店内の書籍とグッズの割合はざっと9:1くらいだろうか。まるで欧米にある現代美術専門のブックストアを訪れたような感覚を抱いた。僕自身、片棒を担いでいるのになんだが、グッズ展開の割合が多い他のミュージアムショップとは、決定的にその印象は異なる。ミュージアムショップの元々の成り立ちは、開催中や、過去開催した展覧会の図録を販売する場所であった。そんな原点を改めて思い起こさせてくれることと同時に、一周回って書籍中心の品揃えがとても新鮮に感じられる。
もうひとつ、これは実際に訪れる前から少なからず疑問を持っていたのだが、以前のショップ名「Gallery 5」を引き継いでオープンしたのはなぜだろう、という点。これはショップを訪ねた後、直接、先方に連絡して尋ねてみた。そもそも、東京オペラシティ アートギャラリーには4つの展示室が存在し、ミュージアムショップは「第5の展示室」という意味で「Gallery 5」と名付けられたのだそうだ。そしてそのコンセプトが素晴らしいと思い、あえて希望して引き継いだとのこと。ただいっぽうで、美術館の展示室は展示に合わせて空間構成が変わっていくのに対して、ミュージアムショップはただ商品が変わっていくだけであり、その名前と齟齬があるように感じられたそうだ。こういったストーリーを知れば、新たな店舗内装にも俄然納得がいく。
店舗内装を手がけたのは、建築家・長坂常が主宰するスキーマ建築計画。既製の業務用スチールラックを、床面へ敷設したレールを使って可動棚としており、あたかも美術館の収蔵庫を思わせるような構成。棚板の高さはもともと調整が容易で、さらに木製のボックス什器を置いたり、同じく木製の背板を着脱できるなど、棚自体のフレキシビリティはかなり高い。レジカウンターもラックを応用して製作することで同様に可動式となり、平台什器も倉庫などで使われる木製パレットを基に製作したノックダウン式。一見すると、すべてが工業的で、ある種荒々しい素材を用いて空間を構成しているが、統一感があり、規則性が貫かれてまとめられているため、上品な印象も受ける。隣接した東京オペラシティ共有部の、床や壁は石をふんだんに使った、高級感はあるもののどこか冷たさを感じる空間とは対照的で、温かみも感じられる。店名サインの入ったガラス面以外は、間口も大きく取られており、店内にも入りやすい。
このように、展示が変わるたび、自在にゾーニング変えることができる空間が実現されているが、もっとも興味深いのは、店舗内装の定石に縛られないことによって、ショップ名に沿った「第5の展示室」というコンセプトを体現しつつ、いっぽうで見る者にとっては、どこか新鮮な感覚を与えていることだ。以前のショップもそうだったが、通常、なるべく棚什器で壁面を埋めることによって商品の陳列数を少しでも多く稼ぎ、棚に壁面を背負わせることで、商品を立て掛けることができるなど、より陳列し易くしようとするのが、店舗内装のセオリーではある。が、ここでは壁面は空白のままで、販売している平面作品などがいくつか飾られているだけだ。
棚は壁面を背負うことなく、空間の中央に位置する機会が多いため(可動式のため壁を背負うこともできる)、できるだけ棚に裏側をつくらないように、両側に向けて商品をディスプレイしなければならない場面も多いことだろう。背板を付ければその必要性は無くなり、商品を立て掛けることも可能だが、空間内の見通しの良さは幾分妨げられてしまう。しかし背板の裏側は新たに壁面が増え、ポスターなどを飾るための余白も生じる。
ショップ内の片側に棚を寄せれば、売場とは完全に区切られた空間をつくることや、壁面を大きく活用したショップ独自の展示、トークセッションなどイベントの開催も可能だろう。世の中で大多数のショップが採用している、壁面に棚を設けるという行為から自由になることで、これほどの可変性、そして可能性を手にしたことは、これからのショップにおいては、とても大事なことのように思える。
引き継いだショップ名の新たなロゴのデザインは田中義久が担当。ショップ内の一角には、新しいロゴを配したオリジナルグッズも複数展開されている。また少数ではあるものの、現代美術やデザインにまつわる上質なグッズも販売されており、実際、僕自身も幾つか衝動買いしてしまった。陳列されている数多くの洋書にはそれぞれの書籍について簡潔な説明が付されたPOPが丁寧に設置されており、和書も一部販売されている。
以前から、恵比寿の「POST」にも定期的に通ってはいたものの、自宅の近所にこのような素敵なショップが新たにできたことは個人的に何より嬉しい。先月には外苑前に、新たに建築とアートを跨ぐ書店「新建築書店 | POST Architecture Books」を新建築社とともにオープンさせたlimArt。その今後の動向にも大いに注目している。