奈良県知事の収蔵品廃棄発言と、その背景にある本当に考えなければならないこと
7月10日、奈良県立民俗博物館における収蔵品保管施設の問題について、同県知事による「明確なルールを決めたうえで、価値のあるものだけ残してそれ以外は廃棄処分することも含め検討せざるを得ない」といった発言が物議を醸している。民俗資料を保存することの意義や、その難しさについて民俗学者・加藤幸治が論じる。

撮影=加藤幸治
アノニマスな造形としての民具
人間が生活の必要から生み出した道具や器物を、民具と呼ぶ。
民具の造形的な意義は、「デザイナーなしのデザイン」の一言に尽きる。身近な素材への理解、アイデアをカタチにする創造性、それを使いこなすコツや熟練につながる暗黙知、目に見えない精霊や神仏に対する想像力、人形や玩具に込められたユーモアやアイロニー……。民具は、人々の知恵や工夫の集積から結実する造形であり、そのアノニマス(無名性)な造形は、結果として理にかなっている。


幸福のイメージがとらえづらくなっている現代社会において、身の丈に合ったもの、身の回りの人々、何気ない日常、自文化の問いなおし、人生の記憶といった、一見とるに足らないありふれたものが、私たちにとって切実な問いを含んでいる。グローバル化が生活の隅々まで浸透し、大きなイデオロギーが解体され、自然環境への人間活動の影響が決定的なものとなっている現代において、生活を取り巻くものに価値を置くことの意味を、多くの美術家やデザイナー、ものづくりにあたる人々が直感的に見出している。