• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「ブラチスラバからやってきた!世界の絵本パレード」(千葉市…
2025.3.23

「ブラチスラバからやってきた!世界の絵本パレード」(千葉市美術館)開幕レポート。絵本づくりの裏側をのぞく楽しみ

千葉市美術館で、ブラチスラバ世界絵本原画展の出品作品を紹介する企画展「開館30周年記念展 ブラチスラバからやってきた!世界の絵本パレード」が開幕した。会期は5月18日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より
前へ
次へ

 千葉市美術館で、企画展「開館30周年記念展 ブラチスラバからやってきた!世界の絵本パレード」が開幕した。会期は5月18日まで。なお、本展は喜多方市美術館(2024年10月12日〜11月17日)からの巡回で、千葉会場のあとも足利市立美術館(5月24日〜7月6日)、うらわ美術館(7月12日~8月31日)、横須賀美術館(9月13日~11月3日)、 砺波市美術館(11月15日〜2026年1月12日)へと巡回する。

展示風景より、ダニ・トゥレン《一等車の旅》

 BIBの通称で親しまれる「ブラチスラバ世界絵本原画展(Biennial of Illustrations Bratislava)」は、スロバキア共和国の首都・ブラチスラバで2年ごとに開催される、世界最大規模の絵本原画コンクールだ。

 本展は、2023年に開催された「BIB 2023」(第29回展)の受賞作品とともに、日本代表として選出された10組の作家の作品や制作における資料を展覧。加えて、作家へのインタビューなどを通して明らかとなった創作の背景を、関連作品および資料を交えて紹介するものだ。また、2005年からブラチスラバ世界絵本原画展を継続的に紹介してきた同館の歴史を振り返る展示にもなっている。

展示風景より、齋藤槙《おしりじまん》

 第1部では国際審査を経て選ばれた、世界各国の11人の受賞作品を一堂に展示している。その一部を紹介したい。

 「BIB 2023」でグランプリに輝いたのは、1978年チリ生まれの絵本作家でイラストレーターの、パロマ・バルディビアによる《問いかけの本》だ。本作はチリの国民的詩人、パブロ・ネルーダ(1904〜1973)の詩集『問いかけの本』の70の質問から生まれたもの。バルディビアは6年をかけてネルーダの全詩を読み込み、赤、黄、ターコイズブルー、黒、白などを巧みに使いながら、愛らしい生物から大胆な構図の幻想的な場面までを描ききった。

展示風景より、パロマ・バルディビア《問いかけの本》

 金牌を受賞した、中国のチン・シンルー(陳巽如)による《牛王祭》は、旧暦四月八日、中国南西部に暮らすプイ族が行う「牛王祭」を描いた作品だ。牛をねぎらい、人々は牛を敬う歌を歌い、感謝と祝福の意を示すこの祝祭。藍染と刺繍を多用した、細かな模様と鮮やかな色使いによるプイ族の華やかな衣装を、大胆なディテールと鮮やかな色彩により表現した。

展示風景より、チン・シンルー《牛王祭》

 同じく金牌のクロアチアのヴェンディ・ヴェルニッチによる《ふしぎな家》は、風変わりな住人が集う不思議な家の舞台にした作品だ。互いを尊重し、調和のとれたコミュニティを、豊かな色彩で細部まで描きこみ、隣人たちの魅力的な特徴を巧みに映し出している。

展示風景より、ヴェンディ・ヴェルニッチ《ふしぎな家》

 金のりんご賞を受賞した、ラトビアのアネテ・バヤーレ=バブチュカによる《ふたりのアルマ》。絵本は、家のとなりにある基地で埋葬があったことをきっかけに、6歳の少女が死を考え始める、イネセ・ザンデレによる物語だ。バブチュカは、少女が生死の営みを受け止め自分に重ねていく様子を、軽やかなタッチでわかりやすくビジュアル化。水性ペンと色船筆をさっと引いたような明るい色調が美しい。

展示風景より、アネテ・バヤーレ=バブチュカ《ふたりのアルマ》

 フィンランドのサンナ・ペッリチオーニ《海のむこうへ送られた子》は金牌作品。第二次世界大戦時、8万人にのぼったとされるフィンランドからスウェーデンなどへの疎開児童。少女の体験したつらい日々を、ペッリチオーニは抑制された色彩と、筆致を残した独特のディティールで表現している。

展示風景より、サンナ・ペッリチオーニ《海のむこうへ送られた子》

 第2部では日本代表として選出されたあべ弘士、荒井良二、きくちちき、ザ・キャビンカンパニー、junaida、堀川理万子ら10組の作家の作品を、作家へのインタビューやラフスケッチの展示などとともに紹介している。

 きくちちき《ともだちのいろ》は、真っ黒い犬の「くろちゃん」に、緑のカエル、赤の鳥、青のトカゲなど、様々な色の友達が好きな色を問いかけていく絵本だ。この「くろちゃん」を表現するために、きくちは紙に墨汁を滲ませていく偶然性を活かしたという。会場では、動物の動きや色を墨汁と向き合いながら表現したきくちの手つきを知ることができる。

展示風景より、きくちちき《ともだちのいろ》

 阿部健太朗と吉岡紗希によるユニット、ザ・キャビンカンパニーの《がっこうに まにあわない》。どうにかして学校に時間通りに行こうとする男の子の前に立ちはだかる困難を、豊かな発想で描いた絵本だ。1分刻みで進む子供の時間とその焦燥感を、ダイナミックな筆致と大胆な構図で表現。迫力ある原画を楽しめるだろう。

展示風景より、ザ・キャビンカンパニー《がっこうに まにあわない》

 堀川理万子《海のアトリエ》は、少女が祖母から海辺のアトリエに暮らす絵描きと過ごした夏の日の思い出を聞く物語。会場ではタブロー作家として長年活躍してきた堀川の絵画やスケッチとともに、絵本の原画が並び、物語の発想の源の在り処をうかがい知ることができるだろう。

展示風景より、堀川理万子《海のアトリエ》

 全国の美術館で個展も開催してきた荒井良二の《ゆきのげきじょう》は、雪とともに生活する町で起こった、男の子、父、友人の小さな事件を描いた作品。会場ではわかりやすいストーリーよりも、コマ割りのように独立したシーンを重ねていく本作の表現を生み出した、大量のラフスケッチを見ることができる。絵本作家が「物語」ではなく「絵」をどのように組み立てて行くのかが可視化された。

展示風景より、荒井良二《ゆきのげきじょう》

 たじまゆきひこ《なきむしせいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語》は、沖縄に40年以上に通い続け取材をしてきたたじまの、集大成ともいえる作品。兵器や軍隊の冷たさと、沖縄の自然や人々の生命感を対比的に演出する手法が、沖縄の悲しい歴史と現状を後世に必ず語り継ぐという作者の強い意志を感じさせる。

展示風景より、たじまゆきひこ《なきむしせいとく 沖縄戦にまきこまれた少年の物語》

 最後の章では「BIBと千葉市美術館の20周年」と題し、これまで千葉市美術館で紹介してきた歴史を振り返り、20年のあいだに受賞した作品の絵本を紹介している。会場には親子で座れる広いスペースが用意され、一部の絵本は実際に手にとって楽しむことが可能だ。

 絵本の原画や背景を通じて、それぞれの作品の伝えたいメッセージを存分に知ることができる展覧会。子供と一緒に鑑賞することはもちろん、絵本の表現を絵画として見る楽しみも与えてくれる、充実した展覧会となっている。