2021.7.9

あなたの中のアートがレジリエンスを発動させる。宮島達男インタビュー

Akio Nagasawa Galleryの銀座と青山の2会場で個展が開催中の宮島達男。銀座ではデジタルカウンターを模したバーを壁面にかける新作オブジェを、青山では手描きの数字をデジタルフォント化した新作ドローイングを発表する。宮島に銀座会場でインタビューを行った。

文・写真=中島良平

宮島達男
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 LEDによるデジタルカウンターで1から9までの数字をカウントし、0を表示せずにダークアウトするインスタレーション作品が世界的に知られているコンセプチュアル・アーティストの宮島達男。「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」という3つのコンセプトのもとに制作を続けており、今回の2会場の個展では、LEDを用いずに手がけた作品を発表した。

 アーティストとしてパフォーマンス表現から出発し、1980年代に東京藝大に通う際の乗換地点だった秋葉原でたまたまLEDのデジタルカウンターを見つけ、「自分の代わりにパフォーマンスをやってもらうという意図で」制作に用いるようになったと語る宮島。そして、90年代中盤以降にはLEDのデジタルカウンターの作品に人が参加してパフォーマティブな表現を行う機会が増え、さらにはLEDではない何かを素材に選び、人が関わることで完成するような表現へと展開していく。

宮島達男「Keep Changing」展展示風景より。手前の玉虫色の作品は、自動車用塗料で塗られたパネルでつくられた
宮島達男「Keep Changing」展展示風景より。サイズも質感も異なる数字が並ぶ

 「大きなきっかけは東日本大震災なのかな。コントロールできない世界というのを感じ、──それはいまのパンデミックのコロナ禍も同じですが──人の手では如何ともしがたい状況が、これだけ科学技術が発達した世の中にもありえたのだということに気付かされました。その事実をアーティストとして真摯に受け止め、人の手による偶然性のような、コントロール不可能な要素を取り込んで自分が掲げてきた3つのコンセプトを表現したいと考えたのです」。

 Akio Nagasawa Gallery Ginzaに展示されているのは、デジタル数字を模した10点のパネル状の作品だ。素材は、鉄やアクリル、漆仕上げの板や大理石などすべて異なる。1日に1名、事前予約をした来場者が0から9までの数字が入った10面体のサイコロを振り、会場内で選んだ作品の数字をそのサイコロの目に合わせて変える。1から9はその数字を、0が出た際には、デジタルカウンターで0を映さずにブラックアウトするのと同様にすべてを外す。そのようなプログラムによって、会場に並ぶ数字の組み合わせは日々変わり続ける。1から9の数字と、0によって生まれる壁面の空白が、存在と非存在や生と死を表現してきたデジタルカウンターの作品と同期していることが感じられる。

宮島達男「Keep Changing」展展示風景より。数字の組み合わせは変わり続ける
宮島達男「Keep Changing」展展示風景より。サイコロの目に従って数字が変更され、外されたパーツも一定のルールに則って床に並べられる
宮島達男「Keep Changing」展展示風景より。この10面体サイコロがインスタレーションの姿を決める

  いっぽうのAkio Nagasawa Gallery Aoyamaの作品は、宮島自身が手書きしてデジタルフォント化した数字が、白い画面いっぱいにびっしりとプリントされた平面作品だ。その数字は、2003年より制作を続ける参加型プロジェクト「Death Clock」に由来する。プロジェクトの手順はこうだ。参加者はまず、自分で決めた「死亡年月日」を入力する。すると、コンピューターのモニターには自分の顔が映され、そこにオーバーラップして「死亡年月日」に向けてカウントダウンが始まる。プロジェクトに参加すると、数字がオーバーラップしたポートレイトが記録撮影され、その写真点数は10000にもおよぶ。5巻の作品集にまとめられており、そこに記録された数字で画面を埋め尽くすようにドローイング作品が完成した。カウントダウンされる数字の0の部分はブランクになっており、1から9だけが用いられている。

宮島達男「Continue Forever」展展示風景より。壁面には4点の平面作品が展示され、中央の展示台には作品集『ARCHIVE OF DEATHCLOCK』5巻が並ぶ

 「一昨年にニューヨークで発表した《Innumerable Life / Buddha》というLEDの作品があるのですが、そこには生命の永遠性というものを表現しました。それをプリントにしたらどういうものになるか、どういう空間が画面に生まれるか、という思いでつくったのがこの作品です。遠目に見ると灰色なだけですが、近寄ってみると無限に数字が広がっています。そして、その一粒一粒が命のように感じられて、その命が変化していくある一瞬を切り取ったようなイメージになりました。無数に広がっている命がわさわさと動き、それが集まってひとつの世界、空間を構成し、その様子は永遠に動き続ける宇宙空間のようなイメージといえるかもしれません」。

 ルーペを手に取って数字の坩堝に入り込むと、膨大な量の数字が自分に跳ね返ってきて、果てしなく広がる空間や、永遠のイメージが脳内に広がる。アートが自分の意識と無意識に入ってきて刺激するようなこの感覚は、宮島が近年提唱する「Art in You」という言葉を想起させる。

 「例えば、夕焼けを見たときに綺麗だと感じる人がいれば、寂しいと感じる人もいますし、人それぞれにいろいろな感じ方やとらえ方があります。また、同じ人でも気分や状況によって感じ方は変わるでしょう。それと同じように、アートに感動したり、アートを理解する回路を人はもともと備えているはずです。自分の琴線に触れる作品と出会うと、自分のなかの何かが湧き上がってくる。想念が起き上がってくるというのかな」。

宮島達男「Continue Forever」展展示風景より。ルーペで作品を覗いた様子
宮島達男「Continue Forever」展展示風景より。作品集『ARCHIVE OF DEATHCLOCK』

 「つまりArt in Youというのは、すべての人がアートをそれぞれ違ったかたちで内部にもっていることを表しています。アート作品と出会ったことをきっかけに、それが発動される。最近、回復力を意味するレジリエンスという言葉をよく聞きますよね。Art in Youにはレジリエンスを発動する力があるので、アート作品を見るとそれが鏡のように作用し、自分を肯定する感覚が生まれるきっかけになるはずです。そういう意味でも、アート体験というのは人間にとってなくてはならないものだと考えています」。

 宮島が考えてきた、人間にとってアンコントローラブルな世界との向き合い方。あるいは、一瞬を切り取ることで永遠を表現することの可能性。宮島達男は自身が大事にし続けているコンセプトをデジタルカウンターとは異なる手法で具現化し、鑑賞者に向かって静かに問いかけてくる。