現代を照射する多様なカウントダウン。「宮島達男|クロニクル1995-2020」が千葉市美術館で開幕
千葉市美術館の拡張リニューアルオープンと開館25周年を記念した、宮島達男の首都圏では12年ぶりとなる大規模個展「宮島達男|クロニクル1995-2020」が開幕。会期は9月19日〜12月13日。
千葉市美術館の拡張リニューアルオープンと開館25周年を記念した、宮島達男の首都圏では12年ぶりとなる大規模個展「宮島達男|クロニクル1995-2020」が開幕した。会期は9月19日〜12月13日。
宮島達男は1957年東京都生まれ。80年代より、LEDのデジタル・カウンターを用いた作品の制作を開始し、87年には自身の制作の根幹となる3つのコンセプト「それは変化し続ける」「それはあらゆるものと関係を結ぶ」「それは永遠に続く」を発表した。
とくにLED(発光ダイオード)のデジタル・カウンターを使用した作品で高く評価され、第43回(1988)と第48回(1999)のヴェネチア・ビエンナーレに参加。2019年には上海民生現代美術館で過去最大の個展「宮島達男:如来(にょらい)」を行うなど、国際的にも高い評価を得てきた。
「宮島達男|クロニクル1995-2020」は、宮島のこれまでの活動を振り返るだけでなく、現在の世界が抱える諸問題について、作品を通じて思考できる展覧会となっている
まず、8階フロアから始まる展覧会の冒頭では、宮島の制作を代表するLEDを使用した作品とは趣の異なる、これまで国内で発表されてこなかった映像作品が展示される。
《Counter Skin on Faces》(2019/2020)は、3人の女性の顔全体に赤、黒、白で塗られた数字がカウンドダウンしていく様子が、それぞれの呼吸音とともに映し出された映像作品。宗教や人種が異なる女性たちの顔に、様々なアイデンティティを想起させる色が塗られることで、異文化に身を置く他者との対話の可能性が示唆されている。
6枚の写真からなる《Counter Skin(colors)All-Ran - #01》(2017)は、人種問題をテーマとした作品。ヨーロッパ、アフリカ、アジア系の男女6名をモデルに、それぞれの腹部に数字のボディペイントが施されている。白、黄、黒といった人種を区別する際に用いられてきた色彩をあえて肌に配色することで、差別や偏見の眼差しそのものを問うている。
08年に水戸芸術館で開催された「宮島達男 art in You」に向けたワークショップで宮島は、広島平和記念公園や沖縄の平和祈念公園など国内4ヶ所をめぐり、参加者にボディペイントをする様子を撮影した。これを契機に始まった「Counter Skin」シリーズは、韓国と北朝鮮の軍事境界線付近など、国外でも広く実施された。展示されている同シリーズからは、人間の身体と国家の境界に対する、宮島の意識が垣間見えるはずだ。
宮島の作品でテーマとなり続けている数字のカウントダウンは、時間とともに死に向かっていく生についてのイメージも想起させる。《Deathclock for participation》(2015-2018)は、鑑賞者に死の日づけを入力させることで、その日までのカウントダウンが開始されるという作品。死までの数字が視覚的に表示されるという恐ろしさを含んだ作品だが、宮島は同作に「残された時間をいかに生きるか」というメッセージも込めたと語った。
宮島が1995年より続けてきた活動である「時の蘇生・柿の木プロジェクト」は、長崎の原爆投下で被爆した柿の木の2世の苗木を世界各地に植樹するというもの。本展の開催に合わせて、千葉市美術館でもこのプロジェクトのワークショップが開催されている。
会場では「時の蘇生・柿の木プロジェクト」の概要説明とともに、98年にニューヨークの国際連合本部で展示された宮島の《ブロンズで型取りされた被爆柿の木2世》(1998)や、このプロジェクトに参加した人々の記憶を9台のモニターでつなぎ合わせた映像作家の林勇気による作品《循環の木》(2020)が展示され、プロジェクトの広がりを感じることができる。
8階の展示の最後には、千葉市美術館の所蔵品と宮島がコラボレーションした作品、《Changing Time / Changing Art》(2020)が展示されている。
宮島は同館のコレクションのなかから、自身が敬愛する河原温、中西夏之、菅井汲、李禹煥(リ・ウファン)、杉本博司の作品を選び、展示室のひと部屋すべてを使用して展示。各作品を覆うように設置されたミラーシートのデジタル数字から、それぞれの作家の作品を覗き見ることができる。
7階では、宮島が80年代前半に東京・秋葉原の電気街で偶然出会って以来、宮島の作品において多様な展開を見せてきたLEDを使用した作品が一同に会する。同じLEDという素材を使用した作品群だが、宮島の興味や問題意識によって様々な問いかけが各作品においてなされてきたことがわかる。
例えば、《Life(le corps sans organs)- no.13》《Life(le corps sans organs)- no.18》(ともに2013)は、人工生命研究の第一人者である東京大学大学院情報学環・教授の池上高志の協力を得て、数字のカウントが互いの関係性によりプログラム自体を書き換え、予測不可能な連鎖を行うモデルを採用。LEDを新たな生命体として扱う宮島の手つきを感じられる。
また、2500個という膨大な数のLEDを採用した《Innumerable Life / Buddha MMD-03》(2019)は、天上ではなく地面の下から出現するとされる法華経の「地湧(じゆ)の菩薩」がイメージの源泉となった。現実の世界の人々すべてに仏性が備わっているというその思想は、LEDの光が無数の命の輝きであるかのような印象をつくりだす。
さらに、最新作となる《HITEN-no.11》(2020)は、2019年より宮島がテーマとしている「不確定性(Uncertainness)」を扱ったもの。宮島が中国・敦煌の莫高窟で見た宗教画に見出した、不確定な世界に抗わず日常こそを見つめ直そうとする思想が作品に込められた。
7階の展示の最後は、1996年の千葉市美術館の開館記念展「Tranquilityー静謐」で発表された大型のインスタレーション作品《地の天》(1996)が飾る。
暗い部屋で光る無数の数字は、96年当時は発表されて間もなく、まだ弱い発光しか実現できなかった青色LEDによるもの。同作は発表の前年に死去した宮島の師である榎倉康二への追悼の意も込められており、それぞれの数字の淡い発光は命の有限性も感じさせるが、同時に榎倉から宮島が引き継いだものを時代を超えて伝えるという永続性も有している。
千葉市美術館を象徴する、旧川崎銀行千葉支店の建築を包み込むように設計された1階の「さや堂ホール」では、《Floating Time》(2000)を展示。床に投影されたデジタル数字が竣工当時の威容を伝える荘厳な柱を照らし出し、同館ならではの演出を実現している。同作のプログラムは、00年当時、終末期医療の患者への精神的ケアを目的とした「時の浮遊ーホスピス・プロジェクト」でも使用された。
なお、5階の常設展示室では、「千葉市美術館コレクション名品展2020 特集 榎倉康二・宮島達男」も同時開催。本展と併せて観覧することで、宮島の制作の原点をより深く辿ることができるだろう。
強固なコンセプトをもとに今日まで制作を続けてきた宮島だが、いっぽうで多様かつ領域横断的な視点によりそのメッセージが有機的に変化し続けてきたことを改めて知ることができる展示となっている。