東京都庭園美術館「ルネ・ラリック リミックス」展で出会う、新たなラリック像。新館には「もうひとつの邸宅」も
ジュエリー作家/工芸作家という肩書を持ちながらも、その枠を超えて芸術家としての道を切り開いたルネ・ラリック(1860〜1945)。7つの章によって、ひとりの芸術家としてのラリック像に迫る展覧会「ルネ・ラリック リミックス」が東京都庭園美術館で開幕。そのハイライトをお届けする。
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19世紀の末から20世紀の半ばにかけて活躍したルネ・ラリック(1860〜1945)。ジュエリー作家/工芸作家という肩書を持ちながらも、その枠を超えて芸術家としての道を生涯切り開き続けた。
今回「ルネ・ラリック リミックス」を開催する東京都庭園美術館では、昨年2月にも「ルネ・ラリック アール・デコのガラス モダン・エレガンスの美」を開催。長野・諏訪の北澤美術館の潤沢なコレクションからガラス工芸を中心にラリックの作品を紹介したが、今回は、また異なるアプローチで企画された展覧会だ。
ラリックはアール・ヌーヴォーやアール・デコといった同時代の芸術潮流とともに、キュビスムを始めとする当時の先端芸術も取り入れながら、独自の作品に昇華させたが、こうしたラリックの「リミックス」的な要素に着目。7つの章によって、当時の文化や芸術の影響関係を結実させた、ひとりの芸術家としてのラリック像に迫る。
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東京都庭園美術館はかつて朝香宮邸だった邸宅建築であるが、その正面玄関にあしらわれた女性像のガラス・レリーフはラリックのデザインしたものだ。このレリーフが見える大広間に、朝香宮家が所有していたラリックの花瓶やペンダントが展示され、最初の章「イントロダクション:ルネ・ラリックと朝香宮邸」を構成する。
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繊細な意匠を持つジュエリーの数々もラリックの持ち味だ。第2章「ルネ・ラリックのジュエリー」では窓からの光が入る大客室でジュエリーを展示。有機的なモチーフに多彩な解釈を加えて制作されたその造型を、様々な角度から自然光により楽しみたい。
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庭園美術館の展覧会では、いつも工夫を凝らした展示が施される円形の張り出した窓が特徴的な大食堂。今回は第3章「複数の自然」のハイライトとも言うべき、テーブルウェア《ニッポン》(1930)を中心とした、テーブルセットが設置された。ガラスケースのなかでの展示とはまた趣が異なる、生活を彩った作品群が、往時の生活様式への想像を掻き立てる。この章ではほかにも動植物をモチーフに発展させた様々な作品を見ることができる。
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2階の第4章「古典の再生」や第5章「エキゾティシズムとモダニティ」は、古代ギリシアや古代エジプトの神話や彫刻をモチーフとした作品や、モダニズムの洗礼を受けた作品が各部屋で展示される。意匠の美しさもさることながら、その発想をプロダクトとして具現化させるためにプレス成型や型吹きといった技術が使用されており、デザイナーとしてのラリックの手腕にも注目したい。
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第6章は一転して「女性たちのために」と名打たれている。戦間期に社会進出を果たしたモダンな女性たちのイメージは、ラリックの社のプロダクト開発を牽引。女性向けのアッシュトレイやシガレットケース、香水瓶などがつくられた。こうしたブランディングは今日では化粧品産業のマーケティングの定石となっており、ラリックの先見性が感じられる。
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そして、今回の展覧会のなかでもとくに印象的なのが、新館で行われる7章の「装飾の新しい視点をもとめて」だ。この章では、新館のギャラリー1に、建築家の中山英之による「もうひとつの邸宅」を展開。窓辺にラリックの作品が飾られた邸宅をイメージした什器が、ホワイトキューブの展示室内に現れた。
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この章では、絵画や彫刻よりも下位の装飾美術とされてきた工芸品の価値を、ラリックがいかにして高めていったのかを「ユニーク・ピースとしてのシール・ペルデュ」「プロダクトデザイナーとして」「アール・デコ博覧会|時代の象徴」「都市空間と装飾」の4つのキーワードで探る。
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邸宅をイメージした什器の外観とは一転して、スペースの内部はグラフィック・デザイナーの岡崎由佳による、立体的な図鑑の世界をイメージした展示空間だ。ラリックの作品や資料を、図鑑のように体系的に整理しながらも、鑑賞者が多方向から作品を鑑賞できる展示が試みられている。
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これまでの東京都庭園美術館の展示は、朝香宮邸という歴史的にも建築的にも強い意味を持つ建物を活かしたものが中心だった。今回の展覧会ではその路線は引き継ぎつつも、新館での新たな試みが新鮮だ。
邸宅という生活空間のなかに配置され、生き生きとした表情を見せるラリック作品を楽しめるだけでなく、そこに込められた技術や思想も丁寧な構成から知ることができる展覧会となっている。
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