2021.6.18

「Tokyo Contemporary Art Award」第1回受賞者、下道基行と風間サチコの受賞記念展をレポート

2018年から東京都とトーキョーアーツアンドスペースが運営する「Tokyo Contemporary Art Award(TCAA)」。中堅アーティストのさらなる活躍をサポートするために創設されたこの賞の第1回受賞者、下道基行と風間サチコの受賞記念展が東京都現代美術館で開催されている。

文=中島良平

展示風景より 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース
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 TCAAの受賞者に授与されるのは、賞金300万円、国内外での発信に活用できるモノグラフ、海外での活動機会、そして、受賞2年後に東京都現代美術館で開催される受賞記念展の開催機会だ。無料で開催されていることもあって、開催中のライゾマティクス展やマーク・マンダース展を目的とする来館者も受賞記念展に足を運び、その展示の充実ぶりを評価するアンケートも集まっているという。

展示風景より、左の壁面は風間サチコと下道基行の初期作品 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 前半が下道基行の展示だ。移動を繰り返し、その土地のリサーチをすること、出会った人々を巻き込んだプロジェクトを企画することから制作を行い、2019年の第58回ヴェネチア・ビエンナーレ日本館の代表作家のひとりに選出されたことも記憶に新しい。最初に登場する作品は、《瀬戸内「   」資料館》。直島在住の下道は、かつての島民の娯楽の場「パチンコ999」を改装した「宮浦ギャラリー六区」をさらに改装し、「何かしら」のテーマを決めて収集した資料を保存公開する資料館を手がけ、館長を務めている。

展示風景より、右は下道基行《瀬戸内「   」資料館》 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 新しい視点をもって日々の風景に「何かしら」を発見し、過去から掘り出した資料から学び、未来を創造する糧とするこのプロジェクト。第1回は瀬戸内出身で今年没後20年を迎えた写真家、緑川洋一をテーマに実施した。瀬戸内を色彩豊かに撮り続けた彼の初期白黒写真に加え、遺族のもとに通い、愛用のリュックサックや三脚、作品の構想を練る際に用いた未公開のファイルや手書きメモなどを借用して展示した。そして第2回は、《瀬戸内「百年観光」資料館》。直島の位置する備讃瀬戸を紹介する観光ガイドブックを100年前まで遡り収集し、「観光」の視点から瀬戸内を見直す展示を実施した。

展示風景より、下道基行の作品群 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 会場を進むと、参加者である14歳の中学生参加者が「身の回りにある“境界線”」を探し、それを文章に書いてもらい、地元新聞の連載として発表するプロジェクト《14歳と世界と境》を紹介。2013年のあいちトリエンナーレで始まったこのプロジェクトは、尾張と三河というふたつの地域に分かれ、奇しくもその境界を境川という川が流れていることに着想したのだという。大人と子どもの境目ともいえる14歳という年齢。中学生が書いた文章は新聞に連載形式で掲載され、様々な大きなニュースと並ぶ。さらには韓国や香港、岡山などでもプロジェクトを実施した。

展示風景より、下道基行《14歳と世界と境》 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 下道が一貫して行っているのは、丹念なリサーチとそこからの発想の展開だ。ヴェネチアで発表した《津波石》なども展示され、下道がどのような視点で収集と展示に向けての編集を行ったのかが見えてくる。単なる収集でもリサーチでもなく、そこに詩的な描写力が働いていたり、見た人の創造性を誘発するような組み合わせ、具体化する表現力が感じられるのだ。下道の移動の軌跡を追体験させるような、各プロジェクトを島のように配置し、照明を当てた展示デザインも秀逸だ。

展示風景より、奥の映像は下道基行《津波石》 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 次の展示室に移ると、風間サチコの版画作品が集められている。最初に山をテーマにした作品が続く。富士の樹海、セメント採取によって切り崩された山、黒部市美術館での個展の際に制作した、黒部ダム開発を影で支えた人たちにインスパイアされた作品。《ゲートピアNo.3》では、神聖な自然崇拝の対象であるいっぽう、人々のエゴイズムによって開発対象の土地でもある山を描いた版画作品と、一点を刷ったあとに彫刻刀で加工した版木が展示されている。エディションを刷ることなく、版画もあくまでも魂を込めたユニークピースと考える作家の姿勢が展示の冒頭から伝わってくる。 

展示風景より、風間サチコの作品群 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 黒い壁面に囲まれた展示室に足を踏み入れると、そこに展示されているのはトーマス・マンの小説『魔の山』をモチーフとする作品の数々。主人公のハンス・カストルプという青年が、第一次大戦前に療養中の従兄弟をアルプスのサナトリウムに訪れることから始まるこの小説。ハンスは見舞いに訪れたサナトリウムで結核にかかっていることがわかり、健康でもなく重症でもない状態のまま7年を過ごすことになってしまう。風間はコロナ禍の私たちの日常とその状況に共通点を感じ、新作のモチーフにこの作品を選んだのだという。 

展示風景より、風間サチコ「肺の森シリーズ」(両側6点) 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 左右の肺を樹木に見立て、あるいはそれを戦車の描写とシンクロさせるなど、「肺の森シリーズ」と題した連作には、肺病のサナトリウムの描写に始まり、ハンスが山を降りるきっかけが第一次世界大戦の招集だったという小説の展開までが重層的に織り込まれている。コロナ禍で休館となった連休中に作家が自身のブログで、環境問題において森林地帯を「地球の肺」と喩えることがあると前置きしたうえで、「肺の森シリーズ」を興味深く紹介していた。

 「『肺の森シリーズ』6点の1作目のタイトル《LUNGENWALD》はドイツ語の肺=Lungenと森=Waldを繋げた造語で、各肺葉を組まなく巡る血管を樹木の細かい枝に、それを護る甲冑のような肋骨と背骨を幹に見立てた絵になっている。枝葉が枯れると光合成や呼吸が死んでしまう『地球の肺』同様に、人間の肺葉も、血管や肺胞などが炎症でやられると呼吸ができず死んでしまう」。

展示風景より、風間サチコ「肺の森シリーズ」(左3点) 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 展示冒頭の山がモチーフの作品から、『魔の山』に現在の私たちの社会状況を重ねた作品、また、後半に展示されているオリンピックや東京の景色をダークに描写した作品など、大型の作品の展開に圧倒される。色々な場面で生じる違和感が風間の制作の原動力となり、それが力強い版画のモノクロに昇華していることが伝わってくる。

展示風景より、左から風間サチコ《ディスリンピック2680》《噫!怒濤の閉塞艦》《獄門核分裂235》 撮影=髙橋健治 画像提供=トーキョーアーツアンドスペース

 今回はコロナ禍で海外への移動は制限されたが、今後も受賞者は賞金、海外活動の支援、モノグラフの制作、受賞記念展の開催までをワンセットとしてTCAAは続く。新人の支援だけではなく、中堅アーティストの活動をさらに押し出していくことで、日本のアートシーンの土台はより強固になっていくはずだ。