デジタルクリエイティブがひらく、未来の芸術文化拠点。CCBTが目指す「ラボ」のすがたとは
デジタルテクノロジーを活用し、人々の創造性を社会に発揮するための活動拠点として2022年10月に渋谷にオープンした「シビック・クリエイティブ・ベース東京 [CCBT]」。そのオープニング記念企画として世界の文化拠点からゲストを招いてその活動を紹介するトークイベント「ハロー!ラボラトリーズ!Vol.01:ラボで駆動する、世界の文化拠点」が2月25日に実施された。
デジタルテクノロジーの活用を通じて、人々の創造性を社会に発揮するための活動拠点として2022年10月渋谷にオープンした施設、シビック・クリエイティブ・ベース東京(以下、CCBT)。そのオープニング記念企画として世界5都市の文化拠点からゲストを招くことで各都市の芸術文化活動を紹介するトークイベント「ハロー!ラボラトリーズ!」が2月25日に実施された。テーマとなったのは「ラボで駆動する、世界の文化拠点」だ。
このイベントは「アートとデジタルテクノロジーはいかにして人々の創造性を社会に発揮しうるのか」をテーマに、世界各地で取り組まれているイノベーションやコラボレーションの事例からその可能性を探るもの。それらを踏まえてCCBTが社会に与えうる影響について考え、共有することが目的となっている。
ゲストは、Watershed CEOのクレア・レディントン(イギリス・ブリストル)、Waag Futurelab「Make」代表「Open Wet Lab」責任者のルーカス・エバーズ(オランダ・アムステルダム)、Taiwan Contemporary Culture Lab(C-LAB)マーケティング&パブリック・プログラム部長のリウ・ユーチン(台湾・台北)、そして日本からは山口情報芸術センター [YCAM] 社会連携担当の菅沼聖(日本・山口)とCCBTの廣田ふみ(日本・東京)の5名が参加した。それぞれユニークなラボの特徴を紹介しよう。
Watershed(イギリス・ブリストル)
イギリス南西部の港湾都市・ブリストルを拠点に設立されたWatershed。その現CEOであるクレア・レディントンは、同都市について「クリエイティビティとイノベーションが有名で、独自の可能性を生み出し、持続可能な多様性を受け入れる土壌がある」と語る。国際的に有名であるバンクシーやマッシヴアタックなどもブリストルをベースに活動するアーティストの一例だ。
同施設は1982年にイギリス初のメディアセンターとして誕生。ハーバーサイドに位置し、地域のコミュニティ活動と「一体感」を持つことでその価値を高めてきた。施設内では3つのシアタールームとカフェバー、会議スペース、そして「Pervasive Media Studio」というコワーキングスペースが運営されており、アーティストのみならず周辺に住む地域の人々も利用できるという点で、テーマである「一体感」を生み出す基盤を形成していると言える。
なかでも映画会社が約130以上存在し、スタートアップもデジタルメディア会社も共存しながら活動を行うという独自の文化を持つブリストルにおいて、あるテーマについて議論を深めたり、創作活動の起点となるのは商業、文化、芸術が交差する「映画」だ。そのため、同施設にある3つのシアタールームでは多種多様な映画作品が上映されており、議論の場を積極的に生み出すとともに、その収入はさらなる施設運営に活用されているという。
同施設の核となる活動はほかにも存在する。2008年に設立したWatershed、西イングランド大学、ブリストル大学のコラボレーションプロジェクト「Pervasive Media Studio」は、テクノロジーをより遊び心のあるものとして持続可能な世界へと結びつけることを目的とするもの。約180人のアーティストが滞在しており、同スタジオでは作業のためのデスクやリソース、アドバイスを無償で提供している。
このスタジオで個人や企業によって生み出された様々なプロジェクトは、主に教育機関や医療施設、地域のケアシステムなどで披露されており、活発なコミュニティと議論の場を創出することに役立てられている。
このような未知のプロジェクトを創出するためには何が必要か。それについてレディントンは「人財の多様化」「人との協働」を挙げるとともに、Watershedの今後の役割を、「テクノロジーをうまく使って社会における問題を可視化、未来へのコミットメントを促す」ことであると話した。
Waag Futurelab(オランダ・アムステルダム)
オランダ・アムステルダムの文化拠点であるWaag Futurelabは、テクノロジーは文化のひとつであるという考えのもと、社会におけるテクノロジーのあり方を観察し、市民と協力をしながら、より良いテクノロジーを提供するための体験設計を行っている。同施設のルーカス・エバーズによると、そこにはアートや科学、様々な技術が関与することが大切であり、社会変化に必要な手段となるのだという。また、それらを実現するための指針となるのは「公平性」「開放性」「包括性」といった3つの価値観だとも述べる。
同施設は400年以上前に建設された計量所の門を活用し運営されており、現在ではこの研究コミュニティに市民を巻き込みながら「持続可能な公正社会の実現に向けた研究設計開発」に貢献することが目的となっている。
活動は主に「リサーチ」「アカデミー」「パブリックイベント」に分類されており、リサーチ分野はさらに「Code」「Life」「Make」といった3つの視点で推進されている。既存の世界に疑問を持ち、誰が何をつくるべきかというところから吟味し、オープンラボで実験を行う「Make」ではエバーズが代表を務めている。
アカデミーの分野では、デジタルテクノロジーやバイオサイエンスを学習・実験をすることで、ライフサイエンスを新たな視点からとらえる取り組みとして、現在は「バイオアカデミー」「ファブリックアカデミー」「AI アカデミー」などいくつかのアプローチが実施されている。
そして同施設がいまとくに力を入れているのが、「パブリックイベント」だ。ツールキットなどを参加者に提供し、それぞれの周辺環境へのアプローチを図ることで、テクノロジーを用いた共創をイベントの目的としている。
エバーズは「一般市民が自身の過ごす環境のなかでこのように参加してもらうためには、連携を図ることがとても重要だ」と強調する。環境をセンシングし、テクノロジーをベースとして活用しながら公共に価値を生み出すことで「Co-creation(共創)」をつくり出すこと、そして社会全体に推進していくことがWaag Futurelabとしての目標であると語った。
Taiwan Contemporary Culture Lab(C-LAB)(台湾・台北)
1930年代、日本による台湾総督府の工業研究所であったという歴史を持つ場所に建つTaiwan Contemporary Culture Lab(以下、C-LAB)は、現在台湾の文化とイノベーションを先駆する施設として2018年に政府によって設置されたものだ。
C-LABのマーケティング&パブリック・プログラム部長のリウ・ユーチンによると、同施設ではアート、テクノロジー、社会の3つの柱を掲げ、財團法人臺灣生活美學基金會(the Taiwan Living Arts Foundation of the Ministry of Culture)による運営と文化庁の支援を受けながら、約50人の職員が日々研究に勤しんでいるという。
同施設では「現代アート・プラットフォーム」「テクノロジー・メディア・プラットフォーム」といった2つのプラットフォーム有している。「現代アート・プラットフォーム」では、実験的でクリエイティブなコンセプトや生産技術、展覧会など様々な方法のプレゼンテーションを奨励し、クリエイティブと技術の人材をマッチさせることでプロジェクトの推進を図るものだ。
もうひとつの「テクノロジー・メディア・プラットフォーム」では、テクノロジーを軸に据えた実験を中心に、イノベーション、社会的なつながりにフォーカス。内部には、「フューチャー・ビジョン・ラボ」「台湾サウンドラボ」の2つが設けられており、文化とテクノロジーの両分野で機能できるような設計が重視されている。
C-LABの大きな目的は「文化的な生態系の0→1をつくり出すこと」だとリウは語る。1というのは、パフォーマンスや展示プレゼンなど、美術館や博物館、ギャラリー、オープンスペースで共有されるアウトプットのようなもの。そして、0はその対局にあるクリエーションの段階だ。同施設はその狭間に位置することで、リサーチ研究やワークショップ、そしてそれに関する意見交換の場を数多く創出。それらをよりオープンに実施していくことがプロジェクトの進展や施設の認知拡大につながっていくと話した。
施設の認知拡大には様々なイベントプログラムや発信も意欲的に実施している。Youtubeでは「C-LABの1日」を垣間見ることができる動画も配信されており、周辺を巻き込むための発信に非常に力を入れているといった印象だ。
シビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT](日本・東京)
2022年10月23日にオープンしたばかりのCCBTは、東京都と東京都歴史文化財団が主催となり運営。発見、共創、開発、連携の4つをビジョンとして掲げ、それに対応するコアプログラム「CCBT Meetup」「アート・インキュベーション」「未来提案型キャンプ」「アート×テックラボ」をスタートさせた段階だ。
運用を始めたばかりのCCBTには現状ラボは存在せず、今後はそれらをどのように形成していくかが大きなテーマとなっている。
CCBTの方向性についてコラボレーションメンバーの齋藤精一(パノラマティクス主宰)は、市民自らがつくり手となり、発揮していく場所となることを目指す「コンピテンシー(Competencies)」と、それらをサポートできるプラットフォームを醸成する「コンポーザビリティ(Composabillity)」という2つの視点から説明している。これらを実現するためにラボが必要不可欠なのだと廣田は語った。
国内でアート&テクノロジーをテーマにしたコミュニティーやコネクティブの活動が散見されるようになったのは1951年まで遡る。そこから、ラボというものを施設に置き、全面化させたのは91年の「キヤノン・アート・ラボ」だ。それ以降、芸術と科学を併合した教育機関も増え、03年にはYCAMインターラボを中核とした国内初の公立施設が設立された。その後、国立のラボ構想もあったが、実現には至っていない。
2020年以降はコロナによる影響もあり、国内においても情報テクノロジーの活用がいままでよりも喫緊の課題となったと言える。このような潮流のなか、CCBTにラボをつくり出すにはいったいどのようなものがふさわしいのだろうか。先行する様々な事例や意見を取捨選択しながら、新たなラボの誕生が期待される。
山口情報芸術センター[YCAM](日本・山口)
2003年に山口県山口市に開館した山口情報芸術センター [YCAM](以下、YCAM)は、メディア・テクノロジーをテーマとしたアートセンターだ。センター内には劇場やシネマ、図書館、スタジオ、展示スペースなどを設置。スタジオはいわゆるラボの機能を持つスペースとなっており、スタッフが使用しやすいように機材はつねに変わっていくのだと社会連携担当の菅沼は語る。
YCAMはメディア・テクノロジーの応用可能性の追求を基本に、「芸術表現」「教育」「コミュニティ」というミッションを重要視している。公共的な組織であることを前提としたテーマ設定と、スタッフの多様性を重要視しているという。
同センターでは主にメディア・アートの制作を行い、山口から世界へ向けて作品を発信。制作者は基本的に山口市で滞在制作を行い、YCAMのラボと協力をしながら進めていくことが多いそうだ。
現在までYCAMが発表してきたオリジナルのメディア作品や教育プログラム、パフォーミングアーツはその数350作品以上であり、約200以上が世界巡回を実施している。このような活動を続けていくなかで、様々な技術や研究要素、アイデアがスタッフのなかにも蓄積されていき、同センターはアイデア同士を結びつけるような立ち位置にも変化していったという。
そのような状況で立ち上がった研究開発プロジェクト「YCAM バイオ・リサーチ」では、新たなプログラムやワークショップが展開された。 名前のわからない葉っぱを採取し、その名前をDNAを用いて解析し、 ウェブ図鑑をつくるワークショップ「森のDNA図鑑」や、YCAMが蓄積してきた技術やアート的な知見を活かし、参加者が運動会の種目を生み出す 「スポーツハッカソン for kids」がその一例だ。
メディア・アート制作を通じて生まれたテクノロジーやコミュニケーションの知見を、参加者とのコラボレーションやオープンソースといったかたちで社会に還元していくというのがYCAMのラボのあり方なのだ。
クロストーク
また、本イベントでは各都市の登壇者発表後、ラボの解像度をより深めるためのクロストークも実施。そこではラボそれぞれに異なる意見が交わされた。
例えば、ラボ運営における人的・空間的な規模の満足度について、Watershedのレディントンは「すでにラボには110人おり、これ以上増やす必要はないと感じている。空間や機材などはメンバーにとってラボが1番良い場所である必要がある」と述べ、Waag Futurelabもこれに同意する。いっぽう、台湾の文化部が支援しているC-LABでは、「拡大を望んでいるものの、ラボの場所は広いが使用範囲が6〜7割に制限されていたり、コロナの影響もあり政府による拠出金が減っている実情もあり、課題である」という。国や都市の方針がラボの運営に影響することも留意する必要がありそうだ。
また、資金獲得については全員のなかで大きな課題意識があるようだ。運営のみならずラボのメンバーに支払う給与などの確保は、プロジェクトを推進するためにも喫緊の課題と言える。これらについてはビジネスモデルとメンバーに対価を支払うための平等な評価基準が必要となってくるだろう。
答えのないラボのかたち。それは社会の変化を見極めながら、流動的なそのすがたを模索していく必要がありそうだ。日々の試行錯誤と、今回のイベントのような意見交換を行うことが、未来の文化拠点を育てていくには有用であろう。CCBTの今後と新たなラボの誕生に期待が高まる。