近未来の都市はどのように描かれるのか。内藤廣×STUDIO4℃による映画『ハーモニー』の世界観に迫る
内藤廣による大回顧展「建築家・内藤廣/Built と Unbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」が島根県立石見美術館で12月4日まで開催中。関連プログラムのひとつである「映画『ハーモニー』上映&スペシャルトーク『未来の都市をどう描く?建築×アニメ』」の様子をお届けする。
建築家・内藤廣による大回顧展「建築家・内藤廣/Built と Unbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」が島根県立石見美術館で12月4日まで開催中。それにあわせ、同展で公開されている内藤の「Unbuilt(実際には建てられていない)」建築にフォーカスした関連プログラムのひとつ「映画『ハーモニー』上映&スペシャルトーク『未来の都市をどう描く?建築×アニメ』」が島根県益田市唯一の映画館Shimane Cinema Onozawaで開催された。
映画『ハーモニー』はSF作家・伊藤計劃の原作小説をもとに、STUDIO4℃によってアニメ映画化された作品。原作はゼロ年代ディストピアSFの金字塔としても名高く、国内外で数々の受賞歴を誇る作品だ。
21世紀後半、<大災禍>と呼ばれる世界規模の核戦争による混乱を経て、それへの反省から人類は高度医療発達社会を築き上げた。医療技術の発達により病気は駆逐され、見せかけの優しい倫理観に溢れるユートピア社会が実現した。そんなまやかしの社会に反抗する3人の少女は、自死という究極の自由を選択する。
それから13年後、死に損なったトァンは、再び世界中で勃発する混乱の影に、ひとり死んだはずの少女の姿を見る。
果たして人類は、‘ハーモニー’の世界を迎えるのか?
(STUDIO4℃「『ハーモニー』MOVIE 2015 / 119min」より一部抜粋)
作中には60年後の近未来都市やモビリティなどが描かれており、その構想時に内藤廣建築設計事務所が関わったことが今回のイベントの経緯でもある。少し先の未来、我々が過ごす都市空間はどのように変化していくのか。イベントの様子をお届けする。
SFにおける「近未来の都市空間」はどのように表現されるのか
作品の上映後に行われたトークイベントには、内藤廣をはじめ、STUDIO4℃プロデューサー・田中栄子、そして制作時に内藤の事務所で本作を担当をしていた湯浅良介が登壇。当初考えていたという食虫植物のような空港や、マンタのかたちを模したモビリティの設計案について、当時の構想やアイデアスケッチをスクリーンに映しながら振り返った。
作中に登場する、ケルト神話における生命と医療・技術の神の名前を冠した中心都市ディアン・ケヒトの一部は国際連合の建物をイメージしたものであり、大学施設は東京大学を参照しながらその100年後の姿を想定してデザインされたものだという。これについて内藤は「SFの世界においてまだ見ぬ未来のリアリティを出すためには、現実世界と未来的な部分を融合させて鑑賞者に伝える必要がある。元々あるイメージを混ぜないと鑑賞者に認識されない」と語り、同様の質問に田中は「(アニメーション制作は)イメージが何もないところから始まるため、どれだけその世界観を信じさせるかが重要。現在と地続きである近未来において、新たなテクノロジーやまだ見ぬものがどのように人々の生活と関わっているのかを意識している」と語っていた。
STUDIO4℃と内藤廣建築設計事務所がタッグを組んだことで、伊藤計劃原作の世界観をさらに底上げすることが可能となったのだろう。
未来を見通せないデベロッパーは不要? これからの社会に必要な視点は何か
世界観の構築というトピックから派生し、「アウトプット(内藤の場合は建築や都市設計)のゴールを現在と未来のどこに設定するのか」という湯浅の質問に対して、内藤は「『未来のわからなさ』に対して怖いという感覚を持つことが重要だ」と、近年の目まぐるしい環境変化におけるゴール設定の難しさについて語る。さらに「都市計画は20年先くらいのことを考えて設計するが、大体その通りにならない。想像できない未来に対する恐怖を感じない人間が都市計画を行うのは危険なことと言える。今後、マニュアルに囚われ、未来を見通すことができないデベロッパーは退場させられても仕方がないだろう」と関係者ならではの視点で懸念を述べていた。
これらのトークを踏まえ、観客からはいくつかの質問が登壇者らに投げかけられた。「人の生活から何をヒントに未来をとらえているのか。建築を設計するときに何を信じるのか」という質問に対し、湯浅は「自分の感覚に嘘をつかないことが重要。正直なところ、他者のすべてを理解することは難しいし、理解できたと感じること自体が危険」であると語る。内藤もこれに賛同するように「建築や都市をつくるときに大事なのは、自分に嘘をつかないようにできるかどうか。年齢や立場は違えど相手も同じ人間であり、ひとつの時代を生きている。そう思いながら相手とコミュニケーションを交わすことが重要だ」と内藤事務所ならではの価値観について語った。
さらに、「映像表現と建築の視点からメタバースについてどのように考えるか」という質問も挙がった。田中はアニメーション制作の視点から「あまり特別視していない。映画館もある意味メタバースと言えるため、メディアの多様化であると考えている」と回答。また内藤も「現時点では大したことはないと考えている」としながら、こう見解を述べた。「バーチャルが拡充するにつれて必ず話題に上がるのは、フィジカルをどうするかということだ。例えば、90年代はパソコンの時代と言われるが、いっぽうでJリーグの時代でもあった。フィジカルは建築であり都市の領域。ここでの体験が今後さらに重要になってくるだろう」。
日本を代表する建築家の回顧展と国内外で高い評価を得るSF作品。一見関連性を見出しづらいこのふたつのテーマが交差したこのイベントはある意味特殊であった。だからこそ生まれ得た独自のトークテーマや切り口があり、映画鑑賞に加え、新たな視点を共有し合う場となっていた点からも実施した意義があったと言えるだろう。
ちなみに、会場となった「Shimane Cinema Onozawa」は、2008年に廃業した島根県益田市の映画館を、21年にクラウドファンディングによって復活させたもの。レトロな雰囲気も感じさせ、益田市民の憩いの場のひとつにもなっている場所だ。企画展「建築家・内藤廣/Built と Unbuilt 赤鬼と青鬼の果てしなき戦い」に足を運ぶ際は、ぜひこちらにも訪れてみてほしい。