2024.11.19

「印刷と幽霊」展で探究する、写真の自由さと不確かさ。吉田志穂×小池俊起 対談

東京・八重洲のアートセンターBUGで、吉田志穂による個展「印刷と幽霊」が12月1日まで開催中だ。主に写真プリントやプロジェクターで投影したイメージを作品素材に用いてきた吉田が、今回初めて挑んだのは「印刷物」だった。本記事では、展覧会の告知物デザインのみならず、本展全体に深くコミットしたデザイナー・小池俊起と吉田による対談をお送りする。ふたりが展示に込めた意図と、目指した地点はどのようなものだったのだろうか。

聞き手=山内宏泰 撮影=手塚なつめ

左から、吉田志穂、小池俊起
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 リクルートホールディングスが運営する東京・八重洲のアートセンターBUGで、吉田志穂による個展「印刷と幽霊」が12月1日まで開催中だ。アナログとデジタルを往還しながらかたちを成していく写真作品を、展示空間の特性に馴染ませたインスタレーションとして展開するのが吉田の作風である。これまでの約10年のキャリアでは、主に写真プリントやプロジェクターで投影したイメージを作品素材に用いてきた吉田が、今回初めて挑んだのは「印刷物」だった。オフセット印刷機で大量に複製しながら、意図的に発生させた予期せぬエラーを積極的に取り入れ制作された作品群で、会場は埋め尽くされている。

 本記事では、告知物デザインのみならず、本展全体に深くコミットしたデザイナー・小池俊起と吉田による対談をお送りする。ふたりが展示に込めた意図と、目指した地点はどのようなものだったのだろうか。

「印刷」「幽霊」は、かねてより気になっていたテーマ

小池俊起(以下、小池) 吉田さんの作品や展示は、お会いする前から目にしたことはあって、こういう写真家こそ写真集をつくるべきだと勝手ながら考えていました。本をつくるということは、ひとつの新たな空間をつくるような作業でもあるのですが、吉田さんは空間に対する意識が強く、展示にも独自性があるので、その特性は写真集づくりにも生きるはずだと思ったんです。そんななか、偶然お会いする機会があったので、吉田さんに初対面で直接「写真集をつくりませんか」とお伝えしました。

吉田志穂(以下、吉田) 私も写真集は以前からつくりたいと思っていました。写真をやっている人間にとって、写真集は成果物のひとつの基本形ですから。小池さんにお声がけいただいたことで心が決まり、2020年から取り組み始めて、翌年に刊行したのが『測量|山』(T&M Projects)でした。

小池 実際の写真集づくりの作業は、レイアウトデータに互いが手を入れて、それを往復することでかたちにしていきました。出力したダミーブックも何度もつくり、それを見てはまた直し、とかなり密にやりとりをしました。

吉田 商業出版の本を制作するというより、もっと長いスパンで「作品をつくる」感覚で進めていけました。印刷のおもしろさを知ったのもこのときです。本を印刷する過程を間近で見ていると、「こんなに高解像度(高線数)で印刷できるのか」とか「ここまでスミの締まった印刷ができるのか」など、驚きがたくさんありました。そこから、これならゼラチンシルバープリントにも劣らない写真表現ができるかもしれないと思い、印刷を用いて作品をつくる感触を得ていきました。そういったタイミングで、BUGで展示をしないかとお声がけいただいたので、ならば小池さんと一緒にやらせてほしいと返答し、本展の構想がスタートしました。

小池 以前から印刷で何かやりたいというプランがありましたね。

吉田 はい、写真集制作以降、印刷物を扱った展示をしてみたいと思っていました。また、もうひとつのテーマである「幽霊」というのも、じつはここ数年ずっと気になっていたことでした。このところ世のなかではオカルトブームが再来しており、モキュメンタリー小説や映像などを私も好きでよく見ていたんです。ある港の航空写真にあり得ないかたちで船が存在するように見えることがちょっとした騒ぎになっていたり、リミナルスペースという言葉がネットミームになって創作物の題材になっていたりと、実態のない物に人の関心が向いている時代なのかなと感じていました。

 この「印刷」と「幽霊」という2つの言葉を軸に展示をつくろうと決めて探索していくなかで、最初に着目したのは、カメラのレンズ内に光が入ることで、円形などの写り込みが生じてしまう「ゴースト現象」でした。本来ここにはないけれど、レンズを通すと現れるものをゴーストと呼びます。そうした現象を見ていると、まるでカメラに意思があるようにも思えてくるんです。調べているうち、写真のみならず印刷の世界にもゴーストがあると知り、それはいったいどういうものかを小池さんに尋ねました。

小池 印刷におけるゴーストとはすなわちエラーのことで、絵柄の都合で予期せぬ濃淡ムラが出てしまう現象を指します。印刷現場ではトラブルエラーととらえられ、なるべくゴーストを出さないようオペレーションしています。今回の作品制作では、文字通りのゴースト現象は扱わなかったものの、そういった印刷上のエラーを逆手にとってテーマとするのは、おもしろい発想だという話をしました。

展示風景より 撮影=加藤健

吉田 これまでの私の制作は、インクジェットプリントもゼラチンシルバープリントも使うとはいえ、写真プリントの範囲内で展開していましたから、印刷という分野に足を踏み入れるのはまったく新しい挑戦でした。印刷を使うとなると、制作の途中で作品が自分の手を離れてしまうことになるのですが、そこに不安や不満はなく、むしろおもしろそうだと感じられたんです。

小池 自身の意思以外のものを平然と介入させるのは、吉田さんの創作における大きな特長だと思います。批評家の沢山遼さんが、吉田志穂の作品を評する文章のなかで、写真が持つ性質について以下のようなことを述べています。

現代において写真は、事後的な加工をいかようにも引き受けることができるという意味で、とくに「開かれた」媒体である。写真の様態は、つねになんらかの外部の対象の侵入によって損なわれた状態で存在する。あるいはそのような状態において、写真の物質性は、つねに、毀損され、壊れた状態において持続しているのだと言い換えてもよい。写真は、半壊の、あるいは下半身のない幽霊のような半透明の状態のなかでのみ、私たちに、その存在論的な本性を告げている。

Tokyo Art Beat「吉田志穂の作品が導く最新写真論。情報を知覚することは、不在それ自体を積み上げること(評:沢山遼)」(2022年2月10日)より一部抜粋

 写真に対するこうした認識は、吉田志穂作品を考えるうえで重要です。吉田さんが易々と印刷の手法を作品に取り入れられた理由は、ここにあるでしょう。多くの写真家の場合、「こういう写真にしたい」という完成形のイメージがあって、その実現のために撮影やプリント作業を行います。いっぽう、吉田さんの頭のなかには、完成形のイメージがありません。だからこそ、自分で撮った写真をプロジェクターで投影し、像を撮影して得たイメージをさらに別のものに出力するといった操作を繰り返し、その過程で出てきたイメージを掬い上げ展示に落とし込むといったことが、平気でできてしまう。イメージが印刷に回され、自分の手を離れていってもなんら気にしない。そういうスタンスがこの展覧会を実現できた理由でもあると言えます。

展示風景より 撮影=加藤健

あえて印刷を「汚して」作品化する

吉田 今回の制作のプロセスをたどり直してみると、まず幽霊をどう解釈して被写体とするかを考えました。最終的に被写体に選んだものは、カメラのゴースト現象、Goole Mapのエラーによって現れたイメージ、いまはもう存在しない建物の通路などです。それらを素材にしてプロジェクターで投影したり再度撮影したりと自分なりの「幽霊」の表出のさせ方を模索しました。イメージをつくり上げたところでそれを小池さんにお渡しして、印刷に適したデータに変換してもらったうえで、印刷所に送ってもらいました。印刷所では普段エラーを出さないよう綺麗に印刷しているのに、今回はあえて無理を言って汚れやエラーが出るように調整していただいたんです。

小池 私もデザイナーという仕事柄、印刷所にはよく足を運びますし、印刷所の方々との付きあいも深いですが、「印刷を汚してください」というお願いはしたことがありません。印刷所の方々も意図的に汚したことはないし、そもそもどれくらい汚せるのかもわからず、最初はみな手探りのままなんとか汚しを入れていったんです。しかも、汚し方の正解や基準はこちらも持っていないので、出てきたものをその都度判断するしかありませんでした。今回この無理難題を快く引き受けてくださったのは、アートブックや写真集を多く手がけるLIVE ART BOOKSです。印刷という営為そのものが美術作品になり得るということをご理解いただき、イレギュラーなオペレーションにもご対応いただけたのは、美術分野へ深い造詣と、現場の技術力があってのことだと思います。

展示風景より 撮影=加藤健
展示風景より 撮影=加藤健

吉田 印刷物ができたら、次にはそれらを展示に落とし込む必要があります。印刷物というのは、紙の規格によりサイズが画一的です。それに、裏打ちしていない印刷物は、当然ながらペラペラで。それらをただ並べただけだと、展示としてラフになり過ぎてしまう。私はそういう展示方法が好きではないので、どうしたらいいかとかなり悩みました。

小池 たしかに印刷物を掲出してカチッとした雰囲気を出すのは難しい。吉田さんとの対話のなかで、壁面にレールを配置してマグネットで留めるというアイデアが出てきたものの、それだけでは印刷物のラフさを解消するのは難しいと思っていました。しかし、吉田さんがレールの素材選びや、作品を壁から何センチ浮かせるかといった細かなディレクションをすることで、展示のクオリティをどんどん上げていったのはさすがだなと思いました。

吉田 今回の展示を構成するうえで、BUGの空間はなかなか難題でした。BUGは天井が高く、カフェスペースとつながっていて、開放感があるのはいいのですが、没入感を出したいときには工夫が必要となります。今回は独立した空間をつくりたかったので、壁をひとつ立てることによって、カフェとの差別化をはかりました。

 それから今回は、印刷に用いたアルミニウム製の「版」を、壁面に掛けて展示しています。物質として存在感があっておもしろいので、展示のなかに要素として取り入れたいと思いましたが、当初小池さんは版を展示することに懸念を示していましたね。

小池 はい、版の存在感が強く出過ぎてしまうのではという心配があったためです。版は唯一のもので、印刷物はそこから生まれた数百、数千枚の複製物です。つまりそこには覆せない主従関係がある。

 今回の展示で私は、二次的なものとして軽視されたりカジュアルに扱われる印刷物が、展示の主体となり作品化されるところに価値を感じていました。そこに唯一性の強い版を展示してしまうと、コンセプトがブレるのではないかと。でも話していくうち、吉田さんはそれをわかったうえで、版も印刷物も等価とみなして展示しているのだとわかりました。むしろそれぞれの物質性に目を向けることで、それぞれが際立つ展示方法を考える。その自由さや柔軟さが、まさに吉田さんらしさだと納得できました。

展示風景より 撮影=加藤健
展示風景より 撮影=加藤健

「複製性」の不思議を探究する

小池 吉田さんが、素材や手法に対して「こうでなければならない」というこだわりを持たず、いつも可変性に満ちた創作態度をとれるのはなぜなのですか。

吉田 写真を学ぶ大学に通っていた3年生くらいまでは、写真に対して頑なで、いい景色を探して適正な撮影をし、ゼラチンシルバープリントをいかに美しくつくるかだけを考えていました。しかしあるとき、とある教授に、画面の絵づくりやプリントのクオリティばかり追い求めても、それは「モダニズムの砂漠」だと言われたんです。行き着くところがないぞといった意味だと解釈して、それからは作品にパーソナルなコンセプトになり得る要素、例えばインターネットの画像検索やGoogle Mapなどを取り入れるようになっていきました。すでにあるルールに則って競ったとしても先人に勝てそうにないので、できるだけ形式にとらわれないようにと決めて、ようやくいまの状態までになることができました。

小池 今回の展示では、作品制作の延長で告知物の制作にもあたりました。出品作品も広報物と同じ印刷物なので、作品として生まれた印刷物が、ほぼそのまま告知物にもなり得るということを、本展における重要な視点として意識的に実践しています。チラシ・ポスターは、作品の上から文字情報だけ銀色のインキであとから刷っています。

吉田 そうですね、本展では広報物も含めて作品のコンセプトを表すものと考えています。そこまでひっくるめて作品であると言えるようにしたかったんです。展示されている作品は触れることも持ち出すことも許されていないのに、同じイメージを刷ったチラシは自由に持って帰れます。つくり方は同じなのに用途によって扱いが変わるというのはおもしろいことで、そこから複製性の不思議を感じ取ってもらえたらと思います。

広報チラシ 撮影=加藤健

小池 そういうところまでごく自然に考えさせるのが、吉田志穂作品の魅力のひとつです。今後の吉田さんの創作は、どう展開するのでしょう。印刷や幽霊というテーマはまだ探究していくのですか。

吉田 2014年の「1_WALL」の展示からちょうど10年経ち、少しずつ新たなメディアや手法を使えるようになってきました。今回の「印刷と幽霊」ではあえて写真用紙を使わずに、版と印刷用紙だけで写真をどう見せていくかという挑戦でしたが、素材や物質への探究も今後さらに積極的に行いたいと思っています。幽霊というテーマも掘り下げていく余地がたくさんありそうだと感じています。写真という表現は、まだまだ自分の知らない可能性を持つものだと思うので、今後も色々と試しながら新しい展開を探っていきたいですね。