「GO FOR KOGEI 2023」に見る工芸の可能性
2020年に北陸3県を舞台に始動した芸術祭「GO FOR KOGEI」。先の2回に比べ、現代アートに向かってかなり大きく舵を切った印象の第3回をレポートする。
会場となるのは、富山県中心部から富山湾に向けておよそ5kmに及ぶ富岩運河沿いの3エリア(環水公園エリア、中島閘門(こうもん)エリア、岩瀬エリア)。地域の歴史や文化を象徴する場所でのサイトスペシフィックな展示を深化させるべく、かつての北前船の寄港地で、水の都とも呼ばれてきたこの場所で、運河を中心とする展示会場と作品を詩的・哲学的に関連づける試みだ。総合監修・キュレーターを務めた秋元雄史(東京藝術大学名誉教授)は次のように話す。
「日本では『用の美』に留まらず、美的な象徴性をもつアートとして工芸がとらえられてきました。器である湯呑みと掛け軸を並列に愛でる茶道は、そうした価値観の顕著な例でしょう。フランスの哲学者であるガストン・バシュラールの著書『水と夢:物質的想像力試論』を下敷きに、人間の心理や文化における水の象徴的な意味、アートや工芸のように物質をきっかけに立ち上がる想像や夢の世界を体験していただけるプログラムを企画しました」。
環水公園エリア
おもに陶芸作品を集めた樂翠亭美術館が、3エリアのうち富山駅から最寄りの環水公園エリアのチケット販売・確認会場。辻村塊の作品を皮切りに、桑田卓郎ら6名の作品が来場者を迎える。2011年の震災を契機に自然を操作することの不可能性を感じ、鎮魂の念を自身の身体で表現する「坐像」シリーズを開始した近藤高弘、公共工事で生まれた残土を素材とし、生命に不可欠である摂取と排せつを想起させる「営み」そのものを作品化する野村由香など、素材を共通としながらも表現は多彩だ。
富山県美術館では、桑田卓郎の作品をモチーフにテキスタイルでウェアラブルなデバイスを制作し、それを来場者が着ることで作品となるオードリー・ガンビエの作品《Soft Vase》を体験し、富岩水上ライン乗船場へ。船から久保寛子の作品を鑑賞し、水位を操作する中島閘門で下船して地上の展示に向かう。
中島閘門エリア
中島閘門エリアでは、中島閘門 操作室に渡邊義紘がクヌギの落ち葉を折って様々な動物を表現した《折り葉の動物たち》を展示。葉に残る水分量に左右されるため、1年のうちでもひと月ほどしか制作できないというほどに水と深い関わりのある作品だ。ほかにも電タクという旧タクシー会社の建物には絵画を中心とする7名の作家が、船からも見える中島閘門 広場には上田バロンが出品している。
岩瀬エリア
さらに北上し、富山港にもっとも近いエリアが岩瀬エリアだ。北前船の寄港地として栄えた往時の街並みが残るこの場所では、「満寿泉」の銘柄で知られる造り酒屋の桝田酒造店や北前船の北陸五大船主のひとつである馬場家など。桝田酒造の工場の扉は、陶芸家の葉山有樹が「工場で働く人々が誇りをもって働けるように」という思いを込め、竜を絵付けした陶磁を高精細の大型プリンターで拡大してアルミ複合板に転写したパネルで彩った。その内部にはコムロタカヒロのソフビを想起させる木彫作品や、布、糸、木枠で壮大な景色を生み出す岩崎貴宏の立体作品が、外壁には平子雄一の絵画が設置されるなど、酒蔵の一画にアートが溶け込む。
馬場家では、桜井旭がオンゴーイングで《馬場家を描くプロジェクト》を続け、その奥のKOBO Brew Pubはささきなつみが「別の生き物としてありたい」という思いから表現する「リンジン」がモチーフの作品を展開。酒蕎楽くちいわ 青蔵では村山悟郎がジャガード織機を駆使した絹の新作と資料に用いた貝殻をインスタレーションに空間に並べ、桝田酒造店 沙石では、古川流雄による光と色の関係を考察から生まれた立体作品と、内モンゴル出身のO33が羊の腸を素材に生死や内外の二重性を考えさせる空間作品を展示。
素材や技法に工芸的な要素を感じさせながらも、コンセプチュアルで思考を促す表現の数々が分類されるのは現代アートの領域だ。現代アートに寄りながらもその境界をまたいだ強度のある表現の数々が集結し、従来の工芸にはまだまだ可能性が多く残されていることをより強く感じさせるプログラムとなった。