荒井良二の世界に入りこむ。千葉市美術館の「new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった」
千葉市美術館で絵本作家でもあり、絵画、音楽、舞台芸術なども手がける荒井良二の展覧会「new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった」が開幕。新作インスタレーションをはじめ、荒井良二の世界に入り込むような展覧会となっている。会期は12月17日まで。
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千葉市美術館で、絵本作家でもあり、絵画、音楽、舞台芸術なども手がける荒井良二の展覧会「new born 荒井良二 いつも しらないところへ たびするきぶんだった」が開幕した。会期は12月17日まで。
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荒井は1956年山形県生まれ。日本大学藝術学部美術学科を卒業後、絵本をつくり始め、1999 年に『なぞなぞのたび』でボローニャ国際児童文学図書展特別賞を、2005 年には日本人として初めてアストリッド・リンドグレーン記念文学賞を受賞するなど、国内外で数々の絵本賞を受賞してきた。主な絵本に『はっぴぃさん』『ねむりひめ』『きょうはそらにまるいつき』『きょうのぼくはどこまでだってはしれるよ』『こどもたちはまっている』など。また、荒井の活動は絵本にとどまらず、 美術館での展覧会、NHK 連続テレビ小説「純と愛」のオープニングイラスト、「みちのおくの芸術祭 山形ビエンナーレ」の芸術監督など多方面に広がっている。
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本展は横須賀美術館からの巡回となっており、この後も刈谷市美術館(2024年4月20日〜6月16日予定)といわき市立美術館(2024年9月7日〜10月20日)に巡回する予定となっている。巡回展ではあるが、荒井は本展に際し新作を持ち込み、展示室内での制作も実施した。荒井は本展について次のように語った。「展示する立場としては、新たな美術館でまっさらな状態で展覧会づくりに取り組んだ。千葉の街を歩き、ご飯を食べながら展示のことを考え、千葉でやることの意味合いを探りながらつくった展覧会だ」。
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会場には作品名や解説文を掲示するパネル等はない。全展示室が荒井の世界観を表現したような構成となっているが、荒井のこれまでの活動とこれからの展望がわかるよう、テーマに沿ってゆるやかに展示室が並べられている。
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まず、絵本作家としての荒井の仕事を紹介する展示室では、『きょうはそらにまるいつき』(2016)と『あさににあったので まどをあけますよ』(2011)の、ふたつの絵本の原画をすべて展示している。
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印刷された絵本では見えてこなかった、荒井の筆致や色使いを間近で見られるとともに、その構成力を感じることができるだろう。この展示室では荒井のほかの著作の原画のほか、これまで手がけた絵本も総覧することができる。
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山形出身の荒井は、地元山形で2014年より2年に1度開催されている「みちのおく芸術祭山形ビエンナーレ」の芸術監督を18年まで務めてきた。本展では荒井がこの芸術祭において展開させたインスタレーションを再構成した展示室も登場する。絵画からオリジナルの什器、立体や彫像など、様々な色とかたちが複雑に関係するような空間は、なんども周回したくなる。
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本展における新作インスタレーションも大規模に展開されている。荒井が2010年に制作した絵画《逃げる子供 Ⅰ》を着想源に、展示室いっぱいに作品を並べたインスタレーション《new born 旅する名前のない家たちを ぼくたちは古いバケツを持って追いかけ 湧く水を汲み出す》(2023)は、荒井の現在地を示すものと言えるだろう。
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ネガティブなイメージが強い「逃げる」という言葉だが、荒井にとってはどちらかというとポジティブなイメージを持つ言葉だという。今回のインスタレーションの原点となった《逃げる子ども Ⅰ》は、子供たちがいま置かれている場所や環境から、幸福に向かって逃げるというイメージで制作されたという。「大人の事情で子供たちが被害を被り、逃げ場がないこともあるが、逃げるという選択肢は悪いことではないという思いを込めて本作を描いた」と荒井は当時のことを語る。
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《逃げる子どもⅠ》をいつか立体化したいと考えていた荒井であるが、2011年の東日本大震災によって「逃げる」ということにあまりに意味が生まれてしまったため、本プロジェクトは進めることなく、その後は東北復興のことを考え、ワークショップ等を開催日々が続いたそうだ。
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しかし今回、たまたま住宅メーカーの積水ハウスから住宅の廃材を譲渡されたことで、インスタレーションとして再構築できたという。会場では子供たちがそれぞれ家になって逃げていく姿を表現した作品群が展示されている。この楽しい作品群に乗って「逃げて」みたいのは子供たちだけではないはずだ。
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千葉市美術館の展示に合わせ、新たに《千葉書》という作品も制作されている。この展示室で荒井はライブとして作品の制作を行っており、これまでの活動で重視してきたライブ性がここに現れている。
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子供たちの遊びのように会場に無軌道に並べられた大量の作品。それらを肌で感じることで、荒井良二という作家の世界に存分に浸れる展覧会となっている。