金沢21世紀美術館で見て聴いて体験する、「電気」と「音」の関係
金沢21世紀美術館で、「コレクション展2: 電気-音」がスタートした。同館所蔵品のなかから、「音」と「電気」、そしてその関係性に焦点を当てた作品が集う。新収蔵作品も展示される機会となった。会期は2024年5月12日まで。
私たちの生活において絶え間なく流れる「音」。そして生活に必要不可欠な要素であり、自然現象でもある「電気」。これらにフォーカスした展覧会「コレクション展2: 電気-音」が、金沢21世紀美術館で始まった。担当学芸員は髙木遊(アシスタント・キュレーター)と原田美緒(同)。
美術の世界では、不可視である音が痕跡や素描、電気信号やデータなど変換され、様々な作品となって私たちの前に姿を表してきた歴史がある。こうした音に「形」を与えるプロセスや変換の方法論は音響再生産技術の進化と切り離せないものであり、それは「記録と再生」「保存と修復」といった現代美術全般に関わる課題ともつながっている。
多様な表現を包括する金沢21世紀美術館だが、高木によると「約4000点のコレクションのなかで音だけの作品は1点しかない」という。高木はこの点数の少なさゆえにコレクションに未来があり、本展は音の作品をめぐるコレクションの「スタートポイント」になるのではないかと意気込みを見せる。
本展では、ジョン・ケージ、ジャネット・カーディフ & ジョージ・ビュレス・ミラー、毛利悠子、カールステン・ニコライ、塩見允枝子、エリアス・シメ、田中敦子の7作家がコレクションから出品。また、招聘作家として小松千倫と涌井智仁のふたりが参加している。まずはコレクションからとくに注目したい作品を見ていこう。
1952年に伝説的な作品《4分33秒》を発表し、「偶然性の音楽」を確立したジョン・ケージ。その活動は音楽のみならず、ドローイングや版画などにも及んでいる。
本展に並ぶシルクスクリーンの《フォンタナ・ミックス(ダークグレイ)》は、58年に作曲された同名楽曲の「図形楽譜」をもとに制作された作品。この図形楽譜は、紙に6種類の曲線を描き、それぞれに水玉、格子、直線が刷られた3枚のフィルムで構成されており、演奏の際にはこれらのフィルムを自由に組み合わせ、それぞれの線や点の交点を音量、トーン、ピッチなどの要素としてとらえ、楽譜が完成するというものだ。なお本作は2022年の収蔵後、初の展示となる。
ケージと同じ展示室では、塩見允枝子の作品群も堪能できる。東京藝術大学在学中に「グループ・音楽」を結成し、60年代からは「フルクサス」に参加したことでも知られる塩見。「イヴェント」と呼ばれるアクションが連なる《イヴェント小品集》や「音楽の小瓶」シリーズも、昨年収蔵されて以降、初の展示だ。
電気と音を扱うアーティストとして、毛利悠子は現代の日本を代表する作家のひとりだ。2024年のヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展で日本館代表作家に選出されるなどますます注目を集める毛利。磁気や電気、音や光、空気の動き、重力などの物理現象を用いて、環境において変化する「事象」に焦点を当て、インスタレーションや彫刻を制作しているアーティストだ。
本展出品作の《copula》はラテン語で「連結」を意味するもの。設置場所を特定せず、パーツごとの間隔も自由に設定できるというこの作品は、場と人と作品との間に無限に新しい関係をつくり出す。ささやかな動きに目を凝らし、電気がつなぐ世界のあり方を想像したい。
同館で15年ぶりに披露される作品が、カールステン・ニコライの《リアリスティック》だ。ヴィジュアル・アーティストであり、アルヴァ・ノト名義で電子音楽を手掛けるサウンド・アーティストでもあるニコライ。同作は、マイク、消去機能をオフにしたテープ・レコーダーなどで構成された作品で、展示空間のあらゆる音を録音するインスタレーションだ。ループ状のテープは1回転分の長さしかなく、その場のノイズが延々と重ね書きされる。そして一定時間毎にテープは交換され、展示室の壁には次々と録音済みのテープが掲げられていく。いまこの時を、音で未来につなぐ作品だ。
展示室にポツンと置かれたのは古い木製のキャビネット。その20個の引き出しにはそれぞれスピーカーが組み込まれており、引き出しを開けると音が流れ、閉めると音が止む構造を持つ。スピーカーから流れる音源は、歴史上最後のカストラート(変声期以前に去勢された男性歌手)の歌唱やアーティスト自身の朗読など、様々なアーカイヴから抽出された音・声・音楽で構成されている。鑑賞者はこの引き出しを自由に開閉することで作品に関係し、聴覚と触覚が刺激されることだろう。
コレクションを拡張するような招へい作家の涌井智仁と小松千倫による新作は必見(聴)だ。
ジャンクパーツやAV機器を用いてテクノロジーの進化の中で捨て置かれた「有機性」を表現してきた涌井。本展では、アナログ音声をジャンクのRCAケーブルで1300メートルにわたって伝送し、その信号の脆弱性や可傷性をあらわにする「Monaurals」シリーズの最新作を「聴く」ことができる。ケーブルは会場全体に張り巡らされており、その過程で音が断続、変質することでアナログ音声信号の持つ物質性が顕になる。会場全体をフィジカルに音で包み込むような、本展のキーになる作品だ。
音楽家、美術家、DJとして多岐にわたる活動を見せる小松は、展示室自体が音の再生装置となる新作《Earless》を発表した。
本作で小松は、ホワイトキューブの壁の内部に振動スピーカーを埋め込むことで、部屋自体をサウンド・インスタレーションへとつくり変えた。発信源が見えない状況のなかで流れる音は、AIによる自動生成された声、あるいは小松自身の声、そして純粋な振動など。展覧会の最後に、この視覚情報が極めて少ない一見何もない部屋があることで、鑑賞者の身体感覚はより研ぎ澄まされることだろう。
なお本展では、すべての電気コードが可視化されている。普段は隠されているものを意識される構成そのものにも注目してほしい。