「GO FOR KOGEI 2024」開幕レポート。可視化される生活のなかの表現、表現のなかの生活
工芸を主軸に、現代美術、アール・ブリュット、デザインを横断的に紹介する芸術祭「GO FOR KOGEI 2024」が開幕。会場の様子をレポートする。
文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)
工芸を主軸に、現代美術、アール・ブリュット、デザインなどとともに横断的に紹介し、工芸の広がりを提示してきた芸術祭「GO FOR KOGEI」。初回開催から23年度までで、のべ14万人以上の来場者を記録してきた本芸術祭が「GO FOR KOGEI 2024」として今年も開幕した。会期は10月20日まで。
今年「GO FOR KOGEI 2024」の会場は、初開催となる東山エリア(石川県金沢市)と、昨年も会場となった岩瀬エリア(富山県富山市)の2会場。ものづくりが古くから受け継がれてきた北陸にて 「くらしと工芸、アートにおける哲学的なもの」をテーマに、作品展示のほか様々なイベントを通じて、現代における新たな工芸を発信するという。総合監修・キュレーターはこれまで同様、秋元雄史(東京藝術大学名誉教授)が務める。本芸術祭のハイライトをピックアップして紹介したい。
東山エリア
金沢を代表する観光地である「ひがし茶屋街」を擁する東山エリア。昔ながらの住宅街のなかには、カフェやギャラリーが点在し、工芸と生活が密接に結びついた様子を見ることができる。こうした土地の性格を踏まえ、初開催となるこのエリアでは生活のなかで活きる工芸作品を中心に展示する。
川合優✕塚本美樹は老舗の油問屋を改装した台湾料理レストラン「四知堂(すーちーたん)kanazawa」で作品を紹介。木工作家の川合優は、東日本大震災で発生した大量のゴミから、廃棄物について考えるようになったという。今回は針葉樹を薄く切った経木を蓮弁のかたちに仕上げた使い捨ての皿を制作。製造のエネルギーや廃棄物が少ない本品は、工芸というジャンルが生活に根ざし生活をアップデートする可能性も含んでいることを印象づける。
京都で150年近く続いている茶筒屋「開化堂」の六代目当主である八木隆裕は、150年変わらない茶筒づくりの技術を示すため、110年前のものから新品まで、茶筒を並べて展示。製造方法を変えず、しかし生活のなかで使われ、時間が蓄積されることで風合いが変化することもよくわかる展示となっている。
また、いかなる環境においても片手で蓋を開ければ空気が適度に入り、スムーズにあけることができるという茶筒づくりの技術を示すために、世界中で茶筒を開けてみた動画作品を制作。さらに、車のオイル缶やコーヒー缶などの表面部分を外し、茶筒と組み合わせることでリメイクするという試みも紹介されている。
ひがし茶屋街のなかにある展示スペース「KAI」では、シンプルで洗練された漆器の可能性を探求している赤木明登と、東南アジアの自然をモチーフに信楽焼の可能性を探求する大谷桃子がインスタレーションを展開。赤木は輪島塗の碗をつくるための木地「荒型」を積み重ねて展示。この荒型の職人はかつて幾人もいたが、いまやひとりとなってしまい、さらに1月の能登半島沖地震の被災によってそのひとりも廃業を考えている状態だという。なんとか廃業を食い止めようと活動する、赤木の想いを広く伝えるインスタレーションだ。
また、赤木は分業して器をつくる職人たちのあいだで使われていた、制作中の器を入れて職人間で受け渡されていた木箱も蒐集。いまはプラスチックの箱に変わられてしまったこの箱を重ね、その上に蒔絵の手法で仕上げた自身の器を載せた。その背景には大谷が描いた蓮の絵が展示されており、赤木の器と共鳴している。
住宅街のなかにある、機械と手仕事の長所を取り合わせた竹俣勇壱の手がけるプロダクトブランド「tayo」のビューイングルームでは、竹俣と空間デザインを得意とする鬼木孝一郎が2回目のコラボレーション。金属加工によって制作された家具やカトラリーは、金属の持つやわらかさや軽さを前面に押し出している。例えば、ステンレス製の椅子のひじ掛けに施された美しいひねりなど、金属ならではの意匠に注目したい。
建築家の三浦史朗と工芸の職人たちが手がけたプロダクトを保管するための施設「KAI 離」。GO FOR KOGEIではここを初めて本格的に一般公開する。施設内には風呂場、二階建ての茶室、組み立て式の待合が保管されており、そのいずれもが三浦と木工、紙、竹、アルミなどの職人たちや、高い技術を持つ大工とともにつくり出したものだ。
会期中はこの場所で室町時代に流行した淋汗茶席も実施。茶の湯の体裁が整う前の茶事とされるもので、風呂に入って汗を流したあと、茶を飲み、酒宴を行う。「宴KAIプロジェクト」と名づけられたこの催しで、三浦の目指すものの骨子が見えてくるはずだ。
岩瀬エリア
富山駅から車で約15分、かつて北前船の寄港地として栄えた歴史ある街並みが残る岩瀬エリアでは、サイトスペシフィックかつコンセプチュアルな工芸作品が展開されている。
富山港を一望できる展望台下の広場では、松山智一が作品を展示。ニューヨーク・ブルックリンを拠点に長く活動している松山は、日本という国を俯瞰して見ることが多くなっていたという。しかし今年1月、松山は飛騨高山の実家に帰省中に震災に遭遇。自然の大きな力に神を見出し、相対する日本のものづくりの姿勢と、それが自身のDNAのなかにあるということを改めて意識したそうだ。
松山はかつて明治神宮で展示したこともあるシカの角と車輪を組み合わせた彫刻を展示するともに、JR貨物のコンテナのなかにライトボックスで光る新作絵画を制作。日本人の精神性とそこに宿る強さを表現した。
展望台の入口付近ではタイの少数民族出身のサリーナー・サッタポンが作品を制作。工事現場で使われる仮設足場は住む場所を追われた人々の仮住まいを表し、そこにかけられたカラフルな持ち運びバッグは所在のなさとともに、心の拠り所となる持ち物の存在も示唆している。
サッタポンは会期中の土曜日に、このバッグを持って街中を練り歩くパフォーマンスを実施。所在のなさと移動することで生まれる希望を街を訪れた人々に印象づける。
イタリアン・レストランの「ピアット・スズキ・チンクエ」では、岩村遠による立体作品を屋外に展示。人類の持ち続ける普遍性を探求しながら、人物像を滋賀県の信楽の工房で制作する岩村。アメリカをはじめ、世界各国でレジデンスを行った経験から、土を通した文化の情報伝達に着目し、縄文土器や埴輪といった日本の土の文化を再考する、土着的でありながらも、同時に現代的なキャラクターも想起させる作品群を展示した。
日本酒のスタンディングバー「桝田酒造店 沙石」では、書家の柿沼康二が「ぶちぬく」の文字を繰り返し書いた作品を壁一面に展開。マスキングを自在に組み合わせて一筆ごとに変化していく文字は、柿沼の身体と意識がその瞬間ごとにとらえた感覚がそのまま落とし込まれている。
クラフトビールを醸造する「KOBO Brew Pub」では、現代美術家の舘鼻則孝が雷をモチーフとした絵画を壁面に施した。さらに舘鼻は酒蔵「桝田酒造店 満寿泉」でも展示を行っている。蔵のなかにある水の神を祀る神棚から雷が広がっていくようなビジュアルを、床一面につくりあげた。
蕎麦のフルコースが楽しめる「酒蕎楽くちいわ 青蔵」にある蔵では、富山伝統の井波彫刻師を父に持つ岩崎努が、ひとつの木材から作品を彫り出す「一木造り」でつくられた本物と見紛うような柿を展示。作品は実物そのものを写していると同時に、自らの心象風景も込められているという。
漆を用いるアーティスト・五月女晴佳は「化粧」をテーマに、BAR《Aka Bar》のなかに作品を展示した。漆と化粧には親和性があると語る五月女。人間のセクシュアルな欲望の象徴でもある唇をモチーフとした赤い漆作品を中心に据えたBARは、既存の漆表現とは趣の異なる、生の躍動がみなぎっている。
漆で立体作品を制作する伊能一三も、家族をモチーフとした像を蔵のなかで展示。仏像制作と同様の乾漆技法で作成された本作は、伊能が「なぜ自分がここにいるのか」という存在の不思議さを問いながらつくられたものだ。
精米に使われていた倉庫の跡となる「セイマイジョ」では、石渡結によるインスタレーションを展開。世界各地で集めた土で染めた糸を機械織りした作品は自身の身体をモチーフに、いっぽうの手織りで制作した作品は糸を織る営みそのものがモチーフになっているという。小さな手作業が大きな存在をつくりだす、織物の構造そのものが表現された作品だ。
かつて蕎麦屋だった店舗を改装した「New An」では、5名のアーティストが展示を実施。外山和洋による金属を溶解して再構成することで独特の風合いが表面に宿った器や、安田泰三の溶けたガラスの柔らかさを活かした繊細な文様の器を展示。
また、釋永岳は革や木、コルクのように見える焼物を、澤田健勝はヨーロッパの鍛冶技術でつくられた金属皿を制作。さらに磯谷博史は縄文土器の破片をつかった球体の陶製品や、蜂蜜と集魚灯が落とし込まれたガラスボトルのインスタレーションなどを展開している。
生活の中で表現をするものも、そして表現したもののなかから見える生活も、双方が可視化されている「GO FOR KOGEI 2024」。東山エリアと岩瀬エリアをまわり、工芸と人間がどのような関係を取り結んできたのか、改めて考えられる芸術祭だ。