2024.9.20

時を超えるクチュール。香港のM+が見せる、デザイナー グオ・ペイの創造とアートの対話

香港M+で、中国を代表するクチュールデザイナー・郭培(グオ・ペイ)の大規模展覧会「Guo Pei: Fashioning Imagination」が9月21日から開催される。伝統工芸を再解釈し、未来に語り継がれる作品を創造するグオのアプローチを、会場からレポートする。

文・撮影=王崇橋(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より
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 中国を代表するクチュールデザイナーのひとりである郭培(グオ・ペイ)。その東アジアにおける初の大規模展覧会「Guo Pei: Fashioning Imagination」が、9月21日から香港のM+で開催される。

 グオは、文化大革命の真っ只中である1967年に北京で生まれた。改革開放の時代に中国で登場した初のファッションデザイナー世代の一員として、1997年には中国初のクチュールスタジオ「玫瑰坊(ローズ・スタジオ)」を北京に設立。2015年、ニューヨークのメットガラでリアーナがそのオートクチュール作品を着用したことで、グオは一躍世界的な注目を浴びた。

展示風景より、リアーナが2015年にメットガラで着用したグオ・ペイのオートクチュール《イエロークイーン》

 オートクチュールの作品に加え、グオは2008年の北京オリンピック表彰式用の衣装や、毎年恒例の中国中央電視台の新年ガラのホストやパフォーマーの衣装も手がけており、彼女はもっとも影響力のあるファッションデザイナーのひとりに数えられる。

 本展は、M+のデザイン・建築部門主任キュレーターである横山いくこがキュレーションを担当し、グオおよびローズ・スタジオとの協力で企画された。M+のアシスタントキュレーターであるウェン・ビと、キュラトリアルアシスタントのマンキット・ライがサポートしている。

展示風景より

 プレス内覧会にて横山は、「グオ・ペイの作品を、歴史的なファッションというよりも、視覚文化やデザインとしてとらえている。それが今回の展覧会の方向性にもなっている」と語り、さらに彼女を次のように評価している。

 「グオの作品は、中国の伝統工芸技術を蘇らせるだけでなく、独自の現代的な中国の工芸を創り上げている。例えば、日本の職人たちは100年前と変わらない技術を守り続けていることが多いが、グオの中国刺繍はその伝統を新たなかたちで現代に生かしている」。

展示風景より

 展覧会は「生命の歓び」「東洋の新しい物語」「空間を超えて」「神話のエーテル」「夢と現実」という5章構成。各章ではグオの様々な時期のコレクションが2つずつ展示され、合計44着のオートクチュール作品が紹介されている。さらに、本展ではM+のコレクションから絵画、写真、立体作品なども展示されており、これが本展の特徴のひとつとなっている。

 その意図について横山は、「本展では、グオの作品を年代順に並べるのではなく、回顧展的な形式を避けた。彼女の服づくりに対する情熱とこだわりは一貫しているため、時系列ではなく、M+のコレクションとの対話を重視した構成にした」と述べている。

展示風景より

 例えば、第1章「生命の歓び」では、田園風景や幻想的な夢の世界を表現したグオのコレクション「Garden of Soul」(2015)が展示。隣の壁面には、伝統的な絵画技法を現代的なアプローチで再解釈するパキスタン出身のアイシャ・ハーリドの作品が紹介されている。ハーリドの作品における文化的アイデンティティと現代性の融合は、中国の伝統工芸技術を西洋のテーラリングやオートクチュールに取り入れたグオの創造性とも響き合っている。

展示風景より、「Garden of Soul」(2015)コレクション
展示風景より、右はアイシャ・ハーリド《West Looks Eats》(2013)

 スペインの闘牛士のコスチュームからインスパイアされた立体的な銀刺繍が施されたコレクション「An Amazing Journey in a Childhood Dream」(2007)は、エレガントさや女性らしさを表現するいっぽうで、その背景には強い信念や生命への深い思いが込められている。このテーマは、リウ・イエの絵画《The Little Match-Seller》(2004)と共鳴するようにも感じられる。『マッチ売りの少女』のおとぎ話にインスパイアされており、少女が心の中にある光を守り続ける姿が描かれた作品だ。

展示風景より、手前は「An Amazing Journey in a Childhood Dream」(2007)コレクション
展示風景より、右から2番目はリウ・イエ《The Little Match-Seller》(2004)

 2017年に発表された「Legends」コレクションは、バロックやゴシックの教会から着想を得たもの。そのなかでもとくに巨大な赤いドレスは、当時86歳だったスーパーモデル、カルメン・デロリフィチェが身にまとい、2人の若い男性にエスコートされながらランウェイに登場した。このドレスとともに展示されているのは、石岡瑛子が1979年に渋谷パルコのためにデザインしたポスター《西洋は東洋を着こなせるか》。イッセイ・ミヤケの衣装をまとったフェイ・ダナウェイが2人の幼い少女とともに登場するこのポスターは、グオの作品と時空を超えた対話を生み出している。

展示風景より、左は「Legends」(2017)コレクション。右は石岡瑛子《西洋は東洋を着こなせるか》(1979)

 展覧会の最後には、グオの初期の作品であり、彼女を国際的なオートクチュールの舞台に押し上げた代表作が展示されている。この豪華な金色ときらびやかな装飾が施されたドレス《Magnificent Gold》は、2006年に彼女が初めて開催したオートクチュールショーで発表された「Samsara」コレクションに含まれるもの。このコレクションでは、19世紀の西洋宮廷のドレスのシルエットに中国刺繍を融合させ、「Samsara(輪廻)」というタイトルが象徴するように、人間と自然の生命のサイクルが表現されている。

展示風景より、左は《Magnificent Gold》(2006)
展示風景より

 同作と関連して展示されているのが、オノ・ヨーコが1966年に発表し、後にブロンズで再鋳造した彫刻《Apple》(1966/1988)だ。同作は、特定の記憶や自然のサイクル、そして生命の誕生と朽ちる過程を象徴しており、伝統を守りつつ新たな創造を行い、その衣装に物語を込めて未来へと伝えようとするグオの作品とも共鳴する部分がある。

 また、本展では、グオが持つ伝統工芸への深い関心もうかがえる。2018年のコレクション「Elysium(楽園)」の《The Gold Boat》は、その名の通り「黄金の船」を象徴するシルエットを持ち、ドレスの部分は中国安徽省の竹細工の職人と協力して、竹を織り上げたものだ。この衣装には本物の乾燥した花や小枝も使用されており、生命の成長と朽ちる過程を表現している。また、2019年のコレクション「East Palace」では、京都の織工房・民谷螺鈿の職人とコラボレーションしており、螺鈿技法を織物に取り入れ、美しい光沢を持つ作品を生み出している。

展示風景より、《The Gold Boat》(2018)
展示風景より、左の衣装では京都の織工房・民谷螺鈿の職人とコラボレーションして螺鈿技法を用いている

 「グオ・ペイはその作品を一種のアートとして見なし、未来に記憶を引き継ぐものとして扱っている」と横山は語る。グオと彼女のアトリエの職人たちが手がけた衣装を手にした人々は、それを次世代へと受け継ぐだろう。

 「私たちが日常的に大量に捨てている衣類とは対照的に、この点を本展で慎重に問いかけを行う必要があった。彼女のガーメントが美術館でゆっくりと鑑賞され、物語を紡ぐことで、ファッションを超えた『アート』としての地位を確立している。それこそが、私たちがこの展覧会を開催する理由だ」(横山)。

 本展は、グオ・ペイがクチュールの枠を超えて、どのように伝統工芸や文化、そしてアートを再解釈し、新たな価値を創造してきたかを紐解く貴重な機会だと言える。時代を超えた物語を持つM+のコレクションとともに、伝統や創造の本質について考えてみてはいかがだろうか。

展示風景より