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2024.10.10

「アレック・ソス 部屋についての部屋」展(東京都写真美術館)レポート。なぜ「部屋」なのか?

東京・恵比寿の東京都写真美術館でアレック・ソスの個展「アレック・ソス 部屋についての部屋」がスタートした。会期は2025年1月19日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より
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 国際的な写真家集団「マグナム・フォト」の正会員であり、生まれ育ったアメリカ中西部などを題材とした作品で、世界的に高い評価を受けてきたアレック・ソス。その個展「アレック・ソス 部屋についての部屋」が東京都写真美術館でスタートした。会期は2025年1月19日まで。担当学芸員は伊藤貴弘。

 アレック・ソス1969年アメリカ・ミネソタ州ミネアポリス生まれで、現在も同地を拠点に活動している。これまでに、『Sleeping by the Mississippi』(Steidl、2004)、『Niagara』(Steidl、2006)、『Broken Manual』 (Steidl、2010)、『Songbook』(MACK、2015)、『I Know How Furiously Your Heart is Beating』(MACK、2019年、『A Pound of Pictures』(MACK、2022)など、数多くの作品集を出版。近年は、ボッテガ・ヴェネタのキャンペーンビジュアルを手がけたことでも話題を集めている。

アレック・ソス

 本展は5年以上の時間をかけて構想されたもの。「部屋」をテーマにソスの作品を6つのセクションで構成する、東京都写真美術館の独自企画だ。同館の自主企画として海外作家個展は7年ぶりとなる。

 これまでアメリカ国内を車で旅し、風景や出会った人々を大判カメラで撮影してきたソス。本展出品シリーズのひとつ「I Know How Furiously Your Heart is Beating」はそうしたロードトリップスタイルではなく、舞踏家・振付家のアンナ・ハルプリン(1920〜2021)や、小説家のハニヤ・ヤナギハラ(1974〜)など世界各地の人々を訪ね、日々を過ごす部屋の中で、ポートレイトや個人的な持ち物を撮影した。部屋とそこに暮らす人をテーマとするこのシリーズが、本展開催のきっかけとなった。

 展示は、この「I Know How Furiously Your Heart is Beating」を含む60点で、ソスの30年に及ぶ表現活動をカバーするもの。会場はほぼ同じサイズの6つの「部屋」で構成されている。会場には様々なシリーズが展示されているが、各シリーズはそのすべてが紹介されているわけではなく、本展テーマに合致する作品がセレクトされている。

Room 1

 1つ目の部屋では、ミシシッピ川流域を1999年から2002年にかけて撮影した「Sleeping by the Mississippi」を中心とした初期のカラー作品が並ぶ。ソスが最初に注目されるようになったのがこのシリーズで、ソスはできるだけ被写体の家の中に招き入れてもらい、結びつきを深めることを試みたという。人が写っていない写真であっても、その存在の残滓を伝えるような作品だ。「だた記録をとるのではなく、被写体が持っている夢やイマジネーションを感じとらせるような表現を目指した」とソスは語る。

Room 1の展示風景より、「Sleeping by the Mississippi」シリーズ

Room 2

 次の部屋では、1996年頃に撮影された初期のモノクロの「Looking for love」シリーズと、2004年から05年にかけて撮影された「Niagara」シリーズが中心となる。後者はナイアガラの滝そのものではなく、その周囲の人々に目を向けたもので、本展ではテレビの前で撮影されたカップル、2つのタオルでつくられた白鳥など、結婚式直後の家族など、小さいながらも象徴的な作品が光る。 

 また、ウィリアム・エグルストンやナン・ゴールディンら、ソスが影響を受けた4人の写真家を写したカラー・ポートレイトも、オマージュとして展示されている。

Room 2の展示風景より、「Niagara」シリーズ
Room 2の展示風景より、左がエグルストンらのポートレイト

Room 3

 3番目の部屋に並ぶのは3つのシリーズ。「Dog Days, Bogota」は、ソスが養子縁組のためにコロンビアの首都ボゴタを訪れた際に撮影したもので、ソス個人の要素が強く出ている作品だ。

「Broken Manual」はアメリカ社会と距離を置き、人里離れた場所などで生活する人々を題材にした作品。しかし同シリーズには人の姿はあまり現れず、洞窟や廃屋など生活の痕跡が残る場所が強い存在感を放つ。対照的に、「Songbook」は全米各地のローカルなコミュニティにおける人々の交流を写したもので、モノクロながら人々の熱気が伝わるようだ。

Room 3の展示風景より、「Dog Days, Bogota」シリーズ
Room 3の展示風景より、「Broken Manual」シリーズ(左)と「Songbook」シリーズ(右)

Room 4

 4つ目の部屋は、パリとミネソタなどを舞台にしたファッション・フォト「Paris / Minnesota」から3点と、ソスがパーク ハイアット 東京に滞在した際に撮影されたセルフ・ポートレイトを含む5作品が展示。前者は雑誌のファッション特集のために撮影されたもので、ファッションの都・パリとソスの地元・ミネソタの撮影を同時進行的に行った。また後者は映画『ロスト・イン・トランスレーション』(2003、監督:ソフィア・コッポラ)に着想を得たもので、インターネットによって探した被写体たちを宿泊していた自室に招き、撮影したという。東京という街に出ていくのではなく、東京を自分の手元に手繰り寄せるという手法が興味深い。

Room 4の展示風景より
Room 4の展示風景より、《Park Hyatt Hotel, Tokyo》(2015)
Room 4の展示風景より、手前は《Sari, Tokyo》(2015)

Room 5

 5番目の部屋は、本展が生まれるきっかけとなったシリーズ「I Know How Furiously Your Heart is Beating」が並ぶ。同作は、アメリカの詩人ウォレス・スティーヴンズ(1879〜1955)の詩「灰色の部屋(Gray Room)」の一節からタイトルがとられたもの。2019年に同名の写真集としてまとめられ、ソスのキャリアにおいて重要な転換点となった。外とつながる内部空間を写したこれらの作品は、ソス自身が「展覧会の心臓部」と語る本展のキーピースだ。

Room 5の展示風景より、左から「I Know How Furiously Your Heart is Beating」シリーズのうち《Anna, Kenfield, California》(2017)、《Ute's Books, Odessa》(2018)
Room 5の展示風景より、「I Know How Furiously Your Heart is Beating」シリーズのうち《Irineu's Library, Giurgiu, Romania》(2018)

Room 6

 最後の部屋に展示された世界初公開作品となる最新シリーズ「Advice for Young Artists」は白眉だ。このシリーズは、2022年から24年にかけて全米の美術学校を舞台に撮影されたもの。シリーズには人物も含まれているが、特筆すべきは教室やスタジオに置かれたオブジェクトだろう。デッサン用の石膏や様々な静物が組み合わさり構成された画面は、これまでのソスの作品にはない雰囲気を放つ。作品の中にはソス自身の姿も見て取れる。ソスは本作について、「学生になったときの気分を追体験したいと考えた。自分が歳をとったことを実感しており、なぜ写真家となったのか、なぜ写真を撮るのかという『初心』を忘れないようにという思いを込めたもの」と語っている。

Room 6の展示風景より、「Advice for Young Artists」のうち《Still Life Ⅷ》(2023)
Room 6の展示風景より、左から「Advice for Young Artists」のうち《Still Life Ⅱ》(2024)、《Katherine's Drawing》(2023)

 本展に際し来日したソスは、「夢が叶った。東京は写真の一大中心地であり、そこで展覧会ができたことは大きな喜びだ」としつつ、「私の作品は、様々なテーマにおいて『内部空間』が共通要素としており、最初から非常に重要なものとして貫かれている」と語った。ソスの表現において部屋が持つ意味を、本展を通じて考えたい。