2024.11.2

「田村友一郎 ATM」(水戸芸術館現代美術ギャラリー)開幕レポート。いま、あなたが見ているものはいったい何なのか

茨城・水戸市の水戸芸術館現代美術ギャラリーで、多彩なメディアを横断しながら対象の価値や意味を揺さぶるアーティスト・田村友一郎の個展「田村友一郎 ATM」が開幕した。会期は25年1月26日まで。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、《T》(2024)
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 茨城・水戸市の水戸芸術館現代美術ギャラリーで、アーティスト・田村友一郎の個展「田村友一郎 ATM」が開幕した。会期は25年1月26日まで。

 田村友一郎は1977年富山県生まれ。京都府在住。日本大学芸術学部写真学科卒業、東京藝術大学大学院映像研究科博士後期課程修了。これまで既存のイメージやオブジェクトを起点に、写真、映像、インスタレーションからパフォーマンスや舞台まで、多彩なメディアを横断してきた。

展示風景より、《ATM》(2024)と田村友一郎

 田村は土地の歴史的なテーマから身近な事柄まで、幅広い着想源をもとに、現実と虚構を交差させた多層的な物語を構築してきた。今回の展覧会にあたって田村は、水戸芸術館の英語名である「Art Tower Mito」に着目。各単語の頭文字をとった略称「ATM」を展覧会のタイトルとした。本展は、この「ATM」から生まれた新作《ATM》(2024)のほか、田村の過去作の断片を無数に散らばらせながら、そこに文脈を発生させる展覧会となっている。

展示風景より

 展示室1はインストール前のホワイトキューブかと思うような、作品の少ない空間だ。観客の興味がまず惹かれるのは、展示室の壁面に印字されている、様々な組み合わせの「A」から始まるアルファベット3文字の単語群だろう。これは、最初の部屋のテーマが「A」であることを示しており、ここでは「A」から始まる新作《ATM》が展示されている。

展示風景より、Aから始まるアルファベット3文字の単語群

 このように各部屋にはテーマとなるアルファベットが設定されており、たとえば「B」であれば自動車メーカーの「BMW」を使った作品《啓示》(2023)が、「C」であればビリヤード台と玉を打つ「キュー(CUE)」を使った作品《裏切りの海》(2016)が、断片的に展示されるという趣向となっている。

展示風景より、《啓示》(2023)
展示風景より、《裏切りの海》(2016、一部)

 さて、「A」の部屋で展示されている新作《ATM》は、その名の通りATM(=現金自動預け払い機)の端末を模した作品だ。本作は朝日新聞社メディア研究開発センターの浦川通が技術協力をしたもので、端末の画面で3つのアルファベットを入力すると、AIがそのアルファベットから始まる3つのセンテンスを感熱紙に印字して排出する。

展示風景より、右が《ATM》(2024)

 これは「ATM=Automatic Teller Machine」の「Teller」が、「出納係」という意味のみならず、「語り手」という意味も有していることにもとづいた作品だ。田村は本作の着想源について次のように語る。「このAIは田村友一郎というアーティストが書いたテキストを学習させてセンテンスをつくり出しているわけではなく、田村がかつて使った単語をただ断片としてつなぎ直すことでセンテンスを生み出している。田村らしいナラティヴを学ばせることもできたが、本作ではただ機械としてランダムにセンテンスを構成する方法を選んだ」。

展示風景より、《ATM》(2024)

 田村いわくこのAIは、ただ機械的にセンテンスを排出しているにも関わらず、そのテキストのチョイスは非常に「キザな」ものであり、性格のようなものも感じさせるという。機械的で意味なくつなげられたセンテンスに人間が文脈を見出すというこの構造は、断片が寄せ集まった本展を訪れて、それらをつなぎ合わせようとする観客の意識とも重なる。

展示風景より、《ATM》(2024)

 ほかにも「S」の展示室では、作家が仕事で海外を訪れるたびに差し替え続けた「SIM」カードと、タイタニック号の沈没地点を示した作品《γ座》(2017)がともに展示されているが、これはタイタニック号が沈没まで「SOS」信号を打ち続けたことにちなむ。

展示風景より

 「G」の展示室ではニュートン直筆のメモにあった「beer with Ginger instead of Hops(ビールの原料となるホップを『Ginger(生姜)』で代用する)」という言葉のネオンサインが壁面に取り付けられており、これはニュートンが重力(Gravity)の法則を発見したこととも接続している。その隣にはリンゴのエチレンガス(Gas)がバナナの腐食に影響を与えていく様子を撮影した写真作品が並び、また作品《G》(2017)の一部である、金(Gold)でメッキされた世界のエアラインのカトラリーも近くに展示されている。

展示風景より、上が「beer with Ginger instead of Hops」のネオン、下が《G》(2017)の一部

 このように、展示室に置かれた田村の作品は、一見すると関連のないように見えて、同じ頭文字の単語、あるいはそこから想起される文脈によってゆるくつながっている。もちろん、このつながりは個展をつくった田村の意思によるものもあれば、観客が自らの経験や知識をもって生み出すものもあるだろう。

展示風景より

 水戸芸術館の現代美術ギャラリーは展示室をめぐったあとに、細長い廊下状の展示空間を通って入口方向に戻る構造になっている。田村はここにまるで倉庫のようなキャビネットを配置し、これまで制作した作品の断片や制作の道具、展示で使用した素材などを収納した。

展示風景より

 この試みを田村は「展示室にある作品はすべて入れ替えることが可能であるという、代替可能性を感じさせたかった」と語る。たしかに、この大量の文物がバックヤードのように展示室の裏に存在することは、観賞者に展示がいつまでも完成していないような印象を与え、「展覧会における完成とはなにか」という問いを無限に生み続ける。

展示風景より

 なお、このバックヤードのような空間に無作為に置かれている作品を含めた品々も、じつは展示室と同様に何かしらのアルファベットにもとづいた文脈によって整理されている。展示室よりもさらに混迷を深めるそれぞれの文物をつなぐ文脈を、絡まった糸を解きほぐすように探ってみてはいかがだろうか。

展示風景より

 バックヤードを抜けたところにある展示室をまるごと使ってつくられているのが、新作《T》(2024)だ。田村が銀行から借りてきたという備品によってつくられた、銀行の窓口そのもののような本作を、観賞者は呼び出しを待つようにソファに座って眺めることになる。

展示風景より、《T》(2024)

 窓口の電光掲示に表示されるのは受付番号ではなく、田村があらかじめ用意したアルファベット3文字からなる単語だ。ここでは「FAX(=ファクシミリ」「MDF(=中密度繊維板)」「IPA(=情報処理推進機構)」といったように、一度は聞いたことがあるであろうアルファベット3文字による単語が、音声の読み上げとともに掲示されつづける。もちろん、それぞれの意味するところはひとつではなく、観賞者一人ひとりの知識や経験によって変化するだろう。

展示風景より、《T》(2024)

 不安定な言語を一方的に吐き出し続ける窓口であるが、観賞者は自らがこの窓口の向こうから出てきたことにも気がつくはずだ。窓口の向こうにあるのは、無限の文脈と意味で満たされた展示室だ。観賞者は、あの展示室に溢れていた情報が引き出されるのを待っているのか、貸し付けられるのを待っているのか、あるいはこれから預け入れるのか。展覧会における情報や経験の価値が揺さぶられることも、本展のひとつのおもしろさといえる。

展示風景より、《T》(2024)

 ここまで来たら、ぜひ、窓口を通り抜けて再び展示室に戻ってもらいたい。先ほどと変わらないはずの展示室が、窓口を通過した人間の目にはどのように変化して見えるのか確かめなければならない。

展示風景より

 冒頭で展示されていた、本展のタイトルと同じ名前を持つ作品《ATM》は、先にも紹介したとおり、文脈を無視したAIの「Teller(語り手)」だった。しかし、そんな語り手が排出した言葉を読むとき、我々人間は自分の経験や知識とのつながりを見出さずにはいられない。それは豊かな物語にもなり得るが、同時に陰謀論のような歪んだ認知につながる危険もはらむ。本展は、人間が身の回りの情報をいかに受け取り、蓄積しコミュニケーションしているのかを、展覧会という体験をもって可視化している、稀有な展覧会といえるだろう。

展示風景より