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2024.11.23

「『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」(三菱一号館美術館)開幕レポート

2023年4月からメンテナンスのため長期休館してきた三菱一号館美術館が再開館。再開館を記念する「『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」が開幕した。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

三菱一号館美術館
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 2023年4月から1年半以上にわたり休館してきた三菱一号館美術館が再開館を迎えた。

 同館は2010年、東京・丸の内に開館。赤煉瓦の建物は、三菱が1894 年に建設した「三菱一号館」(ジョサイア・コンドル設計)を復元したものだ。今回の長期休館では、空調や照明設備の刷新、壁面と絨毯の色の変更、鉄部の錆や汚れの除去、床材の補修などが実施された。

 また、新たなスペースとして「小展示室」と「Espaceエスパス 1894」を開設。もともとミュージアムショップとして使われていた部屋を用途変更した「小展示室」は、開館以来の収蔵作品と寄託作品を、各学芸員が独自の切り口で展示・紹介するものだ。いっぽう「Espaceエスパス 1894」は多目的室であり、ワークショップやレクチャー、小展示など様々な用途に使われる。

再開館記念展は「不在」

 三菱一号館美術館の新たなスタートを飾るのは「『不在』―トゥールーズ=ロートレックとソフィ・カル」だ。本展は、同館コレクションの核でもある19 世紀末パリで活躍したアンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック(1864〜1901)の作品をあらためて展示するとともに、フランスを代表するアーティスト ソフィ・カル(1953〜)を招聘し、その創作活動を紹介するもの。カルは長年にわたり「喪失」や「不在」をテーマに制作活動を行ってきたアーティストであり、本展タイトル「不在」もカルからの提案によるものだという。

 会場は前半部分(3階)がロートレック、後半部分(2階)がソフィ・カルとなっており、2作家それぞれの個展のようなかたちになっている(なお、ソフィ・カルについてはメディアによる展示風景の撮影に制約があったため、本稿では掲載しない)。

 これまで同館ではオーソドックスな見せ方で紹介されてきたロートレックだが、今回は「不在」というキーワードを軸に構成が検討された。展示作品数は、フランス国立図書館から借用した版画作品11点を加えた136点。

 ロートレックはポスターなど印刷物を中心とした商業美術分野で活躍していたため、その没後も美術史では「不在」の時期=評価されなかった時期があった。1章「ロートレックをめぐる『存在』と『不在』」では、このロートレックの作品を守り伝えてきたモーリス・ジョワイヤンとともに、ロートレックによって存在を記録されたモデルや友人たちにフォーカスする。

展示風景より、アンリ・ド・トゥールーズ=ロートレック《ムーラン・ルージュ、ラ・グーリュ》(1891)

 3章の「『不在』と『存在』の可視化」はもっともよく本展テーマを反映したものだろう。象徴的なのは『イヴェット・ギルベール』の表紙だ。そこに描かれたのは長く黒い手袋にのみ。しかしその強烈な存在感によって、不在の持ち主の存在を強く伝えている。

展示風景より、《ロイ・フラー嬢》(1893、フランス国立図書館蔵)
展示風景より
展示風景より

4年ぶりに実現したソフィ・カルの《グラン・ブーケ》

 いっぽうのソフィ・カルでまず注目したいのが、《グラン・ブーケ》だ。三菱一号館美術館の代表的なコレクションであるオディロン・ルドンの《グラン・ブーケ(大きな花束)》に着想を得たこの作品。当初は2020年に開催された「1894 Visionsルドン、ロートレック展」の際に展示する予定だったが、コロナ禍によってカルの来日が不可能となった。本展は4年越しに実現した展示となる。

 作品はルドンの《グラン・ブーケ(大きな花束)》の約3分の1の大きさで、ライトボックス上に日本語のテキストが配置され、消灯と点灯を繰り返すことでテキストと《グラン・ブーケ》の絵が交互に浮かび上がる。なお同じ部屋では、建築家のフランク・ゲーリーがカルの個展のたびに贈った花束をモチーフにした《フランク・ゲーリーの花束の思い出》も展示されている。

 このほか、本展ではソフィ・カルの代表的なシリーズ「なぜなら」「あなたには何が見えますか」「監禁されたピカソ」「フランク・ゲーリーへのオマージュ」なども見どころだ。

 例えば「海を見る」は14点からなる映像作品で、今回は6点が並ぶ。画面に映るのは、海に囲まれたトルコの首都・イスタンブールで、貧困を理由に海を一度も見たことがない人々。この人々が初めて海を見るその瞬間を映したものだ。じっくりとその姿に向き合ってみてほしい。

 「監禁されたピカソ」は本展タイトルとも強く結びつく。同作は、2023年にソフィ・カルがパリのピカソ美術館で発表した作品を再構成したもの。当時の制作テーマはピカソの「不在」。ロックダウン中のピカソ美術館に並んだ、保護紙で覆われたピカソ作品を目にしたカルはそれらを撮影し、作品化した。

 本展最後を飾る 「なぜなら」は、額装された写真の手前にテキストが刺繍された布が掛けられ、鑑賞者はこの布を手でめくり、その下にある写真を見ることとなる。テキストは「Parce que(なぜなら)」から始まる言葉となっており、写真のネタバラシが先に存在する構造となっている。

 このように、ソフィ・カルの多様な作品を一度に見れるという点においては、本展は貴重な機会と言えるだろう。

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