2024.11.30

ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ「Dance Floor as Study Room—したたかにたゆたう」(山口情報芸術センター[YCAM])開幕レポート

山口情報芸術センター[YCAM]で、ウェンデリン・ファン・オルデンボルフによる新作展覧会「Dance Floor as Study Room—したたかにたゆたう」がスタートした。会期は2025年3月15日まで。

文・撮影=三澤麦(ウェブ版「美術手帖」編集部)

展示風景より、《したたかにたゆたう─前奏曲》(2024)
前へ
次へ

 山口情報芸術センター[YCAM]で、ウェンデリン・ファン・オルデンボルフによる新作展覧会「Dance Floor as Study Room—したたかにたゆたう」がスタートした。キュレーターは、レオナルド・バルトロメウス(YCAMキュレーター)。

 ファン・オルデンボルフはオランダ現代美術を代表するアーティストのひとり。映像作品やインスタレーションを通じて、人種差別、ジェンダー問題、歴史、植民地主義などの支配的言説や権力構造に対峙する数々の作品を発表してきた。日本においては、2022年11月に東京都現代美術館で開催された個展「ウェンデリン・ファン・オルデンボルフ 柔らかな舞台」が我々の記憶には新しいだろう。

 また、YCAMと言えば、メディア・アートの拠点のひとつとして知られ、テクノロジーを用いた新たな表現の追求を主な活動としているイメージが強い。しかしそのいっぽうで、批判的な視点や学びの機会を展覧会を通じて行ってきたという側面もあり、今回のファン・オルデンボルフによる展覧会にもそのような意図が込められているという。これについてバルトロメウスは「政治的な内容に触れたくない鑑賞者もいるとは思うが、そこでアプローチをやめてしまうと会話が進まない。正義による分断は起きるべきではないと考えているため、こういった活動を通じて対話の大切さを伝えていきたい」と語っている。

展示風景より

 ファン・オルデンボルフは近年、日本とオランダ、そしてインドネシアにゆかりのある女性アーティストのリサーチを進めており、そのなかには、YCAMのある山口県ともゆかりの深い、女優・映画監督の田中絹代(1909〜77)や、作家の林芙美子(1903〜51)も含まれている。本展では、こうしたアーティストたちに焦点を当てた新作とこれまでに制作された作品があわせて4点展示。舞台セットのような装置とともに展開されている。

 本展のタイトル名が含まれる最新作の《したたかにたゆたう─前奏曲》は、紛争や人生における葛藤を多視点的にとらえる作品だ。田中絹代や林芙美子による階級闘争を意識した作品のオマージュや、成田空港の三里塚闘争、クィアシーンに見られるレイブパーティなどをテーマに登場人物が語りあいながら、様々な課題や問いと向きあう姿が映し出されている。

 また、登場人物による「学校で習わないことをアーティストになってたくさん学んでる気がする」というセリフは、アートを通じた対話や相互理解の可能性を示すものでもあり、印象深いものであると個人的に感じた。

展示風景より、《したたかにたゆたう─前奏曲》(2024)。本作は、2026年に長編作品を発表予定のファン・オルデンボルフによるプレリュード的な位置付けの作品となる

 この作品の上映(上演)が終わると、会場はまるでひとつのダンスホールであったかのような音と光に包まれる。ほかの作品の音やセリフ、色がまぜこぜとなったこの空間は、多様な文化が入り混じる社会の姿に重ねられている。

展示風景より、《したたかにたゆたう─前奏曲》(2024)

 《彼女たちの》は、2022年に東京で開催された展覧会「柔らかな舞台」では軸となっていた作品だ。女性や階級問題に強い意識を持っていた林芙美子と宮本百合子(1899〜1951)といったふたりの作家を取り上げ、それらの著書に記された生き方と理想を、現代を生きる登場人物たちが読み解くものとなっている。ここで登場したキャストの数名は前述の新作《したたかにたゆたう─前奏曲》にも再び参加しており、キャストたちの考えや活動が連綿とつながっていることも感じ取れる。

展示風景より、《彼女たちの》(2022)

 会場の中央では、リオデジャネイロで暮らすふたりの女性の邂逅を描いた《ヴェチ&デイジ》が上映されている。テレビ俳優・政治といったキャリアを両立してきたヴェチ・メンデスと、ヒップホップアーティストのデイジ・チグローナによるそれぞれの経験談からは、社会における自身の立ち位置とそこから浮かび上がるいくつかの矛盾が読み取れる。

展示風景より、《ヴェチ&デイジ》(2012)

 会場の黄色い壁の奥で展示されているのは、《指示》という作品だ。第二次世界大戦後にオランダがインドネシアに対して行った軍事介入について取り扱った作品で、現在オランダの王立陸軍士官学校に通う若い士官候補生にそれらが孕む問題について投げかけている。

展示風景より、《指示》(2009)。ファン・オルデンボルフの母親はインドネシア出身のオランダ人であり、日本による1942年からの植民支配により収容所での生活を経験しているという。会場のポスターは作家の父親が撮影したという母親の姿も
展示風景より、《指示》(2009)

 ファン・オルデンボルフの展覧会は、いつもユニークなアプローチであふれている。それは、マイノリティや社会課題に着目しながらもその「正解」について述べるのではなく、登場人物が様々な問いに直面しながら、迷い、対話をする様子をフラットに映し出しているからだ。

 本展についてファン・オルデンボルフは、「オランダ、日本、インドネシアといった3ヶ国の女性作家を取り上げた。国同士の過去の対立はあれど、それを超えたところにある女性たちによる共通した闘争、そして連帯の在り方に着目している」とし、作品や展示空間については「誰かを被害者にしない、多視点的なとらえかたを重視している。様々な作品(問い)が交差するというのは、実際の社会も同じでしょう」と語っている。

 なお、展示室の外には作品に関連する書籍を読むことができる空間が用意されているほか、会期中には様々な関連イベントも実施予定。詳しくは公式ウェブサイトをぜひチェックしてほしい。

展示風景より