• HOME
  • MAGAZINE
  • NEWS
  • REPORT
  • 「古筆切 ―わかちあう名筆の美」(根津美術館)開幕レポート…
2024.12.28

「古筆切 ―わかちあう名筆の美」(根津美術館)開幕レポート。様々なアプローチから知る名筆の楽しみ

根津美術館が新たに所蔵した《高野切》(重要文化財)の初公開とともに、平安から鎌倉時代のすぐれた筆跡の断簡である「古筆切」を紹介する展覧会「古筆切 ―わかちあう名筆の美」が始まった。成り立ちから名称の由来まで、多様な切り口で見せる内容は、なじみのない人にもその魅力に近づけるきっかけをくれる。※画像はすべて美術館の許可を得て撮影

文=坂本裕子

展示風景より
前へ
次へ

 古筆とは、いにしえの人の筆跡を指すが、狭義では平安から鎌倉時代のすぐれた書跡のことをいう。平安時代、貴族たちは、書に秀でた人・能書家に『古今和歌集』をはじめとする勅撰和歌集や私家版の和歌集などの書写を依頼し、贈答品や調度品とした。美しい料紙に書かれた文字は、まさに書画一体美を体現した美術品。こうした歌書などは、室町時代以降の茶の湯の流行や鑑賞のために一紙や一頁、ときには数行単位で分割・切断され、「古筆切」として伝わっていく。そこには、小さな紙片をも大切に保管し、愛でてきた日本人の美意識が凝縮しているといえる。

 この「古筆切」の展覧会「古筆切 ―わかちあう名筆の美」が根津美術館で開催中だ。同館が新たに収蔵した「高野切」(重要文化財)のお披露目とともに、所蔵する優品たちが並ぶ空間は、現代に改めてその美の楽しみを伝えてくれるだろう。

「古筆切」になる前は? 「切断前の形状」

 まずは、古筆切になる前の古筆の形状を確認しよう。これらには、料紙を横に貼り継いだ「巻物(巻子)」や、糊や糸で綴じた「冊子」、歌会で詠んだ歌を記した「懐紙」などがある。

 初の勅撰和歌集である『古今和歌集』は、和歌の規範として多く書写された。会場では筆者や書写した時期もわかっている『古今和歌集』の冊子(重要文化財)や巻子の状態で伝わっている過去の歌合の集成の草稿などの貴重な作品で、切断される前の姿を追う。

展示風景より、重要文化財・藤原為氏筆《古今和歌集》(1260、根津美術館)
「1.切断前の形状」展示風景より。もとは冊子のほか、巻子、懐紙として伝わっていた

「古筆切」になったら? 「掛幅と手鑑 切断後の形状」

 本来なら巻子や冊子、“まくり”といわれる1枚の紙として保管、伝承されるものが、鑑賞の対象として愛好されるようになると、分割・切断されていく。それらは軸に表装されて、茶の湯の席に掛けられたり、台紙に貼り込んでアルバムのように鑑賞する「手鑑」などに仕立てられた。床の間を再現した展示でその雰囲気を感じる。手鑑は現代のコレクションにも通じ、身近に感じられるだろう。

「2.掛幅と手鑑」展示風景より。掛軸になった古筆切は自宅や茶席の床の間に飾られるものとして大切にされた
展示風景より、重要美術品《手鑑文彩帖》(8~19世紀、根津美術館)

書風の変化を楽しむ「古筆切の書風」

 能書家といっても、時代、人によってその書風は様々。この時代の古筆は、貴族文化を反映したみやびやかな書風から、武家の台頭や、和歌そのものの受容の変化などで、個性や実用性が重視される書風へと変移していく。「かなの頂点、高野切」「優美な書風と個性的な書風」「実用性を兼ねた書風へ」「筆者名がわかる切」の4つのポイントから、当代を代表する書き手たちの作品にその変化を読み取っていく。読下し文とともに書風の特徴の丁寧な解説もあるので、「読めないし、見どころがわからない」と思っている方も楽しく追えるだろう。

「2-3.古筆切の書風 実用を兼ねた書風へ」展示風景より。左から伝 西行筆《白河切(後撰和歌集 巻第八断簡)》、 重要美術品・藤原教長筆《今城切(古今和歌集 巻第十五断簡)》(ともに12世紀、根津美術館)

 注目はもちろん、本展が収蔵後初公開となる「高野切」だ。現存する最古の『古今和歌集』の書写本であり、かなの最高峰とされているもの。なかでも本作は、巻第十九に4首のみが記載される「旋頭歌(せどうか)」(五七七・五七七の6句からなる和歌の様式のひとつ)の題字を含めた全4句が揃う貴重な断簡になっている。料紙にほどこされた雲母砂子(きらすなご)がよく見える照明になっているので、そのきらめきとともに、漢字混じりのかな2首、かなだけの2首、ふたつの筆を堪能して。

「2-1.古筆切の書風 かなの頂点、高野切」展示風景より、伝 紀貫之筆《高野切》(重要文化財、11世紀、根津美術館)。収蔵後初公開

 様々な書風からは、自分の好みを探してみよう。古筆切の楽しみは広がっていくはず。また著者が判明しているものからは、書体にいにしえの人の性格や人となりを想像してみるのも一興だ。

「2-2.古筆切の書風 優美な書風と個性的な書風」展示風景より。左から藤原定信筆《石山切(貫之集下断簡)》 (12世紀、小林中氏寄贈)、伝 藤原公任筆《石山切(伊勢集断簡)》(日本・平安時代、根津美術館)

書画一体の美を楽しむ「古筆と料紙の調和美」

 その書の趣とともに、古筆切の見どころのひとつに料紙の美しさがある。高級品とされた唐紙に金銀泥や砂子で装飾したり、飛雲や打雲などの漉紙、幾枚もの紙をつないだ継紙など、当時の紙作りの高度な技術にも驚嘆する。特徴のある料紙に書かれた古筆との調和の美を楽しんだら、もう一度料紙に注目して会場を巡ってみたい。古筆切を入手した人がこだわった表装の美も楽しみを加えてくれるだろう。

「4.古筆と料紙の調和美」展示風景より
展示風景より、伝 藤原公任筆《石山切(伊勢集断簡)》(12世紀、個人)。5種の紙が継がれたみごとな技術に注目

 各所には「コラム」として、どのように古筆の筆者を特定してきたのか、その鑑定の記録である極札(きわめふだ)の実例、各切の名称(切名:きれめい)がどんな由来でつけられたのか、などのトリビア的な知識も紹介されていて、より鑑賞を深めてくれるのが嬉しい。

コラム「切名の由来」展示風景より

 そして最大の魅力は、「わかちあう美」。

 一冊の本が、一巻の巻子がバラバラになってしまっているのは残念なことではありながら、分断されてもなお大切に残し伝えられたこと、また分断されたゆえに全部の喪失を逃れたことでもある。さらには、限られた人物にとどまらず、多くの人々の目に触れ、鑑賞されることが可能になり、その美が広がったからこそ、いま私たちもまた楽しめるのだ。本展はそんな喜びをメッセージしている。

このほかにも見どころは盛りだくさん

 今回、展示室2では、「一行書(いちぎょうしょ)」が紹介される。古くは「ひとくだりもの」といわれ、簡素な禅語を一行に記して茶室の掛け物にした書は、記憶しやすいことから、江戸時代以降、人気を博したそうだ。大徳寺歴代の僧都から、江戸狩野の創始者・探幽や良寛さんの書まで、古筆切とはまったく異なる大胆、おおらかな書も新鮮に感じられるだろう。

テーマ展示「一行の書」展示風景より

 2階では、古代中国の銅鏡がずらりと並ぶ。同館の所蔵の奥深さを改めて感じるとともに、十二支を彫り込んだ鏡には、来年の干支・蛇の姿を探してみたい。

展示風景より、《狻猊十二支文鏡》(7世紀、卯里欣侍氏寄贈、根津美術館)。ここに刻まれたヘビはミュージアムグッズにもなっているので、探してみて