2025.1.20

「やんばるアートフェスティバル 2024-2025」開幕レポート。土地の豊かさがつくった芸術祭

沖縄県北部地域(通称:やんばる)を舞台とした芸術祭「やんばるアートフェスティバル 2024-2025」が開幕した。会場の様子をレポートする。

文・撮影=安原真広(ウェブ版「美術手帖」副編集長)

展示風景より、渡辺志桜里《Blue - alter editon》
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 沖縄県北部地域(通称:やんばる)を舞台とした芸術祭「やんばるアートフェスティバル 2024-2025」が開幕した。会期は2月24日まで。

 本芸術祭は大宜味村立旧塩屋小学校をメイン会場に、大宜味村内、国頭村、名護市のほか、サテライト会場として恩納村のBEB5沖縄瀬良垣 by 星野リゾートやホテルアンテルーム那覇などを舞台とするもの。

大宜味村立旧塩屋小学校

 アートディレクターは初回より務めてきたアーティストの仲程長治が続投。エキシビション部門ディレクターは金島隆弘、クラフト部門キュレーターは麦島美樹/麦島哲弥が務める。テーマは「山原本然(やんばるほんぜん)」とし、やんばるの 「本然(本来あるべき元々の姿)」をアートを通じて発信している。

 本芸術祭は今回の開催から、ディレクターとは別にキュレーターを招聘する「YAFキュラトリアル・コミッティ」を形成し、キュレーションを多角的に実施することを試みている。参加キュレーターは、ゲルベン・シュレマー(主に欧米圏のアーティストを担当)、エヴァ・リン(主にアジア圏の海外アーティストを担当)、町田恵美(主に沖縄県在住のアーティストを担当)、吉田山(主に県外の若手アーティストを担当)となっており、アーティストの多様性を担保することを志向している。

 会場ごとに、展示のハイライトをレポートしたい。

クラフト部門の展示風景より

大宜味村立旧塩屋小学校

 まずは旧塩屋小学校で行われているエキシビション部門の作品を紹介したい。2016年に閉校した大宜味村立旧塩屋小学校は、本芸術祭のメイン会場となっている。体育館では芸術祭のインフォメーションや公式グッズ販売を行うとともに、作品展示も実施中だ。

  昨年末に資生堂ギャラリーで開催された「宿/Syuku」も話題となった渡辺志桜里は、特定外来生物に指定されているブルーギルをテーマに据えた映像作品《Blue - alter editon》を出展。塩屋湾を望むガラス窓を借景に、現上皇がアメリカより持ち込んだ15匹を祖とするブルーギルが日本中に広がったことや、外来生物法が制定されるまでの経緯などをリサーチし、自然と人間の関係、そして循環と持続の不安定さを表出させる映像作品を制作した。

展示風景より、渡辺志桜里《Blue - alter editon》

 沖縄の美術工芸を現代の視点からとらえ直す「新・琉球の富研究会」は、大正から昭和初期に生産された「琉球古典焼」を、現代の視点を取り入れながら紹介。民藝運動を推進した柳宗悦が激しく批判したこともあり、研究が停滞していた古典焼を改めて評価する展示となっている。

展示風景より、新・琉球の富研究会による「壺屋のエジプト–Foreiners Everywhere」

 八重山における創作や美術工芸を紐解くユニット・五風十雨は、八重山に唯一残る島の鍛冶屋「池村鍛冶屋」の活動を紹介する展示を行っている。砲弾や自動車部品を素材に、包丁、鍬、鉈などを、繊細な焼き入れによってつくりだすその活動を知ることができる。

展示風景より、五風十雨による「池村鍛冶屋」の紹介

 旧小学校の各教室の特徴を活かした展示にも注目したい。放送室と視聴覚室では、心霊や超常現象などを手がかりに、現実と非現実の境目を探る冨安由真がインスタレーション《おとずれるもの》を展開。

展示風景より、冨安由真《おとずれるもの》

 冨安は小学校が面する塩屋湾で行われてきたニライ・カナイ(海の彼方から来る豊穣の神)を迎える祭り「ウンガミ」に着想を得て本作を制作。視聴覚室ではウンガミで行われる舟の競漕「御願バーリー」の掛け声とともに、蛍光灯がランダムに点滅する。また、放送室でも塩屋の海が部屋全体に広がる映像作品が映写される。古くから伝えられてきた伝承が、かつて子供たちが様々な映像や音楽を視聴したこの場所の記憶とともに現れる。

展示風景より、冨安由真《おとずれるもの》

 数々の工作が行われてきた図工室では、Chim↑Pom from Smappa!Groupが新作を発表。これまでもChim↑Pomが興味の対象としてきた「奈落(底のない地獄/歌舞伎舞台の下部空間)」をテーマに、店舗などで案内役として使われてきたロボット「ペッパーくん」を使ったインスタレーション《穴番/Who where what is プロトタイプ》を展開した。

展示風景より、Chim↑Pom from Smappa!Group《穴番/Who where what is プロトタイプ》

 本来の用途とはかけ離れたプログラムを施された「ペッパーくん」は「暗がり≒穴」となった図工室のなかで、周囲をサーチライトで照らし、ときに来場者の写真を撮影しながら、「なにか」を探し続ける。これは沖縄において、ときに戦争の記憶を呼び起こす「穴」「洞窟」といったキーワードとも結びつき、探すべきものの在処を来場者に問いかける。

 調理室では、パフォーマンス、映像、インスタレーションなどを行う津田道子が《泡盛ラプソディ》を展開。寝かせることで熟成させる蒸留酒・泡盛に興味を持った津田は、酒造をリサーチするなかでつくり手たちの身体性のおもしろさにも気がついたという。こうした酒造りにおける動きを映像や金属製の立体で表現しつつ、泡盛の製造工程などを黒板に記した。

展示風景より、津田道子《泡盛ラプソディ》

 アニメーション作家の中澤ふくみは、沖縄における「人間と道具」をテーマに、民具をモチーフとしたアニメーション作品《人と道具の相互形成》を家庭科室で上映。民具が日常のなかで繰り返し使われることに着目し、和紙に描いた絵による短尺のアニメーションを繰り返す。また、和紙に描かれた原画は重ねられ、物質として展示されている。

展示風景より、中澤ふくみ《人と道具の相互形成》
展示風景より、中澤ふくみ《人と道具の相互作用》

 浅田政志は、自らが撮るだけでなく、撮られることについてのおもしろさを問いかけてきた写真家だ。出展作《わたしのブナガヤ》は、観光地によくあるフォトスポットを模した作品。大宜味村にはブナガヤ(他地域ではキジムナーなど)と呼ばれる、妖精の伝説があり、やんばるの森に暮らしているとされている。このブナガヤをリサーチするうえで、戦前まではこのブナガヤを観察する小屋が大宜味村にあったことを知った浅田。子供を叱るときなどに使われたと推測されるこの小屋をモチーフとしたスマートフォン立てを用意し、来場者自らがブナガヤになって写真を撮るという体験を提供している。

展示風景より、浅田政志《わたしのブナガヤ》

 「沖縄グラフィックデザイナーズクラブ(OGDC)」は沖縄のグラフィックデザイナーたちが1983年に結成した集団だ。会場ではOGDCが、これまでに制作し、沖縄の人々の生活のなかに浸透していた多種多様な広告表現を展示。沖縄が経験してきた時代を映す鏡としての広告を、改めて学ぶことができる。

展示風景より、 「沖縄グラフィックデザイナーズクラブ(OGDC)」による「沖縄グラフィックデザイナーズクラス」

 学校の中庭にも作品が展開されている。園藝プロジェクト「Leggy_」は、植物の「流通/適応/自生」をキーワードに、沖縄を7日間旅をした。各地で集めた植物を素材に、海岸の漂流物や黙認耕作地の土を使って、給水タンクに「寄せ植え=チャンプル上」として《Leggy_Canpuru 2024〜》を作成。本来出会うはずがなかった植物たちが、生き生きと上空に向かって成長している様を見ることができる。

展示風景より、Leggy_《Leggy_Canpuru 2024〜》

 ほかにも、華道家の片桐功敦が八重山の「パナリ焼き」に着目した生け花の写真展示を、うしおが日系移民がアメリカで強制された指紋採取の歴史に着目した作品を展示。

展示風景より、片桐功敦《たましいの通り道・やいまの壺パナリ》
展示風景より、うしお《海の向こう》

 また、KYOTARO HAYASHI×Ryuは旧小学校の風を表現したシフォンの布作品を、ベニング・ヴァーゲンブレトが静止した日曜日の街を表現したインスタレーションを展開。ロドリゲス=伊豆見・彩は、沖縄戦で起きたことを言葉で表現する作品を展示している。

展示風景より、KYOTARO HAYASHI×Ryu《カタチをあたえる。》
展示風景より、ベニング・ヴァーゲンブレト《マズーカの日曜日》
展示風景より、ロドリゲス=伊豆見・彩《声にすること》

 そして柏原由佳は、南城美術館での2ヶ月の滞在時に集めた貝と、そこから発想したミクロとマクロを行き来する絵画作品を展示。台湾の黄海欣は沖縄で感じた物語を小さな絵画に。さらに、本展総合ディレクターの仲程長治はやんばるの自然を立体的な写真作品として表現。アーティストデュオのDOPPELがライブペイントを行う。

展示風景より、柏原由佳《Seeing in the Dark》
展示風景より、黄海欣《Okinawa DoReMi》
展示風景より、仲程長治《山原本然》

 クラフト部門は、亞人、acier+Grau、ALOALO mirror、itoguchi_ 、伊豆味ガラス工房うみのおと、漆works三時茶、O' Tru no Trus、オサム工房、神谷窯、ガラス工房ブンタロウ、喜如嘉芭蕉布事業協同組合、シーサー陶房大海 、Jungle Studio、田村窯、陶藝玉城、陶房大政、陶房 火風水、仲田雅也、nikadori 、fuclay、室生窯、森製陶所が参加。

 会場では沖縄で陶芸の表現を深めようとする作家たちの作品のほか、ガラス工芸、金工、漆器、ジュエリーなど多様な表現を見ることができる。もちろん、これらは購入可能だ。

クラフト部門の展示風景より
クラフト部門の展示風景より

 また、旧塩屋小学校から歩いてほど近い集落では、コレクティヴ・koouが《歩いて巡る屋外写真展 塩屋湾・ウンガミ》を展開。土地の人々の営みを記録した写真を散策しながら見ることができる。

展示風景より、koou《歩いて巡る屋外写真展 塩屋湾・ウンガミ》

大宜味村喜如嘉保育所

 旧塩屋小学校から車で10分ほどの場所にある、統廃合によって閉鎖された喜如嘉保育所。ここでは、チームやめようと麥生田兵吾が展示を行っている。

大宜味村喜如嘉保育所

 チームやめようは、09年に広島で結成された「やめたくてもやめられない」をテーマとしたアートチーム。今回は、メンバーが自分の運命を乗り越えるために、ギリシア時代の「アキレスと亀」のエピソードをもとに作成した10年前の映像作品《運命やめよう》を展示。映像とともに10年という歳月のなかで、亀はどこにいったのかを問いながら、改めて運命に抗う可能性を探るインスタレーションを展開した。

展示風景より、チームやめよう《カメ人見知り》

 麥生田兵吾は「違い」に着目した写真作品を、保育所内に散りばめた。社会から人間関係にいたるまで、あらゆるところに存在するコントラスト、そこにあるようでない「線」についての思索が写真作品となった。

展示風景より、麥生田兵吾《Edge Complex》

 ほかにも、オリエンタルホテル沖縄リゾート&スパで淀川テクニック、オクマ プライベートビーチ&リゾートで永井英男、辺土名商店街で伊藤彩が、カヌチャリゾートで椿昇が展示を行うなど、サテライト会場も数多くある。

 総合ディレクターの仲程長治は本芸術祭について「地域の人々が毎年のものとして自然にとらえている芸術祭に育っている。開催者もアーティストも、そこに価値を見出している芸術祭だ」と、テーマである「山原本然(やんばるほんぜん)」と絡めて語った。参加アーティストたちの作品も、やんばるという場の自然や風土、人々から受け取ったことをそのまま反映している印象があった。来場者が作品を土地の空気ごと受け取ることができるような、理想的な「ゆるさ」が表現された芸術祭となっている。