2025.2.11

「来たる世界2075 テクノロジーと崇高」(GYRE GALLERY)開幕レポート。テクノロジー時代の崇高を問う

東京・神宮前のGYRE GALLERYで「来たる世界2075 テクノロジーと崇高」が開幕した。会期は3月16日まで。

文・撮影=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

展示風景より、井田大介《シノプテス》(2023)
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 技術が人間のスケールや理解の限界を超え、引き起こす畏怖や不安を「技術的崇高」と称し、それを感じさせる作品を紹介する展覧会「来たる世界2075 テクノロジーと崇高」が、東京・表参道のGYRE GALLERYで開幕した。企画は飯田高誉、キュレーション・展示統括は高橋洋介。

 本展タイトルにある「崇高」について、飯田は「本来は神に根差した言葉だが、現代において崇高はテクノロジーと密接に結びついている」としながら、「本展は、50年後の世界がどのようなものになっているのかを作品によって浮かび上がらせてみようという試みだ」としている。また高橋は「これまでの自然とつながる崇高ではなく、技術とつながるものとして、新たな崇高のかたちを考えたい」と本展の狙いについて語った。

展示風景より、手前はアンドレア・サモリー《Signal 1.1 - Deposition》(2023)

 本展の参加作家は、アンドレア・サモリー、牧田愛井田大介、イオナ・ズールの4組。

アンドレア・サモリー

 会場冒頭を飾るアンドレア・サモリーは1991年イタリア生まれで現在は東京を拠点に活動。インターネット以後の情報化された「自然と人間」をテーマに、神話的な作品を制作している。

 本展で展示される「キメラ」シリーズは、身体を思わせる様々な部位と、抽象的な形を組み合わせた造形作品。人口と自然、生物と無生物の間に位置するようなミステリアスかつグロテスクな造形は、技術がもたらす恐ろしさと、生命の人工的進化の可能性を示唆する。

展示風景より、アンドレア・サモリーの作品群

イオナ・ズール

 イオナ・ズールは1970年ロンドン生まれの科学者でありバイオ・アートの第一人者。西オーストラリア大学デザイン学部美術学科で教鞭を執る。

 本展に出品された《エクスウテロ/人工子宮》(2023)は、生殖と体外受精が技術によっていかに拡張されうるかを探究するもの。提供されたヒトの胎盤を使い、そこに存在する微生物までも再現し、「代理子宮としての孵化器」を科学的なプロセスによって開発しようとするプロジェクトだ。生殖における死の危険からの解放の可能性と、それによる倫理的・哲学的な問題が提示されている。

展示風景より、壁面がイオナ・ズール《エクスウテロ/人工子宮》(2023)
展示風景より、イオナ・ズール《エクスウテロ/人工子宮》(2023)

井田大介

 井田大介は1987年鳥取県生まれ、東京都在住。2015年東京藝術大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。彫刻という表現形式を問いながら、彫刻・映像・3DCGなど多様なメディアを用いて、目には見えない現代の社会の構造や、そこで生きる人々の意識や欲望を視覚化している。

 会場で一際存在感を放つ《シノプテス》(2023)は、ギリシャ神話の100の目を持つ巨人「アルゴス・パノプテス」と、ノルウェーの社会学者トマス・マシーセンが提唱した社会構造「シノプティコン」(多数者が少数者を監視すること)を組み合わせた造語からタイトルが付けられた。2つの身体に組み込まれた無数の眼球は会場の人間を感知して動き続ける。また手に持つ2つのスマートフォンもあいまって、テクノロジーが発達した相互監視社会を象徴するものとして表現されている。

展示風景より、井田大介《シノプテス》(2023)
展示風景より、井田大介《Statue of a Victorious Youth》(2023)

牧田愛

 機械的なモチーフを絵画によって表現する牧田愛。自ら撮影した金属やプラスチックなどの人工物を構成して、デジタル画像をキャンバス上の絵画として現実空間へ引き出すことを追求してきた。また近年は生成AIを作品制作に取り入れる手法に取り組んでいる。

 牧田が都市で発見した看板や廃棄物などの「人間味のある無機的なもの」の画像をAIに読み込ませ、抽象化してつくりあげられた映像作品が展示。また、AIがつくりだした絵を牧田がさらに再解釈した絵画も並ぶ。人間が滅びた後にも残り続ける無機物にいかなる崇高が潜むのか。そんなことへの想像力を働かせるきっかけとなる作品だ。

展示風景より、手前が牧田愛《e45a9f60-3904-4c03-98f5-89523c》。奥が《Dynamic Equilibrium #a》《Dynamic Equilibrium #b》(すべて2025)

 なお、会場では哲学者ユク・ホイとニース近現代美術館館長エレーヌ・ゲナンによる特別寄稿も読むことができるので、作品とあわせて確認してほしい。