アートと気候危機のいま vol.7「気候危機とアートのシンポジウム アートセクターはどのようにアクションを起こせるか」レポート(前編)

NPO法人アーツイニシアティヴトウキョウ[AIT/エイト]設立メンバーのひとりであり、TOTAL ARTS STUDIES(TAS)プログラム・ディレクター、ロジャー・マクドナルドによる、気候危機とアートについての連載記事シリーズ。ニュースやインタビューで海外や国内の動向の「いま」をわかりやすく紹介する連載の第7回は、7月に東京で開催された気候危機とアートのシンポジウムの様子を紹介する。美術館やギャラリーほか日本のアートセクターに携わるゲストの具体例を、編集者の武田俊氏によるサマライズレポートで掲載。

文=ロジャー・マクドナルド、武田俊 写真=越間有紀子

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 2019年にAITがアートと気候変動に関する活動を本格的に始めて以来、日本のアートセクターは持続可能性と気候変動に対する責任の問題に積極的に取り組んでいると感じている。私たちのアドボカシーの第一段階の集大成は、今年7月27日に東京で開催された公開シンポジウムだ。このシンポジウムには、日本のアートセクターから、アートと気候変動対策に積極的に取り組む6人の第一人者が集まった。基調講演は、持続可能性と政策問題を研究する社会学者である茅野恒秀教授(信州大学人文学部)が行った。

 アート分野で行われるほかのシンポジウムとの大きな違いは、気候危機の緊急性とリアルタイムの行動だと思う。これは、主に美学や芸術理論に関わる問題ではない。私たち一人ひとりが、自然、経済、そして未来という広い枠組みの中での私たちの位置づけを真剣に考えなければならない。気候危機問題を「解決」するための、単純な「解決策」はない。むしろ、個人やビジネス、地域、文化レベルで考え、行動する必要がある。また私たち日本人は、ヨーロッパや北米とは大きく異なる独自の条件のなかで仕事をしなければならない。このことは、旅行、国際輸送、再利用の文化、廃棄物、気候変動による緊急事態への適応方法についての考え方に影響を与えるだろう。

  このシンポジウムは、イタリアの革命家/政治理論家アントニオ・グラムシが概説したようなことに焦点を当てたと私は感じている。

 私たちは、地球や生態系へのダメージを減らすために、美術館やコマーシャルギャラリー、運輸会社、アーティスト、アート関係者やアートファンほか、様々なステークホルダーが協力して行動できるよう、新しいつながりをつくっている。

 つまり、現代における私たちの立場を理解するための新しいエコロジカルな「常識」を共同で構築しようとしているのだ。

 本シンポジウムは、絶望や無力感につながる分断ではなく、建設的な連携と共有の場であると感じた。多くの人々とともに前進するなかで、ゆくゆくは日本のアートセクターが、より広い社会に対してリーダーシップを発揮できるようになることが、私の願いである。

 シンポジウムについて詳しくは、武田氏のレポートをお読みいただきたい。

「気候危機とアートのシンポジウム アートセクターはどのようにアクションを起こせるか」レポート

 2024年7月27日、代官山ヒルサイドプラザにて、気候危機とアートのシンポジウム「アートセクターはどのようにアクションを起こせるか」が開催された。

 このシンポジウムは、環境や気候科学の研究者や芸術関係者の基調講演、パネルディスカッションを通して、今後、アーティスト、美術館、ギャラリーやアートスペースなどをはじめ、芸術に携わるあらゆる人々が、気候危機対策の実践者となることを目指し企画された。

 ゲストスピーカーに迎えたのは、環境社会学の専門家である茅野恒秀、森美術館館長・片岡真実、十和田市現代美術館館長・鷲田めるろ、Yutaka Kikutake Gallery代表・菊竹寛、ヤマト運輸株式会社(美術)コンサヴァター・相澤邦彦。AITのロジャー・マクドナルドは、アートと気候危機の世界の動向を紹介。そして、クロージング・パフォーマンスには作家/アーティストの小林エリカが出演した。

 また、会場では、音楽家・安永哲郎のセレクトによる環境音楽が流れ、オーロラから発せられる電磁波や、キノコの生態信号、流氷の摩擦音などを記録した音源の数々を紹介。物理的にも感覚的にも人間がアクセスしづらい自然界の音を探求した世界各地の研究者や音楽家の実験的な試みを感じられる機会となった。

地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した

 猛暑日となった当日。AIT理事長・塩見有子による開会挨拶のあと、信州大学人文学部准教授の茅野恒秀の基調講演からシンポジウムはスタート。茅野は環境問題について社会学の立場から研究をしているほか、信州大学と信州アーツカウンシルが連携し、文化芸術の視点から気候変動や地球環境の課題を見つめ、県内の様々な取り組みを学ぶ「Shinshu Arts-Climate Camp」という企画にも参加している。

 まず、国連のアントニオ・グテーレス事務総長の「地球温暖化の時代は終わり、地球沸騰の時代が到来した」という恐ろしいフレーズとともに、上昇を続ける平均海水面温度の推移データを交えた地球温暖化のメカニズムのおさらいから。

 自然生態系が吸収可能な量以上に、人類が化石燃料を消費することによって二酸化炭素を放出し続けてきたことが地球温暖化の原因であることは、改めて理解しておくべきだろう。そして、生態系の吸収可能な範囲に二酸化炭素排出量を留めようという試みが、カーボンニュートラル。また排出量を吸収量と相殺して正味ゼロを目指すことを、ネットゼロエミッションと呼ぶそうだ。

 どのようにして、カーボンニュートラルな社会がデザインできるのか。ヒントはコロナ禍にある。世界的に人々の行動が制限された2020年。にも関わらず、二酸化炭素排出量はわずか5.4パーセント減だったそう。「つまり、制限=我慢ではダメ。生活や社会構造自体の変革が必要なんだ」と茅野は言う。

 このままいくと未来はどうなってしまうのか。 IPCC(Intergovernmental Panel on Climate Change/国連気候変動に関する政府間パネル)の報告書によれば、2100年時点で平均最高気温は4°C以上上昇するとも言われている。「ブ ラックジョークのようだが」と前置きし、今年の記録的猛暑も未来から振り返れば今世紀でもっとも涼しい夏だった、という可能性があると茅野は指摘した。

まず行うべきは「再生可能エネルギーの利用」

 では、何からはじめればいいのか。ずばり「再生可能エネルギーの利用を増やすこと」だという。

 ここで注目したい国として、オーストラリアが挙げられる。鉄鉱石や石炭の産出国として知られ、化石燃料に頼ってきた同国は、いまでは先進的な試みを進めている代表国として知られている。いっぽうで、日本政府の再生可能エネルギー利用比率に関する将来目標は、米国、ヨーロッパ、中国、インドよりも低い状態。さらには、2050年時点でも、依然として石炭火力由来のエネルギーを使い続けることになっており、大きな問題だと茅野は指摘。

 価格が高いイメージのある再生可能エネルギーだが、すでに導入や利用にかかるコストも下がっている。EV(電気自動車)についても、2022年の実績値をもとにトータルコストで考えるとガソリン車の10パーセント増程度。また建物の断熱についても、同じくトータルコストでは安価というデータもあるそうだ。

 ここで茅野はデータを振り返りながら、力を込めて、やるべきことの明確さを訴える。

「2050年までにネットゼロを達成しないと、21世紀後半にやってくる気候変動のさらなる荒波には立ち向かえない。一番効果が高いのは、すでに市場に投入されている太陽光や風力で発電された電気や、電気自動車を選ぶこと。やるべきことは明確なんだね」。

 話はここからより具体的に。実際に生活のなかでできることはふたつ。ひとつは「エネルギーの効率化」。必要最小限のエネルギーでまかなうライフスタイルやビジネススタイルへの変革。もうひとつは、「再生可能エネルギー中心の社会への転換」だ。

 長野県内のエネルギー事業者と企業が連携した取り組みとして紹介された具体例が、社屋の屋根にソーラーパネルを設置し、その電気を中心とする再生可能エネルギー100パーセント電力でEVに充電を行うゼロエミッションタクシー。また、自宅の屋根ソーラーパネルで発電した電力の余剰分を、行政施設や勤め先企業の事業所に供給するという事例も。再生可能エネルギーの発電施設の建設自体が環境破壊につながる、と懸念されるケースもあるため「顔の見える電力」の調達も重要視されているようだ。

 最後に、アーティストには二酸化炭素排出量の見える化と、生活者としての実践を。美術館やギャラリーに対しては、まずは温暖化対策自体が社会的使命であることを認識し、再生可能エネルギーの調達と運輸部門の二酸化炭素排出量削減を深めていってほしいと茅野は講演を結んだ。

アートの本質的な役割、世界の気候危機アクションの動向

 続いて、AITの教育事業である「TOTAL ARTS STUDIES(TAS)」プログラムディレクターのロジャー・マクドナルドから「世界のアート界の気候危機アクション 最新の動向」について。ロジャーはアートと気候危機について考える時、ふたつの視点があると語る。まず作品や展示などアートプラクティスの視点。そして、アート産業の視点。

 まず前者の視点から、自宅に飾っている北宋の画家・郭煕(かくき)の《早春図》を紹介。そこに描かれている蒸気や土、重力などが循環する様子を眺めていると「自然とは複雑で純粋ではない」「人間が支配できるようなものではないと感じる」と、鑑賞から得られる感覚を語る。加えて、生前関わりのあったダンサー/振付家であるアンナ・ハルプリンの取り組みを振り返り、アートの役割についてこう述べる。

 「テクノロジーや科学的なソリューションと並んで、アートは私たちに人間以外の領域との再接続のしかたを提示してくれるもの。土や動物、自然環境との関係をどうやって結び直すか。その知恵やアイディアへ、私たちを導いてくれるのがアートなのだと再確認したい」。

 話題は国際的なアートセクターの試みへ。今年6月にベネチアで、「ACCA(Art Charter for Climate Action)」という新たな連合体が結成。アートと気候危機について活動してきた世界の4団体がさらに連携を強めていくことが発表されたことを受け、各団体を紹介していく。

 ART-2030は、デンマークのコペンハーゲンで主にSDGsとアートをつなぐ活動を長年にわたり行ってきたNGO。CIMAM(国際美術館会議)は、世界の主要美術館からなる組織で、美術館セクターのなかでサステナビリティの実現を考えている団体。

 2007年にイギリスで誕生したJulie’s Bicycleは、このなかでもっとも先駆的で、音楽やビジュアルアーツの業界で政府や行政の政策コンサルティングなどの業務を担ってきた組織。そしてAITも所属する、コマーシャルギャラリーの連合として始まり全世界1500ほどのメンバーからなるGCC(ギャラリー気候連合)がある。

 ここで、ロジャーからサプライズ的なお知らせとして、シンポジウム当日の7月27日に「Art Climate Collective Japan(ACCJ)」という新しいウェブサイトがローンチされたことが伝えられ、会場がざわついた。このウェブサイトでは、気候危機とそれにまつわるアクションについての無料ツールや有用なリソースの配布、世界のアートと気候に関するニュースを翻訳して届けていくとのこと。

 またローンチ時のメインコンテンツとして、GCCが2023年に英語で発表した『脱炭素に向けたギャラリーとアートセクターのためのアクションプラン』(全62ページ/英語)の日本語版を無料公開。周囲には、さっそくスマートフォンでウェブサイトにアクセスしようという来場者の姿も見えた。

 終盤には、茅野とロジャーのショートディスカッションも。「IPCCに詩人や哲学者など、科学的専門知とは別のアプローチで社会と関わるプレイヤーがい てもいいと思う」と言うロジャーに対して、同意を示しながら「サイエンスとよく対比されるのがアート。サイエンスサイドの人もアートのことを考えるべきだし、逆も然り」と答える茅野。

 「サイエンスとアートは不可分でもある。アートセクターの人たちが、先陣を切ってこうして立ち上がろうとしているのはとても頼もしいね」と茅野が語ったところで、シンポジウム前半が終了した。