金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:ニッチでありながらひときわ尖った存在──「McaM」
経済発展を背景に、中国では毎年新しい美術館・博物館が続々と開館し、ある種珍異な光景を見せている。本連載では、そんな中国の美術館生態系の実態を上海在住のキュレーター・金澤韻が案内。第6回は、2015年に開館した「明当代美術館(McaM)」をお届けする。
明当代美術館、英語で「ミン・コンテンポラリー・アート・ミュージアム(略称McaM)」は、2015年、当時、閘北(ジャーベイ)区と呼ばれたエリアに開館した。いまは区の合併により静安区になっているが、中心地から若干離れたところにあり、最寄りの地下鉄駅は人民公園から1号線で16分の汶水路駅である。車だと、一番近い美術館UCCA Edgeから17分ほどかかる。一時期、近隣に民生美術館の上海館があったが、いまはクローズしてしまった。だから一匹狼的な存在だ。
McaMは上海に本社のある明圓集団(ミンユアン・グループ)が設立した美術館である。明圓集団は医療や金融技術など様々な事業を手がけているが、軸となるビジネスは不動産業であり、そこでは「芸術的なライフスタイルの提供」を開発コンセプトとしている。そして、その企業理念を示すひとつの象徴として美術館をもつに至った。連載第4回で紹介したRAMをはじめとするディベロッパーの美術館としては典型的な成り立ちであると言えるだろう。しかしMcaMが面白いのは、館長に現代美術家の邱志傑(チウ・ジージェ)を据えたことだ。
チウ・ジージェは1969年生まれの美術家で、筆と墨による作品を中心に、アンティークも含むファウンド・オブジェクトを用いたインスタレーションやパフォーマンス等で、彼の目を通して観察された社会の諸相を表現していく、中国現代美術を代表するアーティストである。日本でも横浜トリエンナーレ(2005)、越後妻有アートトリエンナーレ(2009)、別府アートフェスティバル(2012)などで作品を発表。近年では金沢21世紀美術館で個展「書くことに生きる」(2018)を開催しているので、ご存知の方も多いだろう。古地図のような絵画のシリーズが有名だが、この世の様々な現象を洗い出し、俯瞰し、別のかたちで語り直すことで、もう一度自分たちにとっての確かな世界の認識をつくり出そうとする彼の実践は、いつも刺激と示唆に富む。
ここに、McaMの開館5周年を記念して出版された本がある。この中のジージェ館長によるMcaMの姿勢を示したテキスト(*1)が、まさに彼の地図シリーズのようで非常に面白く、興味深かった。全訳したくなる欲望を抑えて、要点のみ書き出してみる。
・外国から見たとき中国はある種の脅威としてとらえられることが多いが、上海には別の印象がある。カフェやモールの興盛に代表される、「パリ化」したイメージだ。いっぽうで、上海は中国共産党発祥の地でもある。
・上海が、中央美術学院や中国美術学院のようなメジャーな美大を持っていないこと、文化エリアも旧フランス租界地区やウェストバンド、外灘などに分散しており、脱中心的な性格の都市だということは、地政学的に大きな意味を持っている。
・上海にはグローバリゼーションとともに国際的なギャラリーがやってきては、いくつかは去っていった。人々はその様子に慣れた。同時に上海発のローカルなギャラリーは国際的な場に加わることになった。
・2010年の上海万博以降、展覧会はプロジェクターとブライトサイン(映像上映機器の一種)、WeChatで読み込むQRコードで溢れ、キュレーターたちはSNS映えするように展覧会をつくりこんだ。
・現代美術展は、一躍、利益を生み出すイベントへと変貌し、ウェストバンド(ギャラリーや美術館が集まる地区)では入場料をいくら徴収するかが話題になった。
・上海ではアートのジェントリフィケーションが進み、若いアーティストでさえ、大学卒業と同時にマーケットに取り込まれ“中年化”する。
・ここでは、キュレーター、ギャラリー、美術館、オークションハウスによってつくられた伝統的なアートのシステムが危機に陥っている。しかし、それはなにも悪いことだけではなくて、アートシステムの内外で確立されるほかのビジネスモデルがあるということだ……。