金澤韻連載「中国現代美術館のいま」:ジャン・ヌーヴェル設計の新美術館をめぐる3つの謎──START Museum
経済発展を背景に、中国では毎年新しい美術館・博物館が続々と開館し、ある種珍異な光景を見せている。本連載では、そんな中国の美術館生態系の実態をインディペンデントキュレーター・金澤韻が案内。第9回は、2022年に開館した「START Museum」をお届けする。
中国の現代美術館を紹介するこの連載を始めてからとくに、取材した美術館が「いったい“何”なのか」を考えるようになった。何を目的としているのか、誰のためのものになっているのか、そもそも「美術」をどういうものと思っているのか──。
もちろん欧米や日本にある美術館と近い型の館については、違いを考えるだけで済むのだが、例えば連載第2回で紹介したTANKや第7回の浦東美術館など、日本で生まれ育った私にはそれが“何”なのかすぐには飲み込めなかったものもある。美術館の生態系は、まさにその土地その土地の社会状況によって異なり、最初から「美術館とはこういうもの」と決めてかかっていては、その真の様態をつかむことはできない。そして、今回取材した「START Museum」(漢字表記は「星美術館」。以下STARTと表記)は、これまでのなかで、消化するのにもっとも苦労した館かもしれない。
どのような、何のための、どんな鑑賞体験を目指す美術館なのか?
STARTは、準備に8年を費やし、2022年12月30日、ウェストバンドエリアの北端に開館した、コレクターであり研究者である何炬星(へ・ジューシン)氏の私設美術館である。彼はかつて民生銀行で文化事業を立ち上げ、民生美術館を創設した人物であり、中国現代美術と経済界を結びつけた大きな功績を持つ。
一般的にコレクターの美術館では、収蔵品や展覧会ラインナップにコレクターの好みが色濃く表れるものであり、それが良きにつけ悪しきにつけある種の「軽さ」を感じさせることも多いが、STARTは違っていた。
私がSTARTの建設計画を知ったのは、ウェストバンド地区中心地に設置されたSTARTのオフィス兼プロジェクトスペースで、ちょうど、1989年生まれのペインター、蒲英瑋(プー・インウェイ)による「Obscure Adventure - Speculative Pop & Pan-Chinesism」展が開催されていたときだった。社会主義リアリズム、ポリティカル・ポップなど、中国の現代美術史において重要なムーブメントを示す作品をSTART美術館のコレクションから選び、それに呼応する12点を制作発表するプロジェクトで、彼の絵画のクオリティは驚くほど高かった。またそこに織り込まれた中国のコンテキストと現代社会の様相を、学芸スタッフのひとり、韓子涵(ハン・ジハン)が解説してくれた。このコミッションに際して、作家は、STARTのコレクションと学芸スタッフとの深い対話が必要だったに違いなかった。
そのように中国現代美術史にきちんと光を当てた企画を上海で目にすることは稀だったので、本格的な美術館計画が動いているのを感じたが、STARTはコレクターの館なのだ。これはどういうことなのだろうか。ひとつ目の謎である。