青空が映るコピー機、複製芸術の可能性。THE COPY TRAVELERSインタビュー
京都を拠点として活動するアーティスト、加納俊輔、迫鉄平、上田良が協働するユニット「THE COPY TRAVELERS」。シルクスクリーン、銅版画、写真といった複製技術を使用してそれぞれ活動していた3人が、オフィスなどで使われるコピー機を使って共同で制作することから始まった。「MOTアニュアル「2019 Echo after Echo:仮の声、新しい影」にも出展する3人に、これまでの活動や制作手法、複製行為のとらえ方を聞いた。
コピー機から見出した複製行為の可能性
──加納俊輔さん、迫鉄平さん、上田良さんによるTHE COPY TRAVELERS(以下コピトラ)。3人がそれぞれ個人の制作で使われている技法は、版画、シルクスクリーン、写真など、「複製」という点で共通項が見いだせます。コピー機という複製の道具を使って制作をするために、この3人がどのように集まって、コピトラとなったのか、まずは教えていただけますか?
上田 私と迫さんは京都精華大学の同級生、加納さんは嵯峨美術大学の出身でしたが、先輩という感じでした。同じ京都の大学で3人とも版画を学んでいたので、交流の機会が多かったんです。
加納 2014年の結成当時は、僕と迫さんが同じ大学で映像機材や版画工房の管理をするアルバイトをしていたこともあり、3人で遊ぶことが多くて。校舎の廊下に学生やスタッフが自由に使うことができるコピー機があったので、ある夜「このコピー機を使って本をつくろうぜ」という話をふたりに持ちかけました。
そして、3人それぞれが異なる素材を持ち寄って、コピー機に並べて印刷して1冊ずつ本をつくってみたわけです。それがとても良い感じで、3人が集まれば色々なことができるだろうと、その夜、コピトラは結成されました。
迫 なので、当初のコピトラの目的は作品制作ではありませんでした。コピー機でつくったイメージをまとめて1冊の本にすることが最初のスタートだったんです。
上田 最近は作品の発表が増えてきましたが、本は現在も継続してつくっています。
──制作において、3人の役割分担は決まっているのでしょうか?
加納 得意分野というか、好きな分野はそれぞれあるので、自然とそれを担っていくという感じですね。今回の「MOTアニュアル2019 Echo after Echo:仮の声、新しい影」(以下「MOTアニュアル2019」)の展示で言えば、アクリルのボールの中に印刷物やオブジェを詰め込んでいく作業は上田さんがずっとやっていたし、迫さんは映像作品の撮影のためにひとりで茅ヶ崎へ行ったり。僕は全体的に関わりながら、写真撮影や映像作品の編集作業を集中して行いました。
迫 主に素材に近いところは上田さんが、編集や仕上げは僕や加納さんが担っているという感じですかね。
──いま、お話に出た「MOTアニュアル2019」での出展作品についてうかがいます。コピトラの展示としては、まず3人が屋外でコピー機を使用しながら作品を制作する様子がわかる映像作品《あの日のコピササイズ》(2019)が会場入口で迎えてくれますね。
加納 今回のために制作した映像作品ですね。自分たちの活動がどういったものなのか、まずは来館者に見せたいと思いました。
これまで撮影してきた「あの日のコピササイズ」シリーズは、コピー台の上で作業する手元を定点カメラで撮り続けているものだったのですが、今回はふたりのカメラマンに入ってもらい、手持ちで動いてもらいながら、コピー台の上以外で行われている作業の詳細も見てもらえるように撮っています。
撮影した場所は、僕が使っているアトリエです。そこそこの広さがあるので、コピトラの活動をするときにはふたりに来てもらって、そこで作業するというのがルーティンになっています。今回の映像を撮影するために、アトリエから延長コードで電源を引っ張ってきて、屋外にコピー機を出しました。
上田 「MOTアニュアル2019」全体を通して、《あの日のコピササイズ》は観客が最初に目にする作品ですよね。この展覧会は「つくる」ということがすごく重要なテーマになっていると感じたので、制作する私たちが手を動かしながらも、コピー機という自分の外にあるシステムで何かをつくるということが提示できていて、良い導入になっているんじゃないかと思います。
加納 入った瞬間に僕らの制作風景が映像として見えてきて、コピーの音が鳴り響くなかで、「MOTアニュアル2019」が始まるというのは良いですよね。
──屋外にコピー機があるという映像は、コピー機がオフィスにある印刷のための機械ではなく、作品づくりの実用的な道具という印象を与えてくれて新鮮でした。
加納 たしかに道具として使い倒していますね。現在使っているのは3代目のコピー機で、制作過程でものすごい量の紙を刷るので、やはりいずれは壊れてしまいます。
上田 コピー機はネットオークションで安く落札したものを使用しています。初代のコピー機は、透明のフィルムにイメージを印刷しようとシートを入れたら、シートが熱でトナーを定着させるためのロールに焼きついてしまい、コピー機がお釈迦になってしまいました(笑)。
加納 そういえば、今回は屋外にコピー機を出して制作したことで新たな発見がありました。普通コピー機のフタを開けて印刷をすると黒くなると思うのですが、いざ印刷してみると空の青色が写るんですよ。屋外だと光量が全然違うので、空の色がそのまま出るんです。
上田 「空がコピーできた!」ってみんなで興奮していました。
迫 嘘みたいなことが起こったし、コピー機という道具の可能性を感じましたね。
──それはきっと、コピー機メーカーの想像を超えた発見ですよね。コピー機によって制作された印刷作品をガラスのテーブルに展示した作品が《机上の空間》(2019)です。こちらは、2018年に韓国の「WALKING, JUMPING, SPEAKING, WRITING」(SeMA STORAGE)で発表した作品《机上の空間》と同名の作品となっています。
加納 今回の作品は、以前韓国で展示した作品の延長線にありますが、使用するイメージ自体はかなり変更していますね。机に敷き詰めたイメージは240枚くらいですが、それでもかなりセレクトしています。これまで制作したものをすべてリスト化したら2000枚近くあったので、その中から選び抜いて作品にしました。そういえば、机の上に載っているアクリル製の透明のボールは素材を探すのに苦労したんですよ。
迫 「WALKING, JUMPING, SPEAKING, WRITING」のキュレーターであるキム・イキョン氏に会場の写真を送ってもらったのですが、そこは元製薬会社の試薬庫で、会場の壁面はすべて棚に覆われていました。3人でその棚をどのように使うかのアイデアを出し合っているなかで、イメージの張り付いたボールを点在させる、というアイデアに至りました。
その後、サッカーボールや野球のボールにチームの集合写真をプリントできる、クラブ活動の卒業記念品みたいなボールをつくるサービスを見つけました。そのサービスを利用して僕らのイメージがたくさん貼りついているボールをつくるというプランを出したんです。でも、実際に業者に頼んだら、それを制作するのに3〜4ヶ月もかかることがわかってしまって。
上田 プランはもう出しちゃっていたのですが、ボールを用意することができないまま現場入りしました。キム氏に「展覧会に間に合わなかったから、ボールを展示するアイデアはなしになりました」と話したら、「それは困る」と言われてしまい。苦肉の策で「アクリルでできた透明のボールみたいなのがあったら、内部に印刷物を押し込んで作品ができるかも」と考えたんです。
加納 急遽、韓国の問屋街を歩きまわって探しました。照明器具屋さんの店頭にまさに僕たちが求めていたものが置いてあって「これや!」ってなりました。
──球体はガラスのテーブルと一体化しているような仕上がりで、発注して制作したものかと思いましたが、みなさんの足で探されたものだったのですね。また、今回の展示で提示されたライトボックスを使用した新作《セットアップ発光体》(2019)はコピトラの新基軸とも言えそうですが、どのようにして制作されたのでしょうか。
加納 作業工程としては、まず写真を大きくプリントして、それを壁に貼ります。そこに棚を3つほど取りつけ、その上にこれまでの作品や素材を置いていき、最後に写真を撮影して印刷、ライトボックスに組み込んでいます。最初に壁面に貼りつける写真は、3人でタイに行ったときに撮ってきたものですね。
数年前から、素材やイメージ、これまでの作品などを空間に配置して撮影するということをやってはいましたが、今回は棚を設置して素材を置いて撮影するという新しい試みです。
上田 壁に何かを掛けようとすると、重力の影響をどうしても受けるわけで、制作における制限を感じることも多いです。そこで、掛けるのではなく、設置した棚に「置く」というやり方を思いついたことで、その部分が少し解消されました。自分が置いた素材の横に誰かが別の素材を置いたり、自分が置いたものがいつの間にか省かれていたりと、「置く」という行為を共有することで3人ならではの偶然性が生まれました。みんな喋らずに、黙々と素材をセットアップしている瞬間などもあって、その自由さがとても良かったですね。
──《セットアップ発光体》のように、コピー機を使用しないという手法も試されていますが、今後のコピトラの活動の主軸として、コピー機を使うことは変わらないのでしょうか?
上田 最初の本をつくってから5年経ちますけど、いまでもやっぱりコピーするのが楽しいですね。《セットアップ発光体》のような作品はある程度見通しをつけて取り組む必要がありましたが、やっぱりコピー機の持つ、素材を置いたらパッとイメージが刷られて出てくるというスピード感は魅力的です。今回の展示の制作過程でも、気分転換にやってみるとすごくリフレッシュになりました。自分が考えているものと全然違うものが生まれるというのは、相変わらず新鮮。だから、今後もコピー機を使った制作は続けていくと思います。
加納 「THE COPY TRAVELERS」の「COPY」というのはコピー機によるコピーのみを指しているわけではなくて、印刷とか複製について広く考えるという意味もこめられています。カメラで撮影して写真を印刷することも、それはコピーと言えるでしょうし、例えばデッサンをすることも人力でコピーをするとも言えるかもしれません。僕たちは「コピー」という言葉自体も広くとらえています。
──確かに「COPY」とひと口にいっても様々な形態があると思います。例えばコピトラの作品は、工業的な技術によるコピーによって生まれているはずですが、その作品はとても手づくりのアナログ的な印象を受けます。コラージュされた素材がまだ生きていて、手触りが伝わってくるようです。
加納 それは意識しているところかもしれません。ガラスのテーブルに敷きつめる作品のセレクト作業でも、これまでにつくったイメージのサムネイルをすべて紙に印刷し、採用されたイメージにペンで丸をつけたりしながら進めました。紙に印刷された状態で確認したかったんですよね。ペーパーレスの時代かもしれませんが、実物に近づいて見ることができるとか、手で触るほうが実感があるというか。セレクト作業は、パソコンのディスプレイに表示して進める方が簡単ですが、紙よりも距離を感じてしまうので、実際に触れてみるということはとても大事だと思います。
上田 ライトボックスでできた《セットアップ発光体》も、背景となる写真に棚をつけた後に、棚の手前の側面にも背景の一部分を貼りつけて、それをカメラで真正面から撮影しました。そうすることで、背景の写真が棚よりも前に飛び出てきているように見え、視覚的な違和感が生まれるようにしています。同じようなことをデジタルで行うことも可能ですが、アナログでやろうとするとどうしても紙を切った跡がゆがんでいたり、丸まった紙のカーブに照明が当たってわずかに反射したりしますよね。こうなってほしいという世界とカメラがとらえる世界が違うことが、すごくおもしろく感じるんです。
──作品に使用する素材についてお聞きします。みなさんで協力して集めてきて、どれにするのか話し合いながら使っていくという流れでしょうか?
加納 結成当初は各自で集めて持ち寄ったものを使って制作していました。例えば、僕ならスナップ写真やアトリエに転がっている木の板とか。
迫 僕は印刷物を収集する癖があって、海外の蚤の市で写真を買ったり、グラビア写真が掲載されている雑誌を買ったりと、日々素材を集めているので、家にはどんどん素材が溜まっていきます。今回の制作では、溜まっていたアイドル写真集から何冊かをセレクトして、加納さんのアトリエに郵送したりもしました。あと、コピトラの活動を知ってくれた方から「よかったらどうぞ」ってもらうことも(笑)。
上田 集まった素材は基本的には解体することが前提で、手でどんどんちぎっちゃいますね。作品に使用する素材をみんなで吟味することもあれば、ただただ自分のツボな素材を推していくこともあります。おもしろいマンガのコマを見つけたら、拡大コピーしてふたりを笑わせようかなと考えたり。その場その場で素材は選ばれていきます。
個人の制作と響き合うコピトラの活動
──コピトラとしての活動は、個人の制作にどのような影響を与えましたか?
加納 個人の制作の良さとしては、じっくりと時間をかけて研ぎ澄ませていけるということがありますが、たまに考え過ぎて複雑になり過ぎることがあるんですよね。制作においてルールは必要だとは思いますが、逆に「これはやったらだめ」とか変に縛られてしまったりすることもあって、そこには良い面も悪い面もあるなと思っています。
3人でつくっていると、とてもスピーディーにイメージが形成されていきます。そこでは悩んでいる時間などなくて、そのドライブ感のなかで自分のリミッターがちょっとずつ広がっていくような感覚があります。それで新しいことにチャレンジできたり、次の自分の作品にもつながっていくように思っています。
迫 僕はもともとイメージや印刷が好きで、それを中心にものごとを考えながら映像や写真、版画を用いて作品を展開させてきました。そのなかでも版画作品から直接的な影響を受けています。コピー機は実在の版が存在しないので、版の有無によって発生する差異についてよく考えるようになりました。
例えば、シルクスクリーンで作品をつくっているとはっきり感じるのですが、シルクスクリーンと比べてコピー機には版がそもそもないので、エリアというか境界がないんですよね。版画は版をどうつくるかでイメージが左右されますが、コピー機は版に関係なくイメージをつくることができて、それがおもしろい。僕の場合は版の存在しないコピー機で得た視点を持って、版画にもう一度戻ることができました。
上田 みんなちゃんと考えている……。私はグラビアアイドルについて詳しくなりました(笑)。水着のグラビアって写真としてもすごく綺麗なものがたくさんあるし、景色と水着の関係なんかも興味深いです。いつの間にかひとりでコンビニに行っても、グラビア雑誌に目がいくようになりました。コピトラの制作の中で気になった印刷物をこっそり持って帰って、自分の作品に使ったり(笑)。印刷物への愛がどんどん芽生えました。
──個人の制作とグループとしての活動が、相互的に作用しているんですね。そういった点も踏まえて、コピトラとして今後どのような展開を計画されていますか?
加納 まだ実現可能かどうかわからないですが、ヒップホップのクルーのグループ内コラボレーションのようなことができればと考えています。例えば「加納 feat.THE COPY TRAVELERS」みたいに、メンバーの誰かひとりが責任をもってプロジェクトを動かすようなことを、小さい規模でもいいからやってみてもいいのかなと思っています。具体的にどんなことができるのかはまだわからないですけど、これまでとは違うものをつくれるのかなと思っていて。そうすることで、コピトラとメンバー個人の境目が、より曖昧になってくると思いますが、それは悪くないんじゃないのかと僕は思っています。
あと、2018年は韓国、今回の展覧会ではタイと、3人で観光しながら素材を集めて制作するのはすごくいい経験でしたので、またやりたいですね。
──グループ名の「TRAVELERS」にも、旅をするといった意味が込められているのでしょうか?
加納 いいえ、「自分たちが旅をする」という意味を込めた名前ではないんですよね。「TRAVELER」は、「紙がブラックボックスに真っ白な状態で入り、そのなかでまったく違う経験をして、イメージをまとって出てくる」という、コピー機の一連の流れを現す言葉としてつけています。いい旅って、行った先で様々な経験をして、全然違う存在になって帰ってくるものだと思っていて、それで「TRAVELER」とつけました。でも、「TRAVELERS」なので、たしかに「僕らが旅をする」みたいな意味も含んでいることになりますね。
上田 銅版画でもインクが紙に移動しますよね。「こんにちは」という感じで、旅感があるなと感じていました。銅版画もコピー機と同じように、インクが紙に載る瞬間には自分の手を離れているんですよね。作品が自分から離れることを楽しんでいます。
──ペインターの方から「終わりを決めるが難しい」という話を聞いたことがあります。印刷だと「刷った」という事実により、一度終わらせることができるわけですね。
上田 そうですね、印刷は終わったことで始まるような感覚があります。さよならをする瞬間があって、そしてまた出会う瞬間があるという感じです。終わりがきて、終わりから始まって、といったように制作を回転させていく。終わりがないと、ひとつのものをつくり続けてしまうかもしれません。
でも、終わりのない要素もうまく作品に取り入れられればとも思っています。今回の展示でも、ライトボックスの《セットアップ発光体》の素材として、急に小さなペインティングを描くことになって、犬の絵を描いてみたり(笑)。私にとってその絵が終わりのない要素になりました。
加納 「サンプリング」ということが重要という気がしていて。サンプリングって、素材はそのものとして存在するけれど、まったく違うものに変換されるおもしろさがあります。自分が世界をサンプル対象として見るという経験そのものが、コピトラの活動のなかで生まれていると思っていて。
だから、コピトラの活動は、たしかにコピー機を使用しているけれど、本質はコピー機という道具に限られたことではないとは思っています。3人のそれぞれの活動と上手く響き合いながら、複製芸術そのものを追求していきたいですね。