光州ビエンナーレ、初の日本パビリオン。キュレーター・山本浩貴が見据えるもの

アジアを代表する国際展として、2年に1度、韓国・光州で開催される「光州ビエンナーレ」。初回から30周年を迎える今年の第15回光州ビエンナーレに、日本パビリオンが初めて設置される。キュレーターの山本浩貴が本展で目指すものとは?

聞き手・文=橋爪勇介(ウェブ版「美術手帖」編集長)

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 韓国民主化運動に大きな影響を与えた光州事件(1980年)。その舞台である光州広域市で1995年から2年に一度開催されている「光州ビエンナーレ」が今年、第15回を迎える。今年の光州ビエンナーレには30ヶ国から73組のアーティストが参加。「パンソリ 21世紀のサウンドスケープ(Pansori a soundscape of the 21st century)」をテーマに、過去最大規模で開催される。アーティスティック・ディレクターを務めるのは、「関係性の美学」で知られるキュレーターで美術批評家のニコラ・ブリオーだ。テーマに掲げられた「パンソリ[パン(空間や場)・ソリ(音や歌)]」とは、17世紀に韓国南西部でシャーマンの儀式に合わせて生まれた伝統的な口踊芸能のことで、韓国語では「公共の場からの音」のことを指す。

 光州ビエンナーレでは2018年からパビリオンが立ち上がり、年々規模が拡大。今回は前回の9ヶ国から大幅増となる20ヶ国以上の参加が予定されている。その初参加のひとつとなるのが、日本パビリオンだ。

 日本パビリオンは行政主体によるもので、福岡市アジア美術館などを有し、アジアとの交流を盛んに行ってきた歴史をもつ福岡市(*)が担う。

 今回の日本パビリオンでは、光州市内の2ヶ所の会場を舞台として、批評家で文化研究者の山本浩貴のキュレーションによる展覧会を開催。コンセプトに「私たちには(まだ)記憶すべきことがある」を掲げ、光州の地に歴史的に埋め込まれた無数の声と沈黙に耳を傾けながら、そのいっぽう、現在進行形で生起しているグローバルな事象に接続する回路を開くことも目指す。福岡市を拠点に、国内外で活躍している現代アーティスト、内海昭子と山内光枝が参加作家となり、本展のための新作を発表する予定だ。この開催を前に、キュレーターの山本に本展の狙いを聞いた。

左から、山本浩貴、内海昭子、山内光枝

「私たちには(まだ)記憶すべきことがある」

──光州ビエンナーレはアジアのなかでも非常に重要な国際展に位置づけられます。まず、山本さんがこれまでの光州ビエンナーレをどう評価されてきたのかをお聞かせください。

 光州ビエンナーレはもっとも重要な国際芸術祭のうちのひとつです。西洋圏にある「ドクメンタ」との類似性もありますが、非西洋圏、とくに東アジアにおいては非常に強い独自色のあるビエンナーレだと認識しています。1995年にスタートして以来、その歴史に関して興味を持って見てきました。僕の研究に関わるところでは、美術評論家の針生一郎さんが第3回の光州ビエンナーレ で特別展「芸術と人権」のキュレーションを行っており、そこには富山妙子さんが光州事件を主題に扱ったスライド作品《倒れた者への祈祷》が出品されていた。戦後東アジアの冷戦体制をかたちづくった日本の戦争責任への主体的な関わりを富山さんが自覚的に引き受けていたことがよくわかる作品です。その精神を引き継ぎ、自分も何かできればと思っていました。

 今回、針生さんとずっと協働されてきた朝鮮美術文化研究者の古川美佳さん(古川さんは「芸術と人権」でアシスタント・キュレーターを務めていました)と参加作家をつなぎ、光州民主化運動(しばしば「光州事件」として知られる出来事です)と民衆芸術についてのレクチャーをしていただく機会を設けることができたのは幸いでした。光州ビエンナーレの歴史的な意義、日本との関わりを、しっかりみんなで知識として共有したうえで、自分たちの新しい視点、現在起こっていることに対して応答できるような試みを示したいと考え、いまも準備を進めています。

──今回が初の日本パビリオンですが、そのキュレーターを引き受けた理由をお聞かせください。

 僕はかつて光州にあるAsia Cultural Center(ACC)で半年間リサーチフェローをしており、冷戦以後の朝鮮半島の分断に対するアーティストの活動をリサーチするうえで、現地の方々に様々なサポートをいただきました。しかし、 僕自身はそこで得た知見を光州の学生を含む方々にフィードバックする時間を持てず、そのまま香港に移ってしまったんです。今回のキュレーターを引き受けた理由のひとつに、自分が光州で学んだことを日本の視点を持ってお返ししたかったという気持ちがありました。

 また光州は、日本の帝国主義と植民地支配が第二次大戦後にアメリカの冷戦下の拡張主義政策へと引き継がれていき、世界が分断されていくなかで生まれた韓国の軍事独裁政権がアメリカと共に民衆を虐殺した地であり、その真相を市民が草の根的に何十年もかけて究明したという精神が根付いています。そうしたことは僕の研究にも大きく関わっており、日本で生まれて育った者としてできることを、いままでのネットワークや知見を生かしてやってみたいと思ったことも引き受けた理由のひとつですね。

──今年の光州ビエンナーレは全体のテーマが「パンソリ 21世紀のサンドスケープ」です。これについてはどう受け止めてらっしゃいますか?

 やはり「パンソリ」は光州においてはとても重要な民俗芸能のひとつなので、それをニコラ・ブリオーがどのようにキュレーションするかは、興味深く見ています。パンソリは民衆が自分たちの言葉を権力者に向けて伝えるひとつのやり方であり、「声にならない声」(古川さんに続いて光州ビエンナーレチームのメンバーにレクチャーをお願いした真鍋祐子さんは、韓国の伝統的な精神である「恨」を──その漢字が示す日本語の「恨み」とは異なる概念として──このように説明してくれました)のようなものをパンソリに乗せていく。つまり、パンソリはひとつの抵抗のかたちとしての文化とも言えます。その意味で、偶然にも全体のテーマは日本パビリオンのテーマとも強く関わっていて、共鳴する部分があるのではないかなと思います。

──日本パビリオンのステートメントには、「光州の地に歴史的に埋め込まれた無数の声と沈黙に耳を傾ける」とありますね。「声」のみならず、「沈黙」に耳を傾けるというのがキーだと思います。

 いわゆる「ノイズ」として不当に処理されてきたものを拡大し、「声」として聞こえるようにすることはとても重要だと思います。でもいっぽうで、沈黙にも意義はある。何かを言えない/言わないということが、 むしろ大きな声で叫ぶことよりも大きく意味を持つこともあるということです。だから僕は、いかに沈黙を沈黙のまま可視化できるかをすごく考えています。

日本パビリオンのメインビジュアル

──日本パビリオンの出展作家は内海昭子さんと山内光枝さんですが、その選定理由を教えてください。

 会場は2つに決まっていたので、グループ展にするよりは各会場に1人と考えました。内海さんは、作品を通して観賞者の知覚や経験に緩やかに介入していきながら、時間軸を撹乱する作家というイメージがありました。 今回テーマに掲げた声や沈黙、それから想起みたいなものを抽象的な方法で描き出してもらえるのではないかと。いっぽう山内さんに関しては、作家自身がひとつの器となり、それを通して声や沈黙みたいなものを映像として表出させるような作品をつくられていて、どちらかといえば具象的です。抽象画と具象画を組み合わせるイメージでしょうか。それぞれの大きく異なるやり方で、光州事件だけでなく、それに連なる歴史的に沈黙を余儀なくされてきた声を拾い集めてくれるのではないかと思い、この2人を選びました。

内海昭子 Making Current 2019 砂、ガラス、真鍮、モーター
A4 Art Museum(成都)
山内光枝 信号波 2023 シングルチャンネル映像 31分

──2人とも新作を制作されるのですね。

 そうです。先ほどお話ししたように、複数の専門家にお願いをして、光州事件に関するレクチャーも一緒に受け、そのうえで2人のレンズと日本という視点を通して、光州がどう浮かび上がってくるのかを新作で見せてほしいという気持ちがありましたから。内海さんも山内さんもしっかりリサーチしていますが、アウトプットはご自身の視覚的、表現的な部分にも頼ってほしいと伝えています。リサーチベースの作品はどうしても文字情報などがベースになってしまいがちですが、言葉によって明確に説明・記述するのは僕の役割でもあるので、もっと非言語的・感覚的な要素を信頼しても構わないというようにお話しました。

──山本さんが本格的にキュレーションを担うのはこれが初めてです。

 山出淳也さん、長田哲征さんはじめ、いろんなプロフェッショナルの方々が広報やロジスティクスなどをサポートしてくれるおかげで、僕はコンセプトメイキングや、作家の制作に伴走することに集中できています。そのプロセスをできるだけ豊かなものにしたいですね。僕自身がキュレーションの妙を示す、ということではなく、2人の持つポテンシャルを、今回のパビリオンの文脈のなかで最大限生かす作品を生み出すためには僕に何ができるのか。

 もちろん職業としてのキュレーターの仕事には敬意を払っていますが、僕は僕なりに文化研究者として、これまでのキュレーションとは異なるかたちで何かできないかと考えています。

 研究者として作家の考えを言語化することでその輪郭をより明確にし、作品が具現化していくプロセスに伴走していく──これは僕自身のパーソナリティが関係しているのかもしれませんが、自分が前に出るキュレーションというよりは、作家が持っているものをどう引き出すかが重要だと考えています。

内海昭子 Placing Time 2011  砂、FRP、アクリル、モーター
BankArt NYK(横浜) Photo ©️高田泰運
山内光枝 信号波 2023 シングルチャンネル映像 31分

──初めての日本パビリオンで、何を目指しますか?

 光州ビエンナーレはいま、西洋式の「ナショナル・パビリオン」体制を新たに確立しようとしています。その方向性に対しては批判的な意見はあって然るべきであり、ディレクターのニコラ・ブリオーも含め、きちんと議論を継続していかなければいけません。前回のドクメンタもそうでしたが、西洋主体のアート・ワールドを疑い、解体するというのがいまの時代の流れであって、ナショナル・パビリオンという形式はそれと逆行しているようにも思えます。とはいえ、僕自身はそうした「ナショナルなもの」を一度引き受けたうえで、それを内側から解体していけるようなパビリオンを目指している部分もあります。

 「ナショナル(国家的な)」ものを完全に捨て去るには、人類にはまだまだ考えるべきものがある。とくに光州で国家の名の下で行われた──それはアメリカであり日本であり韓国であった──暴力や支配を、僕たちはまだまだ想起しきれないまま、それらの出来事は 忘却に沈みこもうとしています。そういった忘却すべきでないものを、ナショナルの枠組みの中でしっかりとらえるということは重要でしょう。それが今回の「私たちには(まだ)記憶すべきことがある」というパビリオンのテーマにつながっています。

 そのうえで、ナショナルという概念を批判的に考えつつ、 ポストナショナル、トランスナショナルというビジョンを同時に示していくようなパビリオンを目指したいと思います。

 その意味で、今回は福岡市がパビリオンを担うという点は大きいと思うのです。福岡は美術史的な観点で言うと、80年代からアジアに目を向けてきた。福岡アジア美術館や福岡市美術館の存在やそのコレクションは象徴的です。これは世界でも大変貴重なことで、東京や大阪では成し得なかった。ナショナルなものへの批判は当然ありますが、いっぽうで、インターナショナルな場でローカルから発信していくことの意義や可能性はある。もしかしたら、ローカルな知がナショナルな枠組みを内破したり、解体することがあるかもしれない。ですから、 ローカルが日本パビリオンを担うということには、新しい可能性があるような気がしています

──国名を冠したパビリオンの展示でありながら、その構造自体を批判的にとらえようとする試みは非常に興味深いです。

 もちろん多くの人におもしろいと思ってもらえる展示をつくりたいのですが、異論や反論を含めて様々な意見が出てくるものを提示したい。全部貶す/全部褒めるのではなく、重要な論点については生産的な議論に持ってきたい。そのためのキュレーションが、僕の仕事だと思っています。

*──福岡市は2022年に「Fukuoka Art Next(FaN)」プロジェクトを開始し、アーティストの交流と成長を支援する「アーティストカフェ福岡(https://artistcafe.jp/)」の開設や、Fukuoka Art Awardの創設、民間と連携しART FAIR ASIA FUKUOKA( https://artfair.asia/ )や街中での作品展示(FaN Week)を開催するなど、「アートとともに成長する都市」を目指し、様々なプログラムを実施している。